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選び抜くということ〜ショートブーツ自問自答

すみませんが、購入した商品画像のみ有料設定とさせていただきます(少々めずらしいお品なので)。本文は全て無料でお読みいただけますので、よかったらどうぞお楽しみください!

ことの始まりは、ホースビットミニバッグに盛大な傷をつけたこと。

よろけて柱と体の間にバッグを挟んだ結果、真正面にぐにゃりとよれたような跡がついてしまった。どうにかならないかといつもの店員さんに相談しに行くと、「このくらいでしたら手で直せますよ」と返されて驚いた。店員さんがバッグに手を入れて、中と外から同時にヨレを馴染ませるように撫でていくと、確かに少しずつボコッとした膨らみが減っていく。曰く、良い革には自らキズを修復する力があるのだとか。なんじゃそれ、木の家具か。

「お修理に出してしまうとこの一面を丸々張り替えることになって、ちょっともったいないかと…。手の熱と脂で十分ですから、お家でもしばらく馴染ませていただいたら最終的に傷はほぼわからなくなると思いますよ」

GUCCI、好き。

そんなやりとりを終えた帰りしな、何の気なしに店員さんに尋ねてみたのが嵐の始まりだった。ショートブーツって、そろそろ入荷してますか?(当時は7月下旬)

「はい、ちょうどお似合いになりそうなブーツがあるのですが…」

端末で店員さんが見せてくださったのは、まさに私もオンラインでチェックしていたモデルだった。エレガントながら個性的で、モードにもクラシックにも振れそうなインパクトの強いデザインが魅力的なのだが、唯一気になるのがヒール。もう4年ほどフラットシューズで暮らしているため、履きこなせるのかかなり不安だ。

「これから入ってくるのですが、日本への入荷数自体が大変少ないお品でして…お客様のサイズをご用意できるか確約はできない状態です。もしよろしければ、お取り寄せはトライさせていただきます」

ん? …試着したその場で購入を決められなかった場合は…?

「お靴ですから、万が一足の形に合わない場合はどうぞ見送って下さい。ただこれだけ入荷数が少ないと、見送られた場合は即、他店から問い合わせが来てそちらに流れてしまう可能性が高いかと」

痛くて履けないとか明らかに似合わないならあっさり引き下がれるけれど、履けても買うかを決断できずに見送った場合、再びこのブーツにお目にかかれる機会はなさそうだ。つまり、買えるチャンスは1回こっきり。

「今日入荷についてお尋ねいただけて、本当にいいタイミングでした。今でしたらご用意できる場合、最速10日ほどでご連絡させていただけます」

えっ。ちょっとちょっと、なにそれ、難易度高すぎない?

「お取り寄せ…トライさせていただいても、よろしいですか…?」

慌てる私をよそに、上目遣いで心なしかニヤリと笑う店員さん。ええい、ままよ。

「お願いします」

お手持ちのお洋服とオンライン画像でたくさんシミュレーションなさってくださいね、と笑顔で見送られて店舗を後にする。なんてこった、とんでもない展開じゃないか。あのバッグはいつだって、私に新しいチャレンジを運んでくる。


それから数えて9日後、無事(?)入荷連絡が来た。

カレンダーを見ると、店員さんが出勤していて私も足を運べそうな日の前日に、たまたま健康診断を入れていた。場所は新宿、お伊勢丹の目の前だ。もともと試着旅をするつもりで、すでに半休を申請してある。

これはいい感じにはまった。よし。健康診断が終わったら、お伊勢丹に出てるブーツ片っ端から履いてやろうじゃない。私がブーツに求める条件をクリアにしておきたいし、GUCCIより履きやすくて魅力的なブーツがあるなら是非とも知りたい。

健康診断を心から待ち侘びたのは、後にも先にも初めてかもしれない。

***

マンモとバリウムにげっそりしながら通りに出て、晴れやかな気持ちで向かった新宿伊勢丹は靴売り場。ここでの試着は初めてだ。とにかく広くて物量が半端ない。ルブタン、マノロにロジェヴィヴィエ、錚々たるフェティッシュ靴のキラキラオーラに圧倒されて、どこにも入れずただフロアを徘徊すること、数周。

