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15分でわかる! ブラックバイト問題とは?

『POSSE』特集内容の論点が「15分でわかる」シリーズ。労働や貧困、社会保障にかかわるテーマについて取り上げ、各論の論点を網羅していながらもコンパクトにまとめています。今回は『POSSE』27号(2015年7月発行)に掲載した、ブラックバイト問題についての記事を公開します。

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◾️ブラックバイト問題とは

近年、学生に対するアルバイトの拘束力が強まるなかで、試験前や試験期間にテスト勉強ができない、講義やゼミをアルバイトのために欠席してしまい、単位を落としてしまうなどの問題が広がっています。こうした「学生であることを尊重しないアルバイト」に対して、2013年に中京大学の大内裕和教授が「ブラックバイト」と名付けました。

◾️ブラックバイトのパターン

それでは、ブラックバイトの被害実態はどのようなものなのでしょうか。ここではブラックバイトのパターンを紹介します。なお、「ブラックバイト」の具体的な事例については、本誌掲載「なぜ個別指導塾はブラックバイトの象徴なのか」、被害の量的な広がりについては「『ブラックバイト調査』集計結果(全体版)発表の記者会見」をご参照ください。

ブラックバイトのパターンは、三つの段階に分類できます。A段階「職場への過剰な組み込み」を通じて過重労働に駆り立て、B段階「最大限安く働かせ」ようとするため、さまざまな違法行為・不当行為が蔓延します。そして、こうした働かせ方に対して学生が反抗したり、辞めたりするなどの行動をとった場合の対応と予防として、C段階「『職場の論理』に従属させる人格的支配」をおこないます。

A 職場への過剰な組み込み

学生がブラックバイトに絡め取られていく過程の発端となるのが「職場への過剰な組み込み」です。「組み込み」が過剰になることによって、学生は学業とアルバイトとの両立が困難になっていきます。かつての事業主たちは学生の都合に合わせるべく、苦慮していたことが調査によって示されているように、こうした現象は極めて新しいものです。これは、すぐれてサービス業や小売業といった労働集約的な産業における近年の経営戦略の変化によるものです(本誌掲載「ブラックバイトを生み出すサービス業・小売業における労務管理の変容」参照)。

今日では、学生アルバイトはこれらの産業における中心的戦力として活用されています。いまやサービス業・小売業の店舗においては、彼らの存在なしには開店することもできないとも言われています。学生の抱える責任が量的にも質的にも重くなることによって、前日や当日の緊急の呼び出し、授業や試験などの都合を考慮しないシフトの強要、長時間労働や深夜勤務といった過剰な働き方が生み出されます。さらに、「バイトリーダー」としてシフト調整や新人アルバイトへの教育などの管理責任を負っている学生、企業の業績に対して責任を負い、ノルマ・「自爆」(ノルマを達成できなかった場合に自腹で商品を購入すること)・罰金を課される学生も少なくないと指摘されています。

以上のような「組み込み」に加え、職場をぎりぎりで回すなかで、同僚や上司との連帯感が醸成され、学生たちは自らの意識や価値観を変質させていきます。与えられた責任を果たすことで社会的に承認され、責任感が確固としたものとなっていくことで、過剰な労働に駆り立てられていきます。

B 最大限安く働かせる

Aで見たような過剰な労働にもかかわらず、ブラックバイトではそれに見合うだけの報酬は学生に与えられません。最低賃金ぎりぎりの賃金、賃金未払い・サービス残業は常態化しています。さらに、コスト削減のために、制服などの商売道具の自腹購入をさせたり、不十分な研修で即戦力として現場に放り込むことさえおこなわれています。

C 「職場の論理」に従属させる人格的支配

職場へ過剰に組み込まれているにもかかわらず、最大限安く働かされているために、耐えかねた学生が反発したり、辞めてしまうことが起こりえます。こうした場合への最終的な対応として、上司からのパワハラや暴力による支配、損害賠償・違約金の請求による脅しなどを通じて、学生を職場に縛り付けていきます。

◾️ブラックバイトを生み出す要因

では、なぜブラックバイトは生み出されるのでしょうか。その鍵となるのは、日本型雇用に支えられた企業社会の構造と変容です。

・学生の貧困化

学生がブラックバイトを辞めることができない一つの理由として、彼ら・彼女らの経済状況の厳しさにあることが指摘されています。大学の学費の著しい上昇(国立大学授業料は、1969年の1万2千円から2013年には53万5800円に)にもかかわらず、日本全体で世帯収入は減少傾向にあります。

「学生生活実態調査」(大学生協連)によれば、下宿をしている大学生が親から受け取っている「仕送り」の月額は、1990年代には10万円を超えていましたが、2010年代には7万円前後まで下がっています。

