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15分でわかる! 過労死の広がりと、対策の課題

『POSSE』特集内容の論点が「15分でわかる」シリーズ。労働や貧困、社会保障にかかわるテーマについて取り上げ、各論の論点を網羅していながらもコンパクトにまとめています。今回は『POSSE』34号(2017年3月発行)に掲載した、「ポスト電通事件の過労死対策」を公開します。


今号の特集は「ポスト電通事件の過労死対策」です。大手広告会社の電通で女性社員が過労自死した事件を筆頭に、最近でも過労死についてはさまざまな問題が報じられています。また、過労死対策を進める政策的な議論も活発になってきました。ここでは、日本型雇用の構造と近年の「ブラック企業」問題から過労死問題を分析しつつ、近年の過労死対策の現状について検討していきます。

過労死問題の概要

まずは過労死について、基本的な事項を整理しておきましょう。

過労死とは、仕事による過労やストレスが原因となって、脳・心臓疾患などによる病死、もしくは自死(過労自死)に至ることです。また、大半のケースで長時間労働が過労死の原因であることから、疾患の発症と業務とを関連づけるための指標として、発症前1ヶ月間に100時間、または継続的(2ヶ月~半年)に月平均80時間以上の時間外労働をおこなっているかどうかを基準とする「過労死ライン」が厚労省によって定められています。

厚労省が発表した資料『平成28年版過労死等防止対策白書』(以下、過労死白書)によれば、2015年に脳・心臓疾患に関する労災請求は795件なされていますが、そのうち実際に業務が原因であると認定されたケースは251件(うち死亡は96件)にとどまっています(同資料、22頁)。このことから、業務を原因とした疾患の発症が客観的に疑われるようなケースでも、それが実際に労災として認められるには高い壁があることが推測されます。また、脳・心臓疾患が原因で労働者が死亡しても、労災請求がなされなかった場合は基本的に突然死として扱われるため、過労死として統計に含まれることはありません。

過労自死に関しても同じことがいえます。2015年に全国で発生した自殺のうち、勤務問題が原因のひとつであると認定されているものは2195件ありますが、そのうち過労自死と認定されたものはわずか93件です(19頁、35頁)。また、死亡に至らないまでも、過労による深刻なうつ病や精神疾患は毎年非常に多く発生しています。これらのことを勘案すると、水面下にはデータの数字をはるかに凌駕する量の過労に起因する問題が存在すると考えられます。

“karoshi”が世界で通用する言葉となっていることからわかるように、過労死は日本社会に特有の現象です。じっさい、過労死やうつ病が発生するような職場では、先に述べた過労死ラインを大きく上回るような長時間労働が蔓延しているのが現状です。次節では、過労死を生みだすような日本社会特有の長時間労働の実態について検討します。

長時間労働の現状

過労死白書のデータをみると、正社員の労働時間は年間平均2000時間前後で推移しています(10頁・図1)。この割合は、1990年代からほとんど減少していません。また、週労働時間が四九時間以上の人の割合は全体で21.3%、とくに男性に限れば30.0%と、欧米諸国に比べても非常に高い割合となっています(11頁・図2)。

このような長時間労働が生まれている要因としてとくに重要だと考えられているのは、労働時間の上限規制が事実上存在しないことです。現在、労働基準法32条で定められた労働時間の上限は一日8時間、週40時間ですが、労使間の協定が結ばれている場合にはこの限りではありません。これは通称「三六協定」と呼ばれるもので、法定内労働時間を超えた時間外労働について、「1ヶ月あたり45時間」など一定の範囲で可能にする協定です。また、特別条項をつけて締結することで「三六協定」自体に設けられた上限も適用除外とすることが可能になります。特別条項つきの「三六協定」はあくまで例外的な取り扱いとされていますが、実質的には法的な上限を超えた長時間労働を合法化する手段として機能しています。じっさい、多くの企業は、労働基準法で定められている労働時間の上限規制を「三六協定」によって回避しており、これは長時間労働が蔓延するにいたった一因といえます。そのような実態をふまえて、「三六協定」そのものを問題視する議論もなされています。

また、固定残業代など、企業が用いるさまざまな労務管理の手法も、長時間労働を誘発する要因として問題視されています。そういった労務管理が横行する背景については次節以降で詳述します。

日本型雇用の特徴① 属人評価

前節でみたような長時間労働の実態とその要因は、日本社会で長年にわたって構築されてきた日本型雇用のあり方に起因していると考えられます。そこで、次に日本型雇用と長時間労働との関係について考えていきましょう。

日本型雇用の大きな特徴は、労働者に「終身雇用」と「年功賃金」を保障している点にあります。基本的にこれらは、長期間の雇用と、会社への貢献に応じた給与の上昇を約束することにより、労働者の生活を守る慣行として機能していました。

