つまらなくない未来

■書籍名 つまらなくない未来
■著者  小島健志
 本書は、エストニアにおける電子政府樹立の国家的・社会的背景を捉え、テクノロジー活用の最先端をいく状況を把握し、日本の未来に役立てていくことを図ることを記述したものである。
 エストニアにおけるテクノロジーの活用が最先端を行っていることは、これまで見聞することが多かったが、その詳細についての情報があまりなく状況を把握することができなかったが、本書によってその背景を概括することができた。
 まず、なぜエストニアが他国と比較して、行政サービスの電子化において突出して進んでいるのか。その要因は、これまでの歴史における地域特性があることを踏まえる必要がある。つまり、本書の指摘によれば、スウェーデン支配時代の中世においてはルター派のプロテスタント系のキリスト教が多くを占め、教会が聖書の普及を目的とした識字教育に力を入れたため、庶民の識字率が当時でも50%という特殊性があったとのことである。その後のロシア帝政支配時代の20世紀前半には農民の90%が読み書きをできたということであった。この識字率の高さには当時のロシア帝政も着目しており、その後、研究機関をエストニア地方に設置し、多くのインテリジェンスが集約され、軍事目的のデータサイエンス研究が発達したのである。そして、エストニア地方は、古くから占領の歴史でもある。そのため、国民のマインドには占領されても知的財産を保護していく必要があることの考え方が共有されているのかもしれない。このような地域特性から、1991年のソ連からのバルト三国の独立後の国家再建において、政府の電子化が特殊的に発展していったということが考えられる。
 行政サービスの電子化という観点から参考になる手法は多々あると思われるが、手法そのものを導入することについては、日本の地域性を考察した上で慎重に取り組んでいく必要があるのだと考える。エストニアは、国家再建当時に、限られた予算で、分散化してしまった国民をどのように統合し、エストニア人としてのアイデンティをどのように示し、国家としてどのように機能を働かせていくかという具体的な課題に対し、インターネット技術の勃興という時代的タイミングを捉え、ゼロから政府の電子化に取り組んだ。資源制約下におけるやむを得ない手段であったともいえるのである。
 翻って現代日本における諸課題は何か。これまでの直線的な経済社会の拡大路線が収束し、今後は規模の縮小、方向性の拡散、あらゆるサービスのたたみ方の時代に突入するのである。このような時代背景を踏まえ、適応し、充実した暮らしを享受できるために、テクノロジーは利活用されていくべきである。ややもすると、テクノロジーの導入が目的化しがちな状況である現在、僕たちは改めて、なぜテクノロジーなのか、ということについて立ち止まって考えていくことが必要なのではないか。
 本書において印象的なのは、いわゆるビジネス書籍にありがちな、最新トレンドだけをトレンド最前線の立ち位置からレポートするという内容ではなく、時代背景、地域特性等について現地の人々のヒアリングを踏まえて丁寧に積み上げている点である。その中で、エストニアの教育における取り組みはとても示唆的である。それは、自己肯定感をメインとした初等教育が展開されているという点で、日本の幼児教育における現在の方向性を体現しているような取り組みだからである。自己肯定感は、教育現場における日常のちょっとした成功体験の連続的な積み重ねによって、身体的に獲得するメンタリティである。子どもたちがちょっとした成功体験を積み重ねていくことの後方支援を行うことが教育者の役割となる。このような質の高い幼児教育を受けてきた子どもは、「やればできる」という前向きな思考のもとで取り組むため、問題解決力、民主的な意思決定、批判的思考力、個人的責任の自覚などの、今後の社会で求められていく「生きていく力」における身体的・精神的パフォーマンスが高いことがジェームス・ヘッグマンの研究論文により確認されている。大人たちに求められるのは、このような生きていく力を育むことができるよう、いかに子どもの環境をデザインしていくかということである。
 エストニアの最新テクノロジーに関する文献に当たりたくてにとった本書ではあったが、そこに書かれていたことは、あまり期待していなかったことに反し、僕が日頃から考えている「成熟した大人になるために子どもの育ちを支援すること」や、「国家、都市、地域の社会集団が、先行きの見えない、見通しの効きにくい世の中で、どのような社会的アイデンティティを共有することができるか」などの問題に切り込んできており、なかなか充実した時間を過ごすことができたのである。

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