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Z級の日々:さらば小学生さん

漸く取り戻し始めた自信が度重なる性悪面接でズタズタに挫かれ、思うように再就職活動も上手くいかず「しばらくバイトで食いつなぐか…」と諦めていた矢先に、内定が出た。取り敢えず社会に慣れる練習ということで内定承諾した。そのままトントン拍子に入社日が7月下旬に決まったことで、平日に組まれていた小学生さんの家庭教師も終了することになった。

転職活動を開始した時、「終わってほしくない」とお風呂場でひっそりさめざめとじぶんのために涙を流してくれたらしい小学生さんも、今回は覚悟が決まっていたようであっさりとした別れとなった。


この10ヶ月、特にドラマチックな展開も私小説のネタになるような面白い出来事もなく、毎週粛々と勉強を一緒にしてきた。突然先方のお婆さまが「作りすぎたおかず」を孫こと小学生さんに持ってくることはあったが、それも別段煌めくようなことでもない。自分はただ、あの子の日常にこっそりお邪魔しただけだったのだとしみじみ思う。

……図書委員になりたかったのにじゃんけんに負けたせいで、動物が苦手なのに飼育委員になってしまった。6年生になり新たに始まった歴史の授業の一環で徒歩で近くの古墳まで見学に行った。英検を受けたけど合格発表の事をすっかり忘れていた。プールの授業も嫌だけどシャトルランはもっと嫌…。
そんな「なんて事のない毎日」を見守る。ときには「あーその気持ち分かるなあ」と同意をしたり、「中学生/高校生になれば○○はしなくて良くなるよ」とちょっとした入れ知恵をしたり。
自分が中高生だった頃、漫画や映画に出てくる「意味深な人生のヒントを言う、何をしているのかよく分からない謎めいているが博識な主人公の親戚」に憧れていたが、この1年くらいは大体そんな感じの「大人」だった。多分。博識かどうかはさておき、高校生の頃に思い描いた理想の大人になったのだ。そう思うと社会からのドロップアウトも悪くなかった。
毎週欠かさずテーマを決めて2冊の本をお薦めしてきたが、最終的に一体何作品になったんだろう。トルストイ、コクトー、ヘミングウェイ、サリンジャー…。もちろん学術書も忘れずに。そして自分が小学生さんと同じ年齢だった頃に好きだった宮沢賢治の『光の素足』や滝沢馬琴の『里見八犬伝』、E・ブライトンの『おちゃめなふたご』、エトセトラ、エトセトラ。なぜその2冊を選んだのかを自分のエピソードを交えつつ、「読みたい」と思ってもらえるようにあらすじも説明。
より自分らしく本をお薦めしたいと思い、オンラインで「選書家」の方のセミナーも受講するなどもした。
紹介した全てを読んでもらえたわけではないが、それでも紹介した翌週に小学生さんの机に図書館から借りてきた山積みの本の中にその1冊が紛れ込んでいると思わず声をかけたくなる。


家庭教師最後の日。LINEでお礼の連絡のやり取りをしたが、親御さんからのコメントの中に「あの子が自分の目標を決めるいい機会になった」。まだまだ未来の可能性が無限大の小学生相手に、自分みたいな「小学生からしたら本当に何してるかよく分からない謎のプー」が……。非常に申し訳ない気持ちになった。が、今更どうしようも無い、あの子にとってうっかり「憧れ」になってしまったのだ。
一体どんな目標を持ったのだろう。小学生さんの将来が明るいものになること以上に、自分が中高生の頃に抱いた「謎多き博識な大人」が再生産されていないことを祈っている。
 

★小学生さんへの最後のおすすめ:「飛び降り」が印象的な小説
・ケストナー、『飛ぶ教室』
・トゥルゲーネフ、『初恋』

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