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逸木裕「電気じかけのクジラは歌う」 - AIは人間を "創作" から駆逐するか

人工知能が個人にあわせて作曲をするアプリ「Jing」が普及し、作曲家は絶滅した。
「Jing」専属検査員である元作曲家・岡部の元に、残り少ない現役作曲家で親友の名塚が自殺したと知らせが入る。そして、名塚から自らの指をかたどった謎のオブジェと未完の新曲が送られてきたのだ。
名塚を慕うピアニスト・梨紗とともにその意図を追ううち、岡部はAI社会の巨大な謎に肉薄していく――。

(Amazon商品ページより)

その日が来るのは20年後か、あるいは……。

設定が良い!

「もし人工知能がどんな曲でも作れるようになったら、それでも人間が作曲する意味はあるか?」
この本はそんな現実に起こり得る世界を舞台とした近未来SF小説。

SFといっても頻繁に登場する独自の用語は、スマホをかざして音楽が聴けるシール状の記憶媒体 "カイバ" くらいのもの。自動運転が一般的に普及し始めているくらいで、ほぼほぼ現代と同じ世界観です。

それだけにリアリティがある。AIが世界を席巻する中、クリエイターに未来はあるのか。小説全体を通して深く考えさせられました。

音楽や心情の細かな描写

登場人物に作曲家が多いのもあって、本の中では頻繁に曲が流れます。
この曲の描写がすごく繊細で、なかなかに引き込まれました。
また心情の描写も多く、その人物の感情が揺れ動く感じが上手く表現されています。

ただちょっと、僕にとってはその描写が細かすぎたかな。
前半はとても良い感じで進むんだけど、中盤以降はその歩みの遅さが気になるところ。
一方で小説を書くような方には参考になるんじゃないでしょうか。音楽って文章で表すには難しい部類に入ると思いますが、こんなに表現方法があるのかと驚かされました。

勉強になる!

僕が最も印象に残ったのが「Jing」の開発会社会長である霜野くじらと相対する場面。
ラスボス的な雰囲気を醸し出す鯨さん、かなりの博識でいらっしゃいます。

「ゲシュタルト理論、というものを聞いたことがあるかね」
「ゲシュタルト崩壊、のゲシュタルトですか」
「その通りだ。ゲシュタルトとは『ある程度のまとまりを持った構造』のことだ。人間は何かを認識するとき、対象を一定量の塊として認識する。
例えば、『あ』という文字を考えてみるといい。人間は『あ』をどのように認識するか。使われている三本の線、それらの位置を計器で計測し、『あ』だと判断しているわけではない。『あ』を塊として認識し、脳内で照合し、抽象的に『あ』だと判断をしている。
そのような高度な判断を高速で繰り返すことで、我々は話すより速く本が読める。この判断が狂う状態が、ゲシュタルト崩壊だ」

(電気じかけのクジラは歌う)

まさかSF小説で、こんなわかりやすい解説を読むことになるとは思わなかった。
他にもいろんな雑学が満載なので、こういうの好きな人は楽しめるんじゃないかな。

色々尖った作品

  • 近未来の軽めSF設定が好き!

  • 細かな心情描写が好き!

  • 物語を楽しみながら雑学を知りたい!

こういった人にはおすすめかな。
ただ表紙に釣られて読んでしまうと、中には全然受け入れられない人もいるんじゃないでしょうか。意外と中身は尖ってます。

あと作曲家を目指している人は……読まない方が身のためかもしれません。


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