こうした学生の経済状況の悪化のため、奨学金の受給率が急激に上昇しています。昼間部学部生の受給率は、1992年の22.4%から2010年の50.7%となっています。日本の奨学金制度は世界的にも特殊で、日本学生支援機構の奨学金は「貸与型」しかなく、有利子奨学金が七割以上を占めています。卒業後の返還に備えて、在学中に働いてお金を貯めている学生も存在します。

以上のような「学費」「親の低収入」「奨学金」の三重苦は、戦後日本で確立した企業社会統合の延長線上に出てきたものです。企業社会統合とは、国家が人々の生存や福祉に直接責任を負うのではなく、もっぱら経済政策、産業育成政策に専念し、その恩恵を受けて利益を上げた企業が従業員に対して賃金や福利厚生という形で再分配することで、間接的に人々の生存や福祉が担保される構造です。教育費についても、特に高等教育に対する政府支出は少なく、私費負担でまかなうべきものとされています。そして、それを当然とみなす大衆意識が定着していきました。

・大学教育の変化

次に、学生自身が大学のゼミなどよりも、アルバイト先に強い帰属意識を持っているという理由が挙げられます。アルバイト先からの役職の付与や何らかの「評価」を通じて与えられる満足感や、アルバイト先の職場での「仲間意識」が、働き続ける動機となっています。

こうしたアルバイト先への帰属意識の強さの背景には、戦後教育における内容の「空洞化」があることが指摘されています。日本型雇用における採用基準として重視されたのは、専門的知識や職業能力ではなく、企業の強い指揮命令に従って従順に働くことができるかどうかでした。そのため、学校教育に求められたのは、入社後の企業内教育に耐えうる一般的な学力と、企業の指揮命令を受け入れる適応性でした。職業的レリバンスの弱い普通教育を通じて「空白の石版」(濱口桂一郎)となった学生には、企業が社内教育を通じて何でも「書き込む」ことができたのです。

そして、90年代以降、大学教育は単なる「空洞化」にとどまらず、大学の「ビジネス化」を背景とした「キャリア教育」へと傾倒していきました。私立大学が7割以上を占めるなど、もともと日本の高等教育は「市場化」が進んでいました。そのようななかで、大卒者の就職難と18歳人口の減少という二つの課題が浮上し、多くの大学は生き残りをかけて、学生の就職率向上のための「キャリア教育」を推進することとなりました。また、企業が社内教育を放棄するなかで、財界も大学に職業教育を要求する動きを見せたことも「キャリア教育」推進に拍車をかけたと言われています。

こうした「キャリア教育」において大学生活の全ての要素が「就活のため」とされ、そのなかでアルバイトは「就活への準備作業」として位置づけられました。日本では就活で求められる社会的基準が不在であり、「キャリア教育」自体も中身のないものであるため、「何を頑張ればよいか分からない」大学教育よりも、学生は「経験」が積めるアルバイトに傾倒していきます。さらに、「キャリア教育」の台頭によって、大学教育が提供してきた基礎教養がないがしろにされ、学生の「批判的認識能力」を減退させることにつながりました。これまでのように大学という空間で市場原理から距離を取ることが困難になり、学生は自分自身の生活や感性を市場に適合させようとする傾向を強めています。

・非正規雇用の変化

「ブラックバイトのパターン」で見たように、ブラックバイトはある種の「能動性」のなかで厳しい低処遇労働に従事させられるという事態です。これは、従来の「非正規雇用問題」の捉え方では説明できない新しい現象です。

日本型雇用システムにおいては、主に男性で構成される正社員が強大な指揮命令に服する「見返り」として雇用保障を得ていることを前提に、主婦パートや学生アルバイトといった非正規雇用は家計補助的就労とみなされ、低賃金である代わりに責任の限度がありました。

しかし、2000年代の「フリーター」問題を先駆けとする、低賃金で不安定な就労で家計を維持しなければならない「家計自立型」への変容が生じ、さらに「基幹化と過酷化」「トライアル化」という非正規雇用の変化が起こりました。まず、「基幹化と過酷化」を通じて、非正規雇用における「限度のある仕事+低処遇」の構図が崩れていきます。パートであっても責任の重い仕事を企業から丸投げされ、労働が過酷化した結果、「働く女性が妊娠・出産を理由とした解雇・雇止めをされることや、妊娠・出産にあたって職場で受ける精神的・肉体的なハラスメント」(マタ二ティ・ハラスメント)が広がっているとも言われています。

