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【無料公開】斎藤幸平×渡辺寛人『ジェネレーション・レフト』刊行記念対談(『POSSE』vol.49掲載)

世界の若者の「左傾化」を分析したキア・ミルバーン『ジェネレーション・レフト』(堀之内出版)や、『POSSE』vol.48(特集:ジェネレーション・レフトの衝撃)が大きな反響を呼んでいる。今回の対談ではミルバーンの議論を改めて振り返り、コロナ後の日本における「ジェネレーション・レフト」形成の可能性に迫った。
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※2022年3月に『ジェネレーション・レフト』が増刷されることを記念し、経済思想家の斎藤幸平さんと『POSSE』編集長の渡辺寛人による対談記事「絶望の「コロナ世代」から、闘う「ジェネレーション・レフト」へ」(vol.49掲載)を特別公開いたします。

渡辺:ジェネレーション・レフト』(堀之内出版、2021年)の監訳・解説を担当された斎藤幸平さんに内容についておうかがいしていきたいと思います。早速ですが、キア・ミルバーンはどんな人物なのでしょうか。

斎藤:彼はどちらかというと、いわゆる「学者」らしい人物というよりも、アクティビストなんですね。この数年間はイギリスのレスター大学で政治経済学や社会組織論を中心に教えていたのですが、現在はローザ・ルクセンブルク財団という、ドイツに拠点を置くシンクタンクのロンドン支部に所属しています。そこで本書に書かれているような、新しい世代とつながっていくようなラディカルな左派の運動をどうやって作っていけるかということをテーマに、実践と研究をつなげる活動をされている方です。
 本書の議論はイタリアのオペライズモ、特にマリオ・トロンティのマルクス主義の影響も受けているのですが、「世代」に関してはマンハイムの議論が重要になっており、また、フランス現代思想の議論も登場します。幅広い議論を包括しながら、現代の状況に積極的に理論的な介入をしていこうという実践的な関心が強く見られる著作になっています。

渡辺:「ジェネレーション・レフト」とはいったいどういう世代、どういう人たちなのかを改めて教えていただけますか。

斎藤:「世代」という形でくくると、当てはまるのはいわゆるミレニアル世代(1980年~1995年生まれ)やZ世代(1990年代後半以降生まれ)です。Z世代では、大坂なおみさんやグレタ・トゥーンベリさんなどが象徴的です。その特徴は、政治や社会の様々な格差や抑圧に対して、積極的に発言をしていく。つまり、いままでの社会のあり方というのがおかしいんじゃないか、自分たちでもっと良い未来を作っていこうとアクションを起こすようになっている世代です。それが「左派」世代と呼ばれる所以で、この傾向はとりわけ欧米でみられます。たとえばアメリカではバーニー・サンダース、イギリスではジェレミー・コービンというような、いわゆる左派の政治家を担ぎ上げるような動きですね。そうしたなかで、社会主義という、ソ連が崩壊してから世界的に低迷していた左派の運動や言説に、若い世代がもう一度新たな息吹を吹き込むようになっているのです。
 社会主義が注目されるようになっている背景には、非常に深刻になっている格差の問題があります。若い世代は大学に行くのに多額のローンを背負ってしまっていて、その後も安定した雇用がどんどん減っているため、卒業しても返せる見込みがない。老後は年金問題も心配です。さらに、気候変動に代表される環境問題も深刻になっている。前の世代がわかっていながら対処してこなかった問題のツケを払わされることになるのがいまの若者たちです。そのことに憤っている彼らはシステム・チェンジというスローガンのもと資本主義を抜本的に変えることを求める運動を起こすようになっています。

日本の若者はむしろ「保守化」している?

渡辺:格差や気候変動は、欧米に限らず世界中のミレニアル世代やZ世代に共通する問題だと思います。けれども、欧米では若者がどんどん社会運動の中心的な担い手になっていく一方で、日本では若者が運動に参加することは大規模には見られず、むしろ保守化していると言われることが多いと思います。そこで、「日本にジェネレーション・レフトなんかいない」とか「日本には当てはまらない」という反応もありますが、いかがでしょうか。

