化学屋から見たリチウムイオン電池の劣化

【簡単な自己紹介】
バックグランド:有機合成化学.
現在:リチウムイオン電池関連の仕事をしております.


 長く働いていると、よく聞く言い方があります.「分野が違えば、言語が違います」と.場合によっては会話が成立しないこともあります.タイトルのリチウムイオン電池についても,このような経験があります.その人のバックグランドによって,同じリチウムイオン電池についての考え方が全く違います.つぎに一つの例で説明します.
 リチウムイオン電池につきまとう一つの問題があります.劣化です.スマホとか,タブレットPCとか,リチウムイオン電池が使われるデバイスでほとんどのユーザーが経験していると思います.経年劣化で電池容量が減っていきます.ご存じのように,最近は「ながら充電」に注意という携帯市場と電通大がスマホのバッテリー劣化を防ぐ研究があります.(https://www.itmedia.co.jp/mobile/articles/2104/05/news097.html)
では,電池容量が減っていく原因は何でしょうか.
 もちろん厳密にいいますと,劣化原因はいろいろありますが,新聞や雑誌などの記事でよくみられる説明は次のようです.
 リチウムイオン電池は最初は正極にリチウムイオンが貯蔵されています.充電によって正極中のリチウムイオンが負極に移り,負極に貯蔵されるようなります.放電(電池使用)の時に負極からリチウムイオンが再び正極に戻ります.次の充放電の時に同じ現象が再度繰り返されます.しかし,充電の最中,あるいは充電後に,負極に貯蔵されたリチウムイオンの一部分がこぼれて,二度と正極に戻らなくなります.これが繰り替えされますと,正極と負極の間を行き来するリチウムイオンが徐々に減り,その結果として電池容量が減ります.
 ものすごくわかりやすい説明です.電池劣化の原因がわかってすっきりです.
 しかし,疑問もあります.自分はある人から,「電解液にリチウムイオンがいっぱいありますので,そのリチウムイオンが負極に染み込んでいかないですか」,と聞かれたことがあります.なるほど,つけものの発想です.野菜を塩水につければ,塩が野菜の中に染み込みます.電解液にリチウム塩がいっぱいありますので,負極に染み込むのも不思議ではないはずです.しかし,実際はこのようなことは(おそらく)起きてないと思います.
 では,なぜこんな発想が生まれたのでしょうか.答えは,冒頭に述べた「言語の違い」によるものではないかと思います.新聞や雑誌によくある一般的な解説は,わかりやすさを追求するためか,あえて直観的な(肉眼では見えないですけど)リチウムイオンの動きで説明しています.しかし,化学の「言語」で解説するなら,正極からリチウムイオンが出てくることも,負極にリチウムイオンが入っていくことも,せっかく負極に入ったリチウムイオンがこぼれることも,すべて「化学反応」の結果として説明しなければなりません.しかもただの化学反応ではありません.よりリスペクトされる「酸化還元反応」です.(これは個人の感想です).「酸化還元反応」こそがリチウムイオン電池の本質です.酸化還元反応なしにして,リチウムイオンが電極に染み込むことは起きないのです.

 今回が初回ですので,この辺で失礼いたします.これからは化学の「言語」でリチウムイオン電池を見ていきたいと思います.
 引き続きよろしくお願いします.

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