さらに、「トライアル化」では、「正社員になれる」として新卒などを契約社員や派遣社員として採用しながらも、全員が正社員になれるとは限らないという雇用のあり方が広がっていきます。正規・非正規のあいだにある差別構造を媒介とした競争構造が作り出されることで、非正規雇用であっても労働者が自ら長時間・過酷労働に巻き込まれていくのです。

ブラックバイトは、こうした非正規雇用における「基幹化と過酷化」「トライアル化」を通じて生み出されました。「基幹化と過酷化」で、主婦パートだけでなく学生アルバイトの担う責任が増大し、雇用の「トライアル化」が進むなかで、「正社員」という「身分」を獲得するための「就職活動」にとって有利だから、という理由で学生はブラックバイトに能動的に従事していくのです。

◾️社会問題としてのブラックバイト

ブラックバイト問題は、学生のみならず社会全体にとっても著しい弊害を生み出します。

・労働力再生産への弊害と産業の衰退

ブラックバイトによる第一の社会的弊害は、労働力の再生産を阻害してしまうという点です。従来の日本型雇用システムにおいては、高等教育を受けた学生たちが新卒で正社員として労働市場に入り、企業内でOJTを受けながら職業能力を獲得していきました。しかし、ブラックバイトが高等教育の段階で学生たちを過酷労働に縛り付けることで、彼ら・彼女らの基礎学力の形成が阻害され、就職後の能力形成の可能性を縮減してしまうことが懸念されています。このように、ブラックバイトは労働力の再生産を阻害し、持続不可能性な社会そして国家を生み出すものです。こうした事態は「ブラック国家」化と呼ぶにふさわしいでしょう。

・ブラック企業への馴致

第二の社会的弊害は、学生を「ブラック企業」に馴致していくということです。ブラックバイトを通じて、学生たちは過酷な労働に耐えるだけの単純労働力となっていき、また、違法でかつ生活を犠牲にした働き方に違和感を持たなくなってしまいます。いわば、ブラック企業の「研修」となってしまう恐れがあります。そして、「ブラック企業」がうつ病の蔓延や少子化、社会全体の創造性や生産性の低下につながることは広く認知されるようになりました。

・ブラックバイトの定義が持つ意味

ブラックバイトを定義するうえで、「フリーター」問題との区別が重要となります。フリーター問題は、「お小遣い賃金」で家計を維持しなければならないという、非正規雇用の「家計自立型」への変質を背景としています。そのため、「労働問題」であると同時に「貧困問題」でもあると言え、その解決には雇用差別の撤廃や、最低賃金の引き上げ、社会保障の拡充などが必要とされています。

他方で、ブラックバイト問題は、最低賃金の引き上げについてはフリーター問題と共通しながらも、学業との兼ね合いという特有の問題を含んでいます。

それでは、ブラックバイト問題を学生に焦点化する意味はどのような点にあるのでしょうか。

第一に、実際に過酷な労働に従事させられているのが学生たちであるということが、社会の関心を呼んでいるという点です。第二に、学生の問題とすることで、高校・大学の教職員が当事者意識を持って取り組むきっかけとなり、「社会的な包囲網」を作りやすいという点です。

ブラックバイト問題は日本社会の持続不可能性を問題化する一つの切り口として、新しい連帯の契機となりえます。

◾️ブラックバイトに対する取り組み

これまで述べてきたブラックバイト問題に対し、ユニオンの結成や専門家による支援のネットワークが広がっています。

・全国各地でのユニオン結成の動き

首都圏学生ユニオン、関西学生アルバイトユニオン、札幌学生ユニオンなど全国各地で学生自身によるユニオンが結成されています。それぞれの活動内容については本誌掲載「全国の学生アルバイトユニオンはブラックバイトとどう闘うか」をご参照ください。

私たちNPO法人POSSEも、スタッフの学生を中心に「ブラックバイトユニオン」を結成し、東京・京都・仙台で学生アルバイトの労働相談や団体交渉に取り組んでいます。これまで寄せられた相談事例と活動内容については、本誌掲載「ブラック企業対策のいま」をご参照ください。

・専門家による支援のネットワーク

学生自身だけでなく、弁護士や教員による支援もひろがっています。全国各地の若手弁護士を中心とした「ブラック企業被害対策弁護団」、ブラックバイトを冠する全国初の弁護団である「ブラックバイト対策弁護団あいち」、教育・福祉・労働などの各分野の専門家でつくる「ブラック企業対策プロジェクト」などが挙げられます。教員による取り組みについては、本誌掲載「高校生のブラックバイト問題に対し、現場の高校教員はいかに取り組むことができるのか」をご参照ください。

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本稿で紹介されていた各論考は『POSSE』27号に掲載されています。より深く学びたい方は、ぜひ本誌もチェックしてみてください。

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