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15分でわかる! 「女性の活躍」のもとでマタハラ・少子化問題が深刻化する理由

『POSSE』特集内容の論点が「15分でわかる」シリーズ。労働や貧困、社会保障にかかわるテーマについて取り上げ、さまざまな論点を網羅していながらもコンパクトにまとめています。
今回は『POSSE』23号(2014年6月発行)に掲載した、「15分でわかる少子化×マタハラ」の記事を公開します。
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はじめに

 安倍政権の成長戦略において、「女性の活躍」がその中核として位置づけられています。安倍首相は、成長戦略のスピーチのなかで、「現在、最も生かしきれていない人材とは何か。それは女性だ」との認識を示しています。これを受け、政府は、25~44歳の女性の就業率を、現在の68%(2014年)から2020年には73%に、また管理職に占める女性の割合を30%にするなどの目標を掲げています。

 こうした状況の背景には、少子化の問題があります。2014年5月15日の経済財政諮問会議の委員会では、「50年後に人口1億人程度を維持する」との政府目標を盛り込んだ中間報告が出され、6月の「骨太の方針」にも盛り込まれる予定です。中間報告では、2012年に1.41だった合計特殊出生率を2030年には2.07程度に引き上げるという具体的な目標値が提示されており、危機感の高さがうかがえます。

 しかし、出産を機に5、6割の女性が離職するという動きに、改善は見られません。さらに、近年では、マタニティ・ハラスメント(以下、マタハラ)の問題が、広く取り上げられるようになりました。連合の意識調査では、「働く女性が妊娠・出産を理由とした解雇・雇止めをされることや、妊娠・出産にあたって職場で受ける精神的・肉体的なハラスメント」と定義されています。

 マタハラは、ハラスメントによる離職等の問題のみならず、切迫早産や流産など、胎児や母体に大きな影響を与えることから、「女性の活躍」、および少子化の問題、どちらにも通ずるものであるといえます。

 今号の特集「そしてだれもいなくなった? 少子化×マタハラ」では、マタハラの現状やその法的問題点、関連して女性労働等についての論考を掲載しています。本稿では、少子化の現状とこれまでの対策の流れをみながら、女性の働き方がどのようなものかを整理していきます。

少子化

 まず、少子化の現状について、出生数と合計特殊出生率を確認しておきます。2012年の出生数は103万7231人で、前年から1万3575人減少しており、合計特殊出生率(一人の女性が一生の間に産む子どもの数を表す)は、1.41となっています。親世代とその子世代が同じ数になるよう、人口の置き換えがなされる出生率の水準を人口置換水準といい、日本では2.07が必要とされています。つまり、これを下回っている限り、現在人口を維持することができないということです。

 図1を見ると、1970年代半ばには、出生数・率の下落が始まっていますが、少子化問題が認識されたのは、1989年の「1.57ショック」以降ということになります。これは、ひのえうまの年といわれる1966年の1.58を初めて下回ったことからきています。この「1.57ショック」を受け、1990年代以降、政府の審議会や委員会で、少子化が問題として議論されるようになり、90年代後半から少子化対策が始まりました。

23号図1

 それは、少子化とそれがもたらす人口減少のさまざまな影響のうち、大きく社会保障と経済に与えるものが指摘されるからです。2013年6月に出された「少子化危機突破のための緊急対策」では、「少子化等による人口構造の変化は、我が国の社会経済システムにも深く関係する問題であり、直接的には年金、医療、介護に係る経費など社会保障費用の増大を招くとともに、経済成長への深刻な影響も懸念される」との認識が示されています。

 社会保障について、現役世代(15~64歳)人口に対する高齢者(65歳以上)人口の比率を見ると、1950年では12.1対1、1980年は7.4対1、その後、2012年には2.6対1、そして2060年には1.3対1と、1対1に近づく傾向にあることがわかります。このままでは、納税人口の減少により、社会保障制度の維持が困難になるということです。

 また、労働力人口の減少が経済成長に与える影響についても指摘されています。2013年、労働力人口は6577万人とされています。推計によれば、2030年に5683万人、2060年に3795万人と、50年の間に1200万人近く減少すると目されています(内閣府「人口減少と日本の未来の選択」、2014年3月19日)。関連して、将来人口の推計を見ると、国立社会保障・人口問題研究所によれば、2010年に1億2806万人(国勢調査)だった人口は、50年後の2060年には8674万人(出生・死亡中位推計)になるとされています(図2)。実に32・3%の減少にあたります。少子化と連動する高齢化の様子もみておきましょう。高齢者人口の比率は、現在の23・0%(2010年)から、39・9%まで上昇するとされています。

23号図2

 少子化への政策的対応としては、少子化を将来人口の減少とそれに伴う国の経済力低下の問題と捉えてこれの是正を図るものと、一方で、出生率の低下を避けがたい現象だと捉えて少子化に対応した政策を講じるものの、二つ方向性が考えられます。これまでとられてきた政策は、基本的に少子化にストップをかけるため、子どもを産ませようとするものが多く、前者に該当する多産奨励の政策であると整理できます。