しかしこの慣行は、雇用保障の役割をはたすと同時に長時間労働の温床となっていた側面もあります。というのも、日本型雇用においては終身雇用・年功賃金の保障と引き換えに、企業が強大な指揮命令権を握っているからです。この点についてもう少し詳しく検討しましょう。

年功賃金は、仕事の具体的な内容ではなく、企業の「メンバー」としての評価によって賃金が決定されるシステムです。「メンバー」としての評価とは、労働者自身がどれだけ会社に貢献できそうかという点で判断される、いわゆる「属人評価」のことです。

たとえば、サービス残業を積極的におこなったり有給休暇を取得せずに働いたりする労働者は、そういった働き方に消極的な労働者と比べて「会社に貢献している」とみなされるので、会社から高い評価を受け、その評価が賃金額に反映されます。この属人評価によって、労働者は会社からの評価をめぐって互いに競争せざるをえなくなるのです。

日本型雇用の特徴② 企業別組合

日本型雇用のもうひとつの重要なポイントは、労働組合のあり方です。多くの国で労働組合は産業別、ないし職種別に組織されています。その一方で日本の労働組合はほとんどが企業別に組織されていますが、これは世界的にみても珍しいケースです。では、このような労働組合のあり方の違いは、雇用関係にどのような影響をもたらすのでしょうか。

労働組合の基本的な役割は、労働者と使用者が対等な立場で労働条件について交渉することです。労働組合が産業別に組織されていれば、企業を横断してひとつの産業全体で賃金を決定するので、同じ産業における企業間競争が労使交渉に影響することはありません。

その一方、労働組合が企業別に組織されている場合、「賃金を上げれば同業他社との競争に負けてしまう」といった企業の論理が必然的に前面に出てきてしまいます。そのため企業別組合は、賃上げの抑制や長時間労働の容認といった労働者にとっては本来不利なはずの条件も、企業間競争を優先するために受け入れざるをえなくなるのです。このような側面から、企業別組合は対等な労使交渉に不向きであると批判されています。

「ブラック企業」と過労死

次に、ここ数年で大きな問題となっている「ブラック企業」について検討しましょう。「ブラック企業」では、これまで多くの労働者、とりわけ入社から間もない新卒の若年労働者が過労死や過労自殺、深刻な精神疾患などに追い込まれてきました。「ブラック企業」問題は、従来の日本型雇用の崩壊が進むなかで現れてきた社会問題であり、日本型雇用と密接に関係していると考えられています。

「ブラック企業」の基本的な特徴は、新卒の労働者を大量に採用し、過酷な労働に追い込んで使いつぶすという点にあります。過酷な研修や、ときにはパワハラなども用いて、新入社員を「自己都合」退職に追い込むというのがその手法です。このような手段を用いる目的のひとつは、会社にとって役立つ人材を選別することにあります。長時間労働やサービス残業に耐えられる社員を選別するために新入社員に過酷な仕事を与えるのです。また、長期にわたる雇用をそもそも想定せず、短期的に使い捨てる目的で新入社員を大量に採用する場合もあります。このような「選別」と「使い捨て」が、「ブラック企業」の大きな特徴です。本誌掲載「昔、その気もないのにうっかり自殺しかけました。」では、「ブラック企業」で過酷な労働に追い込まれた労働者が陥っていく精神状態を、イラストレーター・汐街コナさんの漫画とインタビューでわかりやすくお伝えしています。

このような「ブラック企業」と日本型雇用に共通する点は、企業の指揮命令権が非常に強いということです。労働者が会社からの一方的な命令で厳しい研修やノルマを課され、限界まで追い詰められるという構造は、従来の過労死事例と変わりません。

反対に、「ブラック企業」が日本型雇用と異なる点は、年功賃金・終身雇用といった労働者にとってのメリットとなるシステムが存在しないことです。「ブラック企業」で使いつぶされる若者は、長期の安定した雇用を保障されていません。つまり、両者の大きな違いは、労働者を「メンバー」として保障するか否か、という点にあると考えられます。「ブラック企業」は、企業の強大な指揮命令権のもとで労働者が長時間労働に追い込まれるという点で日本型雇用と連続的な関係にある一方、「メンバー」としての雇用・生活の保障が剥奪されているという点で、不均衡な労使関係がよりあらわになっているといえます。過労死問題について考えるうえでは、このような「ブラック企業」特有の構造も見逃せません。