斎藤:日本だとミレニアル世代は「ゆとり世代」なんて言われて、全然頑張っていない世代なんだと言われたりするわけですが、実は同じような世代的な評価は海外でもあります。たとえば海外のミレニアル世代やZ世代は「スノーフレーク世代」と言われたりするわけですね。雪のように脆いガラスの心を持っている世代で、昔みたいに揉まれてない、甘やかされていると。また、アメリカやイギリスの若者たちがみんなグレタ・トゥーンベリみたいになっているかといえば、もちろんそんなことはないわけですよね。
 けれども一つの傾向として、欧米ではシステム・チェンジを求める声が非常に高まっている。これはなぜなのかという問いが、この本のなかでは中心的なテーマとして論じられています。単に世代ごとに10年、20年の単位で区切って、「この世代はこう、この世代はこう」と漠然と特徴づけるだけでは印象論で終わってしまいますが、キア・ミルバーンは「出来事」という概念を重視して分析しています。これはフランスの現代思想由来の概念なのですが、要するに不意打ちの歴史的な事件が世代の形成にとって非常に重要だということです。
 最近だと一番わかりやすい「出来事」はコロナです。その意味で、コロナは今後長い目でみると、「コロナ世代」というものを作っていく可能性がある。コロナによって大学に行けなかった大学生や、修学旅行やスポーツ大会がキャンセルになった高校生たちは非常に深い傷を負うわけで、(上の世代にはない)固有の経験が彼ら独自の共通認識、共通体験として新しい価値観を作っていく可能性があるからです。
 では、いまのミレニアル世代やZ世代にとって重要な「出来事」はなんだったかというと、まずはリーマン・ショックですね。私が大学4年生の時に起きたことですが、いまの経済システムは非常に脆弱で暴力的なものだと明らかになった。でも当時の私たちはショックを受けて何もできなかった。これをミルバーンは「受動的な出来事」と呼ぶのですが、ただ辛い経験をしてベタッと倒れて終わってしまうと、社会はあまり変わらないわけですよ。
 しかし、もしそこに対してもっと介入することができたら。たとえば金融市場では一部の人たちが金儲けをする一方で、派遣村に来る非正規雇用の人はこんなにひどい目にあっている。これって俺らが立ち上がって声を上げないと変わらないじゃないか、ということが打ち出されるようになっていくと、それが能動的な出来事になっていくとミルバーンは言います。つまり「出来事」を自分たちで解釈して意味づけし、社会を変えていく力にしていくことができるのです。それがニューヨークやスペインのマドリッドで起きた占拠運動だったわけです。占拠運動そのものがなにか社会をいきなり変えることはありませんでしたが、そうした運動を通じて、自分たちはこの新自由主義社会を変えていけるんだと信じられれば、それをベースにして人々はもっと大きな変革に向かって立ち上がるようになっていく。その延長線上に、いま世界ではコービンが出てきたり、サンダースが出てきたりしているわけです。逆に、ショックな出来事が起きても、そこに介入して新しい運動を作っていくためのビジョンや言説や運動がなければ、人々はますます打ちひしがれ、保守化していってしまう危険性があるわけですね。
 「日本にジェネレーション・レフトなんていないじゃないか」「そんなの日本には当てはまらない議論だ」というのは、自動的にできるものではないからであって。むしろ私たちはそういうビジョンを出せていないんじゃないか、新しいプロジェクトとして「ジェネレーション・レフト」的な運動や物語や言説、ビジョンというのを作っていかないといけないんじゃないかということに気がつかなければいけない。つまり「ジェネレーション・レフト」は自動的に与えられるものではなくて、私たちが作り出さないといけない政治的プロジェクトだということが重要なんですね。

新自由主義の物語に閉じ込められるZ世代

渡辺:実はコロナ禍になってからの1年半で、POSSEには250人以上の大学生を中心とした若者たちが集まってきています。その背景には、これまで就活やアルバイト、サークル活動などで忙しかった大学生たちがコロナで大学内での忙しさから解放されたり、これまで留学に行っていたような人たちが海外に行けなくなってしまったりという背景があります。ボランティアに来た若者の8割以上が女性なのですが、彼女たちと話していると社会に対する閉塞感を強く感じていることがわかります。
 教育改革が進んで中高一貫校が広がっていますから、小学校の高学年にもなれば塾に通って受験競争に備える人が増える。学校ではお金を持っていて塾に通える子たちがヒエラルキーの上位にいける一方、そうではない子たちは居場所がなくなってしまう。とにかく色々な場面で市場の時間のなかに閉じ込められてしまっていて、そのなかですごく閉塞感を感じている。ブラック企業という言葉も広がり、雇用環境の崩壊や不安定な雇用が広がる状況が明らかになってきている。でも与えられるのは頑張って競争に勝って、いい大学、いい企業に行くという物語だけ。堀江貴文の「多動力」みたいな話もありますが、一つの企業にしがみつくのではなく、転職を繰り返して肩書きをたくさん作れば市場価値が高まって人生充実していくんだとか、投資や副業をうまくやれば成功できるとか、新自由主義の物語ばかりですよね。
 社会の行き詰まりを感じているにもかかわらず、若い世代に与えられるのはいかに市場のなかでうまく成功していくのかという新自由主義的な物語やビジョンばかり。それを信じられないけれど、でもそれしかないから仕方なく、というなかで、閉塞感を抱いている若者がすごく多いなと思います(詳しくは『POSSE』vol.48(特集 ジェネレーション・レフトの衝撃)を参照)。