でも思い切って最初の一歩を踏み出せば、そこから後は早かった。

フィリップリム、チャーチ、ルブタン、プラダ、トッズ、ボッテガヴェネタ、ジャンヴィトロッシ。勢いづいて次々入り、2時間で履いたブーツは13足。ありがとうお伊勢丹。さすがに頭がぼーっとしてきたので、館内のジューススタンドで休憩(びっくりのお値段に納得のお味)。一息ついて移動して、ふらりと入ったザ ロウでさらに2足履かせていただいた。合計、15足。

考えてみたら、自問自答で推奨される「特定アイテムの試着祭り(そんな言葉はない)」を実践したのは初めてだったのだが、その効果は実に大きかった。

試着前はフラットでゴツすぎないシンプルなブーツがいいなと思っていて、真っ先に手に取ったのはローファーの甲がそのまま伸びたようなすんなりしたモデル。だけど履いた姿を鏡に映すと、妙にのっぺりして見えた。なるほど、甲が出るか否かで受ける印象はかなり変わってくるらしい。秋冬はさらに服にボリュームが出ることも考えると、ブーツの場合は本体やソールにある程度ボリュームや個性があった方がバランスが良いのかも、と気がついた。

その気づきはチャーチでさらに深まった。

磨き抜かれたチャーチの革は、ツヤそれ自体が存在感になるのだと教えてくれた。もうひと匙のインパクトを求めてスタッズ付きを試してみると、意外にも主張がなくて拍子抜け。構造上、ブーツは甲にあまりスタッズが付けられないせいか、どこか間延びしたような印象を受けてしまう(あくまで個人の主観)。ならば、とそれまで避けていたボリュームソールのモデルを履かせていただくと、これがもうどんぴしゃ。ピカピカ革とソールのバランスが完璧だし、嬉しいことに足首もほっそり見える。なるほど、ソールはこのくらいインパクトがあってちょうどいいらしい。

ちなみにこのブーツ、泣きながら履き慣らすイメージ(偏見です)のチャーチにおいて、まさかのふっっっっっかふかな履き心地。しかも、雨が降っても普通に履けるという嬉しすぎる仕様。この靴、すごくいい。一瞬めちゃくちゃ前のめりになったのだが、店内を歩き回るうちに気づかされた。

サイドゴアブーツは、愛用の半端丈パンツとの相性がよろしくない。パンツの裾とブーツの履き口がちょうど重なるのに加えて履き口に多少のゆとりがあるために、5歩歩くたび裾がブーツに取られてカクン、となる。これ多分、駅の階段で泣く。

後ろ髪を引かれつつチャーチを後にして、さらに自分とブーツのすり合わせを続けた。サイドゴアでも履き口がぴったりしていれば裾が引っ張られないとわかったり(ボッテガヴェネタ)、ショートではなくミドル丈ならそもそも裾が干渉しないことにも気がついた(プラダ)。あるいはジップアップならショートで全く問題なし(ジャンヴィトロッシ)。履いてみたブーツはそれぞれに個性があって美しくて、着ていたY's との相性も良かった。

この日一番惹かれたのは、ザ ロウ。

ジップアップなので裾問題はクリア。甲の真ん中についたシルバージップは装飾的なインパクトももたらしていて、機能性とデザインの両立に唸った。プラットフォーム型のソールはインパクト十分な上に、思いの外歩きやすい。何より感動したのはインソール。裸足で履けそうなくらい完璧なシームレスで、淡い色合いまでもが美しい。内側にここまで手をかけちゃうの?!と驚かされた(さすがのお値段だった)。一つ気になるのは、ゴールド金具のホースビットとの相性。合わないことはないにせよ、ベストな組み合わせかと言えば多分違うような気がした。