ポスト電通事件の過労死対策

旧来の日本型雇用から近年の「ブラック企業」に至るまで、過労死が発生する構造について検討してきました。最近ではこのような問題にくわえ、電通事件によって過労死問題がいっそうの注目を集めるなか、さまざまな政策が進められています。ここでは、近年の過労死対策の概要を紹介しつつ、今号の特集記事でも取り上げている政策上の論点を検討します。

違法な長時間労働が顕著に見受けられる場合に企業名を公表する制度が2015年に施行されました。しかし、公表の基準が企業側にとって甘いことから制度としての機能はかねてから疑問視されており、実際、これまで公表に至った企業は一社しかありません。このような問題を受けて、2016年末に新しい企業名公表制度がつくられました。本誌掲載「電通事件後、労働基準監督行政はどう変わったのか」では、現役監督官の方々をまじえてこの制度の実効性について議論しています。

また、求人票の労働条件が実態と異なる「求人詐欺」の問題も、長時間労働を誘発する要因として問題視されてきました。求人詐欺を背景として長時間労働、そして過労死が引き起こされた事例については、「ルポ 過労死に直面した遺族はどのようにして声を上げられるか」でお伝えしています。求人詐欺はこれまで法的な規制がなされず、事実上「野放し」になっている状態でしたが、2016年に施行された若者雇用促進法ではこのような問題を解消するため、実際の条件と異なる求人票をハローワークが不受理にできることが定められました。2017年1月には職業安定法の改正案が国会に提出され、虚偽の求人を出した企業への罰則規定が検討されています。「新しい求人詐欺対策は前進か、後退か」では、このような法改正をふまえた長時間労働対策の展望について検討しています。

さらに、これらの制度に加え、安倍政権によって現在進められている「働き方改革」では長時間労働の是正が重要な課題として位置づけられています。2017年2月には、罰則付きの時間外労働の上限規制として「月45時間・年360時間」という基準が示されました。そのうえで、「繁忙期には月100時間」など、さらなる時間外労働を許容するような指針も出されており、今後も議論は続く見込みです。労働時間の実質的な上限規制が存在しない現状では具体的な法整備が不可欠であり、今回の動きはこれまでになかった取り組みとして注目を集めています。

しかし、現在の議論で示されている数値は過労死ラインに照らしても危険な水準であり、過労死防止の法制度として十分とはいえません。むしろ、新たに定められたラインが長時間労働の「許容範囲」とみなされることになる危険性も指摘されています。

また、長時間労働の規制に実効性を持たせるためには、そもそも労働時間が適正に把握されていなければなりません。電通事件でも、長時間労働の実態が正確に把握されておらず、それが過労死の温床となっていたことが明らかにされました(労働時間把握の問題については「三六協定の上限規制だけではなく労働時間の適正把握を」「電通事件後、労働基準監督行政はどう変わったのか」をご参照ください)。このように、現在進められる時間外労働の上限規制は重要な動きである一方、実効的な過労死対策としては課題も残されています。

まとめ

2014年には、過労死・過労自死した労働者の遺族らを中心とした運動の高まりを受けて過労死等防止対策推進法が制定され、過労死対策に関する基本理念が明記されました。この法律には、調査研究の推進や相談体制の強化などの内容が盛り込まれています。

このような法律が実現したことは、過労死防止に対する社会的な関心の高まりを示すとともに、近年新たに打ち出されたような過労死対策の動きにもつながっています。

しかしその一方で、長時間労働の是正とは相反するような政策も打ち出されているのが現状です。数年前から導入が検討されており、2015年に閣議決定されたホワイトカラー・エグゼンプションがその一例です。この制度は、事務労働者の給与を時間単位ではなく成果で評価するという理念のもとで導入されました。法案の審議では、仕事を速く処理できる人は労働時間が短くても成果の分だけ給料が受け取れる、といったメリットが想定されています。しかし現状では、ノルマ達成などのため必然的に長時間労働を求められるケースが少なくありません。そのような場合には、この制度は「残業代ゼロ」を容認する制度として悪用される危険性もはらんでいると考えられています。また、休憩時間などに関する使用者側の義務も緩和されるため、いっそう厳しい労働条件が労働者に課されうる点も問題視されています。

労働環境のあり方をめぐっては、実効性のある法整備の不十分さも指摘されています。たとえば、ヨーロッパでは24時間につき最低でも連続11時間の休憩を義務化するインターバル規制がしかれていますが、日本では休憩時間を保障するような制度の導入は進んでいません。こういった点も含め、過労死等防止対策推進法や前節で紹介したさまざまな制度を具体的な過労死対策につなげていくことが今後の課題といえるでしょう。

目下進められている「働き方改革」がどのような展開をみせるのかも含め、「ポスト電通事件の過労死対策」の動向が注目されます。


こちらの記事は、雑誌『POSSE vol.34』に掲載されています。


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