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管楽器用マスクは、一体誰を何から守っているのだろうか?

島村楽器から「管楽器用マスク」が発売されました。

島村楽器、着けたまま演奏できる管楽器用マスク。メガネがくもりにくい仕様(PHILE WEB) - Yahoo!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/articles/ca914923f5ff3c67918858affd0172e861a605cb

結論から言うと、私はこのマスクを着けたくないし、楽器屋がこのような商品を発売すること自体が愚策中の愚策だと考えています。

理由1.マスクを着けることの意義を全面否定している

管楽器用マスクは、「マスクを外さずに楽器が吹ける」というコンセプトの要請から、マスクの中央に穴が開いています。
しかしこれでは、飛沫の飛散を防止する上ではなんの役にも立ちません。穴から飛沫が抜けます。警察官が防護服に安全ピンを刺して腕章を着けるのと、やっていることは同じです。

極論、飛沫を全く飛ばさずに管楽器を演奏することは不可能と言ってもよく、アフターコロナ社会において本気で飛沫の飛散を避けるのなら、吹奏楽という文化は絶滅を余儀なくされるのです。

理由2.「コロナ下の音楽文化を前に進めるプロジェクト」と逆行している

一般社団法人日本クラシック音楽事業協会が推進する「コロナ下の音楽文化を前に進めるプロジェクト」において、クラシック音楽公演運営推進協議会と日本管打・吹奏楽学会が「クラシック音楽演奏・観賞にともなう飛沫感染リスク検証実験」を主催し、報告書を取りまとめました。

なお、この実験には、NHK交響楽団や東京佼成ウインドオーケストラが協力したとのことです。

https://www.classic.or.jp/2020/08/blog-post.html

提言のまとめには、「従来の間隔の場合でも、ソーシャルディスタンスを取った場合と比較して飛沫などを介する感染リスクが上昇することを示すデータは得られなかった。」とあります。

同様の検証は他にも行われています。

ヤマハミュージックジャパン「管楽器・教育楽器の飛沫可視化実験」では、フルート・アルトサクソフォン・トランペット・ソプラノリコーダー・鍵盤ハーモニカそれぞれの演奏時の飛沫の飛散距離や左右への広がりを、くしゃみや発生と比較し、「今回の実験条件下では、楽器演奏による飛沫の飛散距離と左右への広がりにおいては、くしゃみ、発声と同等以下であることが観測されました。」と報告しています。

○ヤマハミュージックジャパン「管楽器・教育楽器の飛沫可視化実験」
https://jp.yamaha.com/products/contents/winds/visualization_experiment/index.html

また、シエナ・ウインド・オーケストラも感染症対策検証試演会を実施し、「今回試験した各楽器とも演奏時に、勢いよく飛散する飛沫はそれほどではないことが検証された。舞台上においては、ほぼ通常の間隔のセッティングでもリスクは少ないと考えられる。」と結論づけています。

○2020.8.12 新型コロナウイルス感染症対策検証試演会《報告と対策》 | Siena Wind Orchestra
https://sienawind.com/topic/2020-8-12

これらの検証結果から考えるに、管楽器の演奏は他の活動と比べて極端に飛沫を撒き散らす行為ではありません。

また、これらの実験で得られた有効な感染予防策(演奏していないときはマスクを着ける、各種備品を消毒するなど)に追加して行う対策として、真ん中にポッカリと穴の開いたマスクを各奏者が着用することが合理的とは非常に考えにくいです。
なぜなら上述の通り、飛沫の飛散を防止できるマスクではないのですから。

日本の音楽文化の一翼を担う島村楽器は、果たしてこれらの検証結果を参照した上で管楽器用マスクを販売しているのでしょうか。そもそも、「コロナ下の音楽文化を前に進めるプロジェクト」に協力する意思はあるのでしょうか。
島村楽器には、管楽器用マスクの製造・販売・普及が、「コロナ下の音楽文化を前に進めるプロジェクト」に対して、どのような恩恵をもたらすものであるのかを明らかにして欲しいと私は思います。

理由3.奏者をコロナ脳から守れない

アフターコロナ社会において、音楽イベントの主催者は、奏者や観客といった関係者を新型コロナウイルス感染症から守ると同時に、奏者や団体を謂れのない誹謗中傷や科学的根拠のない胡乱な主張(以下「コロナ脳のお気持ち突撃」という。)、ないしこれらを真に受けた施設管理者による利用者に対する有形無形の締め付けから守らなければなりません。

音楽を含む文化活動を行うにあたり、公民館や公会堂などの公共施設を利用する機会は多いですね。というより、公共施設の利用なくして文化活動を継続することはほとんど不可能だと言えるでしょう。
しかし、公共施設はクレームに非常に弱い。一たび公共施設の管理者がコロナ脳のお気持ち突撃を浴びると、例えその声がどんなにでたらめなものであっても簡単に屈してしまうのです。

このような状況において、「管楽器用マスクが発売された」ことを知ったコロナ脳が、マスクを着けずに管楽器を演奏する人間を見たら、どんな感想を持つでしょうか。
彼らは間違いなく、
「管楽器用マスクがあるのなら、なぜ着用させないのか!」と激昂します。公共施設の利用中の出来事であれば施設管理者に鬼電です。奏者を隠し撮りしてTwitterで晒し者にします。怒りと共感で正気を失った仲間たちで徒党を組んで、科学的検証結果を踏みにじるのです。

管楽器用マスクを着用することで、対策を取っているというアピールが多少はできるかもしれません。
しかし、他に十分対策を取っているにも関わらず「マスクをしていない」というだけで袋叩きに遭うリスクもあるし、むしろこれまでに見てきたコロナ脳の怖さを思えば袋叩きのリスクの方がよほど怖い。

島村楽器も、コロナ脳へのアピールとしてこのようなマスクを製作したのかもしれません。
しかし、奏者の方ではなくコロナ脳の方を向いて商売をする楽器屋から楽器を買いたいとは、私は思いません。

さいごに:

管楽器用マスクは、ウイルスからも、コロナ脳からも奏者を守ることのできない製品です。

教育現場や公立の演奏団体などの立場の弱い者が、コロナ脳のお気持ち突撃に遭って、特筆すべき効果のないマスクを着けさせられる不毛な結果とならないように祈るとともに、皆さまにおかれては、「管楽器用マスクの着用により飛沫の飛散を有意に防止できる」と誤解してマスクを購入されることのないよう、慎重にご検討くださいますよう、僭越ながらお願いいたします。

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