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瓶入りラムネを自室で

 初めて瓶入りのラムネを飲んだ。夏祭りのない夏だからこそ、飲んでみようと思った。200mlしか入っていないのにガラスの瓶はずっしり重くて、神聖な飲み物みたいだ。開けるのには苦労した。こんな複雑な構造、誰が考えたんだろう。瓶の中にビー玉を入れようと思いついたのは、一体誰だ。ラベルを剥がして、緑色のキャップを外して、さらにキノコみたいな部品を取り出す。それで頭だけ突き出ているビー玉を突き落とす。ものすごく力がいった。全体重を掛けて、手のひらに跡がついた。ぽうん、と音を立ててビー玉が落ちて、しゅわわっわわわわと泡が弾けた。

 瓶入りラムネは近所のドラッグストアで買った。ひとりで、エアコンの効いた白い部屋で飲んだそれは、炭酸がキツかった。野菜室に入れていたおかげで、心地いい温度だった。夏祭りで買ったら、もっとキンキンに冷えていて、でも熱気ですぐにぬるくなるんだろう。
 
 本当なら君と一緒に夏祭りに行って、そこでおねだりして買ってもらうつもりだった。君がお祭りのラムネが好きだと言っていたから。「ねぇ、私、お祭りでラムネ飲んだことないの。買ってよ。」初めてのラムネは浴衣を着て汗だくになりながら、花火を眺めながら味わうつもりだった。君にこの複雑な構造の瓶の開け方と、この瓶の開発者について教えてもらうつもりだった。けど、今年は夏祭りが中止になって、その予定はなくなった。そして6月の頭に「忙しいからしばらく連絡しないで欲しい」と君からLINEが来た。君からラムネについて教えてもらう機会もなくなった。別に私は君の恋人でもないし、君に私のラムネについての「初めて」を捧げる必要なんてどこにもないと気づいた。それなら、ひとりで飲んでやろう。そう思った訳である。

 瓶を半分開けたところで、LINEのメッセージが来た。君からだった。「久しぶり。元気ですか。資格試験に合格したよ」私は既読をつけた。そして「ねぇ、ラムネの瓶の開発者って誰?」と送った。おめでとうなんて絶対に言ってやらない。なんの資格試験に合格したかなんて興味ない。ワインのソムリエかも知れないし、公認会計士かもしれないし、総合旅行業務取扱管理者かもしれない。君に対して伝えるべきことは、君が連絡を絶ってくれたおかげで、この不思議な飲み物をエアコンの効いた快適な室内で味わえたことだけ。野菜室で優しく冷やしたラムネの方が、屋台でキンキンに冷えたそれよりも美味しいに決まっている。

#夏祭り #恋愛 #大学生

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