物事を多面的に捉える、常識や固定観念にとらわれてイライラ…/世間でいうプラス思考/でも、そういう事ではないんだよ (´・ω・`)
あらゆる物事って色んな解釈が出来るとして、それが、世間でプラス思考と呼ばれている
例えば、怪我をして遊びに行けなくなってしまったとき
マイナス思考だと、『このタイミングで怪我をするなんて運が悪いんだ』
と思う所を、
プラス思考の人は
『あのまま遊びに行っていたらもっと酷い怪我をしたかも、これでよかったんだ』
と考えると、。
でも、そういう事ではないんだよ (´・ω・`)
そんな屁理屈では、不満しか残らない
☆
そして『常識を疑え』って、要するにこういうことなんだと思うといい、
常識外れだから、周りと違うから、と悲観しないで、自分らしさや周りの個性、物事の流れをあるがまま受け入れることが大事だと、。
そういうんだ。
でも、そういう事ではないんだよ (´・ω・`)
僕は「生気」をうける事によって、意味付けが自動的にポジティブになるということを言う
言っちゃえば、お釈迦さんが言ってた物事をあるがままにみるというのは、そういう風にしか成し遂げられない
生気とは、万物を生長発育させる自然の気のことをいってる (´・ω・`)
午前中の時間の「気」や
樹木の気功とか森林浴(Forest BathingかShinrinyoku)とか、。
多くの科学的研究は、大自然の中で楽しむことが人間の健康を促進することを強調していて、
自然環境の中で過ごすことは、ストレスレベルの低下と関係があり、
ワーキングメモリが向上し、より生き生きとした気持ちにつながることが分かっている
ワーキングメモリの向上するとは、文章を理解したり問題を解いたりする際に、必要な情報を長期記憶から探してきて関連する情報を処理する機能が良くなるってこと(´・ω・`)
そして、ストレスレベルが低下して、健康が促進されてるなら
物事をあるがままにみてゆける
もちろん、そんなに簡単な事だとは思わない
でも、そういうことだ
☆
あらゆる物事や個性に対して色んな解釈の幅を持とう!として
そうすれば、常識や固定観念に囚われてストレスを感じたりイライラしたりすることも減るだろうし、心がすっと楽になると、ある方は言うけど…
解釈に幅があるというのは、決断が迷いだらけになるでしょう?
だから (´・ω・`)
そういう事ではなくて、
(方法は他にあっても良いのだから)例えばですけど、
生気を受けて、自然環境の中で過ごして、ストレスレベルが低下するなら、
常識や固定観念にとらわれるイライラは起きないんです (´・ω・`)
☆
お釈迦様は菩提樹という
樹木の下で…
☆
しかしねぇ(・_・)
もしかして、 (´・ω・`)←がいう事は
外気功(外気発射とか外気放出、外気接収)が出来ることがあってこそ、言い切れることなんじゃない?
そこが問題点か🧐