 90年代後半に本格化した少子化対策は、その前段階として1994年に、文部省・厚生省・労働省・建設省の4大臣の合意による、エンゼルプラン(「今後の子育て支援のための施策の基本的方向について」)が策定され、これを実現するために、保育所の増設や延長保育などの、緊急保育対策等五か年事業が出されました。これらを見直すかたちで、99年には、大蔵省・文部省・厚生省・労働省・建設省・自治省の六大臣の合意よる、新エンゼルプラン(「重点的に推進すべき少子化対策の具体的実施計画について」)が策定されました。

 しかし、出生率の低下には歯止めがかからず、2003年には、次世代育成支援対策推進法、および少子化社会対策基本法の制定、翌2004年には、少子化社会対策大綱の策定、さらに、同年、新エンゼルプランを引き継いだ、子ども・子育て応援プラン(「少子化社会対策大綱に基づく重点施策の具体的実施計画について」)の策定など、次々に対策が打ち出されてきました。

 このような現状を受けて、現在議論されている少子化対策の主眼は、「就労する女性」の支援にあるようです。仕事と家庭の両立支援が中心的な施策として位置づけられているほか、保育所増設などの保育サービスの拡充、育児休業制度の整備、ワーク・ライフ・バランスの改善なども掲げられています。ちなみに、2012年の就業構造基本調査では、育児をしながら働いている女性は52.3%となっており、年齢階級が高くなるにつれ、働く女性の割合は上昇しています。

 では、対策のターゲットとされている「就労する女性」は、現在どのような働き方をしているのでしょうか。

女性労働

 まず、雇用形態についてみると、正社員で働いている女性は、女性全体の42.5%となっています。これに対し、男性の正社員比率は全体の77.9%となっており、多くの女性が非正規労働者として働いていることがわかります。25~29歳をピークに正社員の比率は下がり、代わってパートの割合が上昇します。これは、長らく日本で、女性社員の典型的なキャリアパスといえば、数年勤務してから結婚や出産・育児を機に退職し、子育てが一段落してからパートとして働き始めるというものだったことと連動しています。

 賃金の格差についてみると、男性の一般労働者の所定内給与に対して女性のそれは7割程度です。正社員・正職員に限ってみても、男性100に対して女性は73.4です。

 このように、女性の働き方の特徴は、男性に比べて非正規の割合が大きく、同じ正社員でも賃金格差が大きいことにあります。こうした現状は、以前から日本型雇用システムのもとで形成された、性別役割分業と大きく関連しています。いわゆる「男は外、女は内で」という分業です。家事・育児負担を免れ、企業内の過酷な競争のもとで働く男性正社員と、職場では不安定な雇用のもとにおかれる女性非正規労働者は、相互に依存しあうことによって「男性稼ぎ主型家族モデル」と評される関係を形成しました。社会保障制度も、こうした家族モデルを念頭に組み立てられてきたといえます。

 1970年代、非正規労働者といえば、この主婦パートがほとんどでした。若年層の非正規雇用が拡大した現在でも、最大多数を占めています。彼女たちの主要な役割は、あくまで家事・育児責任を果たすことにあって、家庭の外で働くのは、家計を補助する程度の意味合いを持つにすぎませんでした。家計の主たる稼ぎ手である男性正社員の雇用が保障されていれば、非正規労働者の不安定雇用は社会的には問題とされてきませんでした。

 一方、正社員雇用において、今でこそ「女性だから」というあからさまな差別は、法律上禁止されるようになりましたが、企業の残業や転勤などの要請に柔軟に対応できるような「生活態度としての能力」(熊沢誠)をめぐって労働者間の競争がなされれば、家事・育児責任を負う女性が男性に比べて低く評価されることになります。したがって、男性よりも「能力」が低いとみなされることになるということです。こうした「間接差別」は、現在においても多くの企業の内部に色濃く残っています。

マタハラ

 日本型雇用システムのもと、女性たちは、上記のような働き方と、「家事・育児は女性が担うもの」との仕組みを、外的に押しつけられてきました。このもとで妊娠した場合、それ以前と同じようには働けないため、女性を含めた「妊娠していない人」とは区別されることになります。ここから、妊娠・出産を理由とする不利益な取扱い=マタハラが生じてきます。先の連合の調査によると、こうしたマタハラの被害にあった女性は25.6%となっており、マタハラの問題が、大きな広がりを見せていることがわかります。

 マタハラを初めて概念化した杉浦浩美は、妊娠解雇など目に見える形で現れる問題だけでなく、妊娠中に働くことには当然困難を伴うとの認識にもとづき、マタハラを「妊娠を告げたこと、あるいは妊婦であることによって、上司、同僚、職場、会社から何らかの嫌がらせやプレッシャーを受けること」(『働く女性とマタニティ・ハラスメント』69頁、大月書店、2009年)と定義しています。

