詩『店員』
「いらっしゃいませ」
声帯が震える。
ほんの少し前に何かが起きた。
それはこれから起きること。
それは脳が先取りしていること。
それは既に何度も起きたこと。
「かしこまりました」
自動機械は気取られぬよう背後に近づく。
眼差しは常に一方的でなければならない。
監視カメラがそれを追う。
あの人が見ている。
私という、それを。
「そちらでよろしかったでしょうか」
血の臭いが広がる。
うちに籠った耐え難い生々しさ。
そこに別の臭いが混じる。
客も私も消尽し隅々まで腐っていく。
醜い姿を晒しながら互いに知らぬ振りをする。
「ご来店ありがとうございました」
床に落ちた髪の毛を一本一本拾い集める。
時間の経過とともに、肉は痩せる。
皮は薄くなり、骨ばかり太くなっていく。
誰も私を知らない。
誰も私は知らない。
「またのお越しをお待ちしております」
ドアは開いて、閉じる。
ドアは軋んで、歪む。
客が消えてまた別の客が現れる。
私が消えてまた別の私が現れる。
あの人だけが変わらず私を見ていた。
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