見出し画像

村上春樹は苦手だけど「街とその不確かな壁」を読んだので、感想を語る

ファンの方には本当、申し訳ないんですが、僕は村上春樹という作家がどちらかと言うと苦手です。

特に『ノルウェイの森』は全く受け付けなくて、今でも悪い意味で印象に残っています。
あの暗さと性描写が、なんというか…… "ウッ" とくるんですよね。

他にも何冊か読んだことはあります。『海辺のカフカ』とか『1Q84』とか。
でもどれもそこまで好きにはなれませんでした。
独特の文体は嫌いじゃないんだけど、物語としては東野圭吾とか横山秀夫の方が好み。

僕がこの小説を読んだワケ

そんな僕でも唯一、はっきり「好き」と言える村上春樹作品があります。
15年以上前に出会った『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』です。

動と静、都会と自然、油絵と水彩画。そんな対照的な物語が並行して進み、次第に収束していく。
その鮮やかな手法と何とも言えない雰囲気は、他のどの作家にも書けないユニークな魅力にあふれていました。

その体験があったから『ノルウェイの森』も『海辺のカフカ』も、そしてこの『街と不確かな壁』も手に取ったというだけで、村上春樹という作家に特別な思い入れがあるわけではありません。

何が言いたいかといえば、これから綴られる文章は「そういう人間」が書いているという前提であり、だから深い考察などは期待しないようにというお願いです。

さて、言い訳も済んだところで "感想" といきましょう。
そこかしこにネタバレを含みますので、その点はご注意ください。

第一部

最初に抱いた印象は「これ、ちょっとキツいかも」

物語の序盤は主人公である「ぼく」と「きみ」の恋愛模様と、大人になった主人公が壁に囲まれた「街」で夢読みとして生活する様子が描かれますが、前者の恋愛パートが僕にはかなり苦痛でした。

どうしても『ノルウェイの森』が脳裏に浮かんでくる。
特に中盤あたりはその匂いがぷんぷんして、結構しんどい。

逆に街パートはすんなり読み進められます。
あの『世界の終わり』とは少し違う、けれども15年以上前の記憶しかない僕には、本当に久しぶりに故郷に帰ってきたような、丁度いい具合の懐かしさ。
そうそう、ここには小さな交差点があって……あれ、こんなところにスーパーなんてあったっけ? みたいな。

街パートが無ければ読み切れなかっただろうな……。

第二部

『世界の終わり』のその後を描いたような第二部。
ここから打って変わって『ノルウェイの森』感は影を潜めます。(助かった)

中年となった主人公はとある田舎町の図書館長という職に就き、前館長の子易さんや従業員の添田さんの助けを借りながら、次第に新しい生活、役割に溶け込んでいく。
その中で出会うイエロー・サブマリンのパーカーを着た少年や、コーヒーショップで働く女性。

正直、所々でちょっと安っぽさも感じてしまいますが、全体的には非常に村上春樹らしいというか、僕のようなライト層がイメージする「村上春樹っぽさ」がそこかしこに窺えるのがこの第二部ではないでしょうか。

ジャズにビートルズ。ブルーベリー・マフィンと、それからイカとキノコのスパゲティ。
それってすごく村上春樹っぽいと思う。たぶん。おそらく。

第三部

異様に短い第三部。イエロー・サブマリンの少年との共同作業、そして街との別れ。

少年が主役級に躍り出る最終盤ですが、僕としては少し意外な展開でした。そう来るかと。色々、すんなりといくわけじゃないんだと。
意外性がほとんど感じられないこの作品においては、ここが唯一と言ってもいいくらい。

それでもラストはまぁ、これも村上作品にはありがちな「モヤモヤ感」が残る展開で、逆に少し安心してしまいました。
あんまりネタバレしすぎるのもアレなので、この辺にしておきましょう。

作品全体から感じ取ったもの

この作品全体を通して強く感じるのは「喪失感」。
ほとんど全ての登場人物は、みんな何かしらを無くしています。

恋人を失った主人公、家族を亡くした子易さん、社会性を持ち合わせていない少年、子供たちと離れ離れになった雌猫、体の関係を受け入れられないコーヒーショップの女性。

無くしたものは、きっともう元には戻らない。
けれども前に進まなければならない。いつかは。

今ここでわたくしに申し上げられるのは、ただひとつ──それは、信じる心をなくしてはならんということです。
なにかを強く深く信じることができれば、進む道は自ずと明らかになってきます。そしてそれによって、来たるべき激しい落下も防げるはずです。あるいはその衝撃を大いに和らげることができます

街とその不確かな壁 (第二部)

失ったものを受け入れて、あるものを信じて進む物語。
僕には何だかそう感じられました。

総評

正直、この作品が村上春樹の最高傑作にはなり得ないと思います。
傑作と位置付けるには丸すぎるといった印象。

暴力やセックスといったどぎつい表現はかなり抑えられていて読みやすい反面、読者の心を激しく揺さぶるようなパワーはあまり感じられない。
まるで風速3メートルのそよ風のような。

けれどもそういうどぎつい表現が苦手な人にとっては、丁度いい塩梅で村上春樹テイストを存分に味わえる。
どちらかといえば過去作を読み尽くしたヘビーなハルキストよりも、「村上春樹に少し興味がある人」にこそ受け入れられやすい作品なんじゃないでしょうか。
一冊目には、超じゃないけどおすすめかな。

ところであの「葱」はなんだったんだろう……ああモヤモヤする。

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?