 マタハラの具体例としては、派遣労働者などの非正規労働者の場合、妊娠がわかると次の契約の更新がなされないといったマタハラが起こりえます。正社員の場合にも、本人の意思に反して就労継続が困難となるケースも多くあります。また、妊娠期に働くことに対して直接的・間接的なハラスメントが加えられたり、妊娠していることに配慮せず過重な労働を課されたり、産休・育休後に差別的な処遇をなされたりということが挙げられます(具体的な事例については、本誌掲載「マタハラのもと、何が起こっているか?」を参照)。

 マタハラの問題自体は、新しく生まれたものではなく、「妊娠したら辞める」といった選択が一般的であったように、昔から存在しています。しかし、先に述べたように、結婚や妊娠を機に仕事を辞め、その後、非正規労働者になることが主流であった時代には、これが大きな問題とは考えられてきませんでした。しかし近年では、若年者の非正規雇用率の高まりや「ブラック企業」の広がりなど、家計の主たる担い手であったはずの男性の雇用が不安定化しています。女性も家計補助としてではなく、生活維持のために働かざるをえない状況下に置かれています。これは、熊沢誠のいう「被差別者の自由」も容易に享受できないということを意味します。「被差別者の自由」とは、女性たちが、仕事内容や賃金で差別される代わりに、男性のような過剰な働き方からは免れる、そうした一定の自由を手に入れようとすることですが、それすらも叶わないということです。「家庭に入る」という選択肢は、もはや非現実的なものとなっています。

 あるいは、女性に「男性並み」の働きが求められ、それが妊娠した女性にも及ぶという側面も見られます。1986年に男女雇用機会均等法が施行され、家庭責任を負わない男性の働き方を標準としたまま、一部の女性は「総合職」として労働市場に参入することとなりました。ここではもちろん、先に示したような「能力」が求められることになります。そこで「男性並み」の働き方を実践してきた女性たちも、妊娠という事態に直面すると、同じ働き方を継続することが困難になります。この意味での「能力の低下」が、企業にとって不利益を被らせる根拠となっています。「やはり女性は男性と同じようには働けないのだ」という論理です。

 女性自身、こうした働き方を内面化しながら働き続けてきた結果、自らこれまで通りの過酷な業務に従事し続けることもあります。これは、そうした働きが実践できなければ、やはり職場からの排除につながるからです。このような働き方は、当然、切迫早産や流産などとなって現れ、母体を危険にさらすことになりかねません。

 マタハラに関しては、2007年に改正された男女雇用機会均等法で、「婚姻、妊娠、出産等を理由とする不利益取扱いの禁止等」(第9条3項)が定められています。結婚や妊娠、出産や育児などを理由に、解雇することはできないということです。解雇だけではなく、減給や降格をすることも禁止しています。また、同条4項では、妊娠中、または出産後1年を経過しない女性労働者の解雇は、事業主が妊娠等を理由とする解雇でないことを証明しない限り無効とされています。

 法律上の保護は、ほかにもいくつか用意されています。労働基準法では、妊娠中、出退勤の時間を変更したり(第66条1項)、軽易な作業へ変えたり(第65条3項)することを求めることができます。また、出産予定の6週間(多胎妊娠の場合は14週間)前から休業を取得することができ(第65条1項)、出産後8週間を経過しない女性を働かせることも、原則禁止とされています(第65条2項)。

 均等法違反の場合、厚生労働大臣から委任された都道府県労働局長から、事業主に対して是正指導がなされ、是正されない場合は企業名公表の対象となることもあります(第29条および第30条)。労基法の上記の規定に違反した場合は、6ヶ月以下の懲役、または30万円以下の罰金に処せられます(第119条1項)。

 ただし、上記の不利益取扱いに関して、それが真に妊娠・出産を理由とした不利益取扱いなのか、それとも妊娠・出産にともなう能力の低下に応じた不利益取扱いなのか、という点が争点となる問題もあります(詳しくは、本誌掲載「法律はマタハラの歯止めになるか?」を参照)。

 また、このように法律上、労働者は強く保護されていることになりますが、実際に不利益な取扱いが生じた際に、労働者が声をあげられるかという問題が残っています。職場の力関係のなかで、そもそも労働者が権利行使をすることは容易ではなく、さらにそれが妊娠・育児中ということになると、なおさら大きな負担となります。

 以上から、妊娠・出産したことによって受ける職場での不利益が、女性が働き続けることを困難にしていることがわかります。働き続けられたとしても、働き方が原因で胎児に影響を及ぼしたり、あるいは、幸い無事に出産ができたとしても、第一子の経験から、第二子以降の妊娠・出産を躊躇したりすることにつながり、少子化傾向に拍車がかかることになります。このように、日本社会は子どもを産みづらい働き方を女性に強いているのです。

 「就労する女性」の子育て支援政策に関しては、保育サービスを中心とした両立支援などももちろん重要ですが、そもそも彼女たちがどのような環境で働き、どのようなニーズを持っているのか探ることが肝要です。マタハラの問題をつぶさに分析すれば、日本社会の標準的な働き方そのものを見直さなければならないということがわかるでしょう。少子化対策が議論される際に、この視点を見落とさないことが大切です。

こちらの記事は、雑誌『POSSE vol.23』に掲載されています。

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