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化学屋から見たリチウムイオン電池の不思議:電荷の非局在化

【簡単な自己紹介】
バックグランド:有機合成化学.
現在:リチウムイオン電池関連の仕事をしております.


 今回は電荷の非局在化についてつぶやきます.
 前の数回の中で,正極と負極についてお話ししました.正極の例としてLiCoO2,負極の例としてグラファイト(炭素)について少し話しました.中で,充電の時に正極からは電子が奪いとられ,リチウムイオンが離れていき,負極には電子が入り,リチウムイオンも入っていきます,といいました.
 では,電子が奪いとられた正極にできた正電荷,負極に入った電子はそれぞれどの原子が荷っているのでしょうか.
 答えからいいますと,電荷あるいは電子は「結晶の中,あるいは芳香環に非局在化している」といわれています.
 まず負極のグラファイトから見ていきましょう.グラファイトはグラフェンというものが積層してできています.グラフェンは縮合多環芳香族化合物の一種です.環のもっとも単純なものはベンゼンです.よく「亀の甲」とよばれます.この環が二つ縮合したものがナフタレンです.一度はお聞きになったことがあると思います.三つ縮合したものは二種類あり,それぞれアントラセンとフェナントレンです.芳香族にはπ電子が複数あり,このπ電子が環の上を自由に駆け回っています.このような系を共役系とよばれ,π電子が特定の原子に局在化せず,自由に駆け回ることにより系が安定化されます(1).
 負極としてグラファイトが充電されると,グラフェンに電子があまり,負の電荷を帯びます.この電荷は共役系の中で非局在化して,すなわち電荷が系全体に平均化され,系全体が安定化されます.

 つぎに正極を見てみましょう.一例としてLiCoO2(コバルト酸リチウム)の場合,高校化学までの知識で分子式を見ますと,Liは+1価,Co(コバルト)は+3価,O(酸素)は-2価とわかります.しかし,近年の計算科学および実験科学の研究結果から,電荷が特定の原子に局在化していないことが明らかになりつつあります.充電によって,一部のCo(コバルト)から電子が奪い取られ,Coの一部が+4価になります.早期の研究結果では,Co+3/Co+4の間に電荷が非局在化していることが実験で明らかにされました.その後の実験観察から,電荷はCoのみならず,酸素にも広がっていることがわかりました(2).最近の実験観察の結果から,この電荷の広がりが結晶全体に及んでいることがわかりました(3).実験科学で原子の電荷を判定することは相当難度が高いようです.最新の研究は高輝度放射光や中性子線などが用いられているようです.
 実験手法の進化とともに,さらなる事実の判明を期待しています.
 リチウムイオン電池の充電・放電を化学の目で見ますと,正極も負極も電荷の非局在化がカギになっていることがわかります.スマホやほかの携帯デバイスを使うときに,ぜひ「非局在化」という化学の言語を思い出してください.

 今回はこの辺で失礼いたします.これからも引き続き化学の「言語」でリチウムイオン電池を見ていきたいと思います.
 引き続きよろしくお願いします.

主な引用文献
1. 田中陵二,結晶の美術館,月刊現代科学,2021年6月号,P.40
2. L. Dahéron, et al, Electron Transfer Mechanisms upon Lithium Deintercalation from LiCoO2 to CoO2 Investigated by XPS, Chem. Mater. 2008, 20, 583–590 (https://doi.org/10.1021/cm702546s)
3. Enyuan Hu, et al, Oxygen-redox reactions in LiCoO2 cathode without O–O bonding during charge-discharge, Joule,Volume 5, Issue 3, 17 March 2021, Pages 720-736 (https://doi.org/10.1016/j.joule.2021.01.006)

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