山のようなショップカードを抱えて帰途につき、電車に揺られながら思った。

うん。時間がないなりによくやったよ、私。

試着数は100には遠く及ばなかったけど、やれることはやった、と思えた。後は、本番に臨むだけだ。

***

翌日は、スキップしそうな勢いでGUCCIに馳せ参じた。

「本命」に対面する前に自分なりに準備ができている、ということがこんなにも自信と落ち着きをもたらすことを、私はその時初めて知った。対象について自分が求める条件とその理由、そして暫定1位がはっきりしていることで、これから出会う新たな品が自分にとって必要か否か、たとえ限られた時間であっても的確な判断が下せる自信があった。いわんや試着100着をや。なるほど、巷で言われる婚活メソッドってこういうことか、などと思い切り場違いなことを考えていた。

店員さんが恭しく運んできた箱を開けた瞬間、目が釘付けになった。


現れたブーツは、画面上で見ていたよりも遥かに強いインパクトを誇っていた。装飾が予想より二回りほど大きくて思わずたじろぐ。私に履きこなせるだろうか。


一抹の不安を振り払おうと、まずは前日に洗い出した条件に照らし合わせてみる。

ブーツ本体のボリューム感や個性は、もはや十分すぎるほど。ツヤツヤした革ではないけれど、そもそも装飾が目立って一瞬で目を奪われる。ソールはブロックヒールで、いやらしくない程度に特徴的。痛みさえ生じなければ、このボリューム感はむしろ大歓迎だ。そしてジップアップタイプなので、裾との干渉は問題ない。

いざ、足入れをしてみる。驚くことに、靴べら不要。恐る恐る入れた足は「シュッ」と小気味よい音を立てて滑り込み、楽々靴の中に収まった。指も甲もどこも当たらない。痛くない。ローファーの時と同じだな、と思った。次の関門はジップ。今までの人生で、ジップが上がりきらずに諦めたいくつものブーツが脳裏に蘇る。ソロソロと引き上げてみると、ジップは静かに一番上まで辿り着いた。…履けた。

立ち上がってみると、今度は予想外の感覚に驚かされた。


足首が、気持ちいい。


ジップで引き上げた部分の革は、まるで安室ちゃんが履いていたストレッチブーツみたいに隙間なくぴったりフィットしている。そのくらい足首に沿っているのに、革特有の重さや硬さは全く感じない。柔らかいのにヘナヘナしていなくて、しっとりと、それでいてしっかりと足をホールドしてくれる感じ。歩き出してみると、脛に革が当たる部分が全く痛くない。驚きのあまり、店員さんを振り返った。

「柔らかいですよね? 甲から踵の部分にはしっかり芯が入ってどちらかと言えば硬めなのですが、足首から上の革は本当に柔らかくて質が良いんです。これは私も実物が届いてから初めて気がつきまして…正直嬉しい驚きでした。普通ブーツって、履いているうちにくるぶしや脛が圧迫されて痛くなりがちなんですが、このブーツにはそれがないんです」

にっこりと、晴れやかな笑顔を向けられた。

一番心配していたヒールは、意外にもなんとかなりそうだった。そりゃもちろんフラットな靴よりは疲れるけれど、痛いと言うほどではなかったし、足がきちっとホールドされて前滑りしづらいおかげか、それほど負担に感じなかった。むしろ、鏡に映ったヒールの美しさに感服した。このデザインは、ヒールがあってこそ完成する。そう思わせるだけの説得力があった。

よくよく鏡を見てみれば、予想外の大きさにたじろぐほどだったブーツ本体の装飾も、いざ足元に来てみると実にちょうどいい塩梅だった。この装飾も、あくまで履いた時のスタイルが完璧に仕上がるように、ミリ単位で計算され尽くしたデザインなのだろう。