オーガナイズから運動を始めよう

斎藤:危機はチャンスでもあるわけです。いまの話を別の角度から見ると、これまで資本主義が約束したような、頑張って働けば安定した仕事に就けて、家や車を買ったりして幸せな家庭を築くことができるんだというストーリーが、もはや崩壊してしまっている。むしろそれまでの大人たちが好き勝手やってきたせいで気候変動への対策が遅れるなかで、私たちの未来が暗くなってしまって、奪われていると感じる若者が大勢いるということですよね。かつての権威とか説得力みたいなものがすべてガラガラと崩れている状態にあるわけです。それがコロナ禍が「出来事」とみなされる理由です。同じことは気候変動についても言えるでしょう。
 そこでしっかりと「持続可能で平等な社会を作っていこう」と説得力のあるかたちで理論や実践を展開することができれば、日本でも世界で起きているような、Fridays For Futureやサンライズ・ムーブメント、ブラック・ライヴズ・マターのような運動を作っていけると思う。でもそのためには、私が最近よく勧めている鎌田華乃子さんの『コミュニティ・オーガナイジング』(英治出版、2020年)にもあるように、コミュニティ・オーガナイジングに基づく組織作りが重要です。それは別に党のような、ヒエラルキーに支配され鉄の規則があるような組織ではなく、誰もがリーダーになれるような知識や経験を、みんなでノウハウとしてシェアしていくような組織作りのことです。アメリカで一見すると自然発生的に運動が起きているように見えるのも、さまざまなところでオーガナイジングに基づいた組織作りがなされているからで、それが選挙や大きな運動のような「出来事」をきっかけにして、結束して社会を変えていくような力になる。そうした議論から私たちもしっかりと学んで、新しいビジョンを作っていく必要があると強く感じていますね。

渡辺:ブラック・ライヴズ・マターの共同代表の一人、アリシア・ガーザの『世界を動かす変革の力』(明石書店、2021年)では、ハッシュタグから運動は始まらない、人間がつくるんだ、組織化が重要なんだということを歴史や自分自身の経験、運動のあり方から論じています。日本では、SNS上のハッシュタグで盛り上がったり、一時的に何かのイシューで集まって国会前でデモをおこなったりしても、継続的な組織化につながっていかない。だから運動の伝統や文化がなかなか継承されていかずに、一時的なブームのようなかたちで終わってしまう。若い世代からは、閉塞感の強い現実に代わるオルタナティブが見えてこないという状況があるのかなと思います。

コロナ世代は闘う世代だ

斎藤:コロナ禍で日本でもさまざまなかたちで社会の矛盾が露わになったことや、いまPOSSEに多くの学生が来ているということも含めて、やっぱりいまの日本でも変革を求めている人たちは確実に増えてきていると思います。私の本『人新世の「資本論」』(集英社新書、2020年)が非常に多くの人に読まれているということもそうですが、資本主義が唯一絶対だというこの30年ぐらい非常に強固にあった思い込みが崩れてきているというのは、時代的な転換だと思います。
 コロナ禍という「出来事」がいままさにあって、じゃあコロナが収束したから経済を回しましょう、そのためにもっと規制緩和を、そして、コロナ対策で借金が増えたからもっと緊縮財政をという流れに抵抗できずに、またこのコロナもリーマン・ショックや3.11のような受動的な出来事にしてしまうのか。それともコロナ禍で露わになった矛盾に対し、POSSEや他のNPOなどの社会運動に参加して取り組んだり、既存の運動が集まって大きな訴えをしたりするなかで、政治も動かしてもっとグリーン投資をしていこうというかたちになるのか、社会保障を拡充していこうというかたちになるのか。それはもちろんその時のパワーバランスや主張によって決まるのであらかじめ言うことはできないけれど、自分たちがこういう要求をしたらこうやって変えていけるんだという自信をつけるような能動的な出来事にしていきたい。
 ミルバーンの本は、コロナ禍や気候危機を政治的プロジェクトとつなげるきっかけなのです。どうやって変えていこうか、日本でも新しいジェネレーション・レフトを作るためのプロジェクトはどうやったら始められるのかということを、立場や世代を超えて議論を始められると、この本を翻訳した意味があったかなと思います。

渡辺:コロナ禍を契機にこれまでの日本の社会構造の矛盾が非常にわかりやすく現れてきています。エッセンシャルワーカーと呼ばれる人たちの多くが非正規で、女性で、あるいは外国人労働者でという状況があり、そこに関心を持った人たちが、POSSEやほかのさまざまな場所で声を上げ始めるようになっている、闘い始めるようになってきているということ自体が、一つの大きな変化だと思います。この状況を「ひどいね」と言って終わるのではなくて、別の社会をどう作っていくのか、そのためにどういう政治的なプロジェクトが可能なのかということを、「ジェネレーション・レフト」という言葉をキーワードにしながら多くの人たちと議論していくことができればいいですね。

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