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おこさまセット #シロクマ文芸部

「子どもの日はあるけど大人の日がない」
ワタルは子供のようにぷくぅっとほっぺたを
ふくらませた。
「大人の日なら、父の日や母の日があるじゃない。」とナミが返す。

「んーー。そうだけどさ。ナミは俺の両親をすごく大事にしてくれてるし、俺だって同じようにしてるつもりだよ。でもさ」
ワタルはそれ以上言おうとして口をつぐんだ。

「こどもが出来ないことを言ってるの??」
ナミは笑っている。
「ごめん、そうじゃなくて、世の大人たちだって大切にされたいよなぁって思ってさ。」

自分たちに子供が生まれ、わが子から
「パパママありがとう」って言われるイメージが
ワタルにはどうやっても浮かんでこない。
ナミにはそうは言えないけれど。
でも、俺が思ったのはそういうことじゃなくて、、、、うーーん・・と、
ワタルは黙り込む。
うまく言えなくてもどかしそうなワタルの頬を
「ぼくちゃん、さては甘えたさんでちゅか~~?」
ナミが両手で挟みからかう。
たこチューみたいな顔にされたワタルは慌てて言い返すが、
「ち、違うよ。もっと世の中の子供が大人を尊敬しろし!
そーゆーことだよ。」
なぜか変なギャルが混在してしまった。

つまらない話だ。つまらなくて、しょうもない自分を思い出したのだ。
走ってきた小学生がワタルにぶつかり、
「あ、さーせん(笑)」と何食わぬ顔で向こうへ走ってったことがある。
いや、(笑)、なんておかしい。
声に出るものではないのだが、そんな顔して走ってった。
(笑)を訳すと「でへっ、ぶつかっちゃった、いてぇ」
といったところか。

子供に「謝れ」というつもりもそんなもなかった。
だけど「草はえたわー」って顔でさっと行かれたことで、
自分で自分の価値を大きく下げてしまった。
子供に軽んじられてるじゃないか。
周りにいる人たちに自分はどう映ったろうか。
間抜けか?のろまか?
子供にバカにされてると笑われなかったか?
身の置き場を失い、
そそくさと歩き出したのだった。

大切な女性ナミがここにいる。
自分だって大切にされている。
でも子供の頃のように
事が自分中心に回ることなどない。
仕事や人間関係。
むしろ思うようにならないことばかりなのが大人の世界だ。
ドスンとぶつかられてぼやぁっとしていたあのときの自分️。
大人なんてそんなものだ。
もろくて情けない生き物なんだ。

そして口をついて出たのが
「大人だって大切にされたい」なんて幼稚な言葉だった。

ワタルは黙りこくったまま思う。
俺にぶつかってきたあの子だって大人になる。
今は楽しいことばかりで、無責任に遊んでられるだろうけど。
大人になったらついてまわるいろんなことなんて、
とても想像できないだろうけど。
少しずつ嫌なことも見えてくるようになって、
でも視野が広がる半面それまで目の前に広がってた世界は狭まっていく。
気づいたら大人になっちまってるんだ。
そんな大人たちに戻る道はないんだよな。

沈黙を破るようにナミが言った。
「全大人を大切にはできないけど、
今日のお昼はお子様ランチにしよう。」
そしておもむろに立ち上がり、
コピー用紙やら赤マジックやらを抱えてきた。

「大人になったらたくさん我慢しなきゃだねぇ。」
ナミは赤マジックでキュッキュッと丸く塗りながら話し始める。
「そうだね・・、子供に戻ることもできないしな。」
ワタルはさっきまで自分の中でくすぶっていたことを
見透かされたような気がしたが、なんてことないように会話を続けた。
「そうよ、だからね、時々家で子供になってみたらどうかな。」

ナミの手元を見ていてワタルは
「ぶっっ、あはははっ!!」と思わず声をあげて笑ってしまった。
A4のコピー用紙から一体いくつ日の丸を作るつもりだろう。
丁寧に定規で仕切られたたくさんの日の丸。
チョキチョキチョキチョキ。
それらは鋏でカットされ、
はらりはらりと小旗が出来上がっていく。

その日のチキンライスはまーるく盛り付けられた。
てっぺんに爪楊枝の日の丸が掲揚され、ワタルはピンピンっと
指ではじいてみた。

「日の丸たくさんできたから、いつでもお子様になれまーす」
ナミはいたずらっ子のように言う。
余った日の丸はジッパー付きの袋に入れられ、
ナミはそこに「おこさまセット」とマジックで書いた。

#シロクマ文芸部
お題「子供の日」



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