となると、残るは、あれだ。

「できれば、ホースビットミニバッグを合わせてみたいのですが」

この日は仕事帰りで、ミニバッグは持ってきていなかった。店員さんは深く頷き、ちょうどお持ちしようと思っていました、と艶然と微笑んで姿を消した。


やがて現れた彼女の手に収まるホースビットミニが視界に入った瞬間、ああ、と膝から崩れ落ちそうになった。


決まりだ、もう決まりだ。このブーツ以外、ありえない。このバッグとこんなに完璧に調和するブーツがこの世に存在することを知ってしまった以上、これ以外のブーツを選ぶことなんてもはや不可能だ。


手渡されたミニバッグを手に取って鏡を覗き込むと、予感は確信に変わった。

最初からそこにいました、という体でブーツとバッグがすました顔を並べている。ローファーとバッグの組み合わせは春夏の最適解だけれど、冬のコートを着込んだ時は、足元がローファーでは今ひとつバランスが取りづらい。なるほど、秋冬はこのブーツが最適解というわけか。…あ、バッグと靴の通年セット、できちゃった。

「こちらは、アレッサンドロ・ミケーレの最後のデザインなんです」

最後の一押しとばかりに、店員さんが切り出した。今までにも何度か繰り返された話題だ。曰く、デザイナーが代替わりすれば、同じブランドでも解釈や表現はガラリと変わる。全店舗のインスタレーションから店員さんの制服まで一新されるくらいだから、おそらく、翌シーズンに出てくるブーツは今のラインナップとは全く違うものになる。

ミケーレは、ポップとクラシックの両方を自在に駆け抜け、実に幅広いコレクションを展開してきた。それこそが彼の、そして彼の手がけたGUCCIの魅力なのだと店員さんは言う。私は彼のデザインしたクラシックなミニバッグがとても好きだし、これから先も長く大切に使うつもりだ。そのバッグにこれ以上ないほど合うブーツが、今、目の前にある。逆に言えば、今、ここにしかない。


「こちらを、いただきます」


無事、1回きりのチャンスを掴めたことに安堵した。

***

もし前日の試着旅を経ていなかったら、どうなっていただろう。まあ、たとえ今季目にしたブーツがこの1足だけだったとしても、結局同じように手に入れていた気はする。バッグとの調和はそれほどまでに凄まじかったし、ブランドデザイナー交代のタイミングであることも強力な後押しになった。

でも、他との比較検討がなければ、自分の選択にここまでの確信は持てなかったんじゃないだろうか。私は今回試着旅を通して初めて、自分がブーツというアイテムに求めるポイントに気がついた。

選び抜く、ということについて考える。

ファッションに限らず何かを選ぼうとした時、そもそも選択肢を知らないというのはよくあることだ。あるいは知っていても、まさか自分に合うとは思いもよらないかもしれない。この世に何があるかを知り、できる範囲で実際自分に重ね合わせてみて、自分の心と体がどう反応するかを体感する。真の勘所は、そういうトライアンドエラーの先にしか見つからないんじゃないだろうか。

だから、一発で正解にたどり着く必要なんてない。むしろ、今正解だと思っているものも時間が経てば全くトンチンカンな選択肢に変わるかもしれない。私がこのブーツを10年後も今と同じくらい愛しているかなんて、全くわからない。でも、今の私は確信を持ってこれを選んだ。それだけでいいのだと思う。

大切なのは、自らに問いを立てること。そして問い続けること。

自分は何を欲しているか、今自分には何が必要なのか、それはなぜか。その一つ一つを自分に問いかけなければ答えは見えないし、答えが見えなければ手に入れることはできない。お昼に何を食べるか、週末はどこで誰と過ごすか、どんな職業を選ぶか、日々何にどのくらい時間とエネルギーを費やすか、どこの街に住むか、どんな家に住むか。つまり、どう生きるのか、すべて。

……なにやら壮大な話になってしまった。

この記事は、Before 自問自答ファッション教室、セルフ自問自答の過程で私が思ったことの集大成。とりあえず書けるだけ全部書いたので、そろそろ筆を置く。

***

以下は、購入したブーツの写真です。よかったらうちの可愛い子を見てやってください!

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