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15分でわかる! 労基法違反が横行しているのはなぜ?

『POSSE』特集内容の論点が「15分でわかる」シリーズ。労働や貧困、社会保障にかかわるテーマについて取り上げ、各論の論点を網羅していながらもコンパクトにまとめています。今回は『POSSE』25号(2014年12月発行)に掲載した、労基法違反の横行についての記事を公開します。

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◾️はじめに

残業代の未払いが常態化していたり、適切な休憩時間が与えられていないなど現在、数多くの企業で労働基準法(以下、労基法)違反が横行していることが問題視されています。こうした労基法違反の横行は、ブラック企業を見分けるためのわかりやすい指標となっています。

労基法は労働条件の最低限度の基準を定めた法律です。労基法が定める基準に届かない労働条件での契約は無効とされて労基法の水準まで引き上げられますし、違反した使用者に対しては懲役や罰金などの刑事罰が科されることが定められています。企業が労基法に違反すると、逮捕権や捜査権をもつ労働基準監督署(以下、労基署)の取り締まりの対象になり、是正勧告や書類送検などの措置を講じられます。そのため、労基法違反がおおやけになった企業は「何か悪いことをした企業」であることが明白となり、クローズアップされやすい傾向があります。

◾️労基法違反の実態と広がり

まず、実際どのような労基法違反が横行しているのか見てみましょう。

大手牛丼チェーンの「すき家」では、2007年に、月174時間を超えて働いた分にしか残業代の割増賃金を払っていないことが明らかになり、過去2年間に総額数億円にのぼる未払い賃金があったと報じられました(「朝日新聞」2007年1月10日)。また、2014年7月末に出されたすき家の第三者委員会の調査報告書によると、2012年度から2014年度までの間に計64通の是正勧告書が労基署から送達されており、適切に割増賃金が支払われていないことや法定休憩時間がとれていないこと、三六協定で決めた上限を超える時間外労働があることなどが指摘されています。詳細は本誌掲載「違法企業に対して求められる社会的な取り組みーーすき家の実態から見える今後の課題」をご覧ください。

居酒屋チェーン大手の「ワタミ」では、2008年に、1分単位で支払われるべき賃金を30分単位で計算していました。そのため北大阪労基署から是正指導を受け、217人の従業員に計約1200万円を支払っています(「朝日新聞」2008年6月1日)。また、2008年に過労自死事件が発生して以降も、三六協定に定められた時間外労働時間の上限を超えて従業員を働かせたとして、労基署から10件の是正勧告を受けています(「東京新聞」2012年5月26日)。また、三六協定は、職場で過半数以上の従業員から同意を得た従業員代表が会社側と取り結ぶ必要がありますが、ワタミは店長が指名したアルバイトを従業員代表にしており、関東地方の「和民」など三店舗で是正勧告を受けています(「東京新聞」2012年6月1日)。有識者委員会の調査報告書によると、2008年4月から2013年2月までに24件の是正勧告を受けています。ワタミの過労自死裁判については本誌掲載「過労死訴訟が明らかにした、ワタミの労働実態と労基署の限界」をご覧ください。

大手エステ会社の「たかの友梨ビューティクリニック」では、有給休暇を取得した労働者の賃金を減額したことや、適切な労使協定を結ばずに研修費を給与から天引きしていたことなどに対して是正勧告がなされました(「河北新報」2014年8月23日)。

これらの事例は、氷山の一角にすぎません。労基署が行っている定期監督状況を見ると、2012年は定期監督を実施した約13万4千の事業所のうち、68.4%で何らかの違反が見つかっています。違反の内容は、労働条件を明示していないのが15.7%、労働時間に関する違反が31.3%、割増賃金に関する違反が22.0%でした。

また、2012年の申告処理状況を見ると、申告を受けて監督を実施した約2万5千の事業所のうち71.9%で申告通りの違反が認められています。一企業で合計100万円以上の割増賃金の支払いを指導・是正したものだけ合わせても、2011年度は合計約146億円もの割増賃金が支払われていませんでした。
 
◾️労基署の限界

このように労基署は労基法違反を是正する上で大きな役割を果たしています。しかし、一方で違法企業を取り締まる上でいくつかの限界を抱えています

第一に、労基署が取り締まることができるのは労基法の範囲内だけであり、扱える問題に質的な限界があります。たとえば、労基署ではパワハラや解雇理由の不当性について企業に追及することはできません。パワハラについての取り締まりは管轄が警察になりますし、解雇理由の不当性については労働契約法上の問題なので民事訴訟や交渉などの手段を講じるほかありません。また、労使間で適切な手続きを踏んで結ばれた三六協定であれば、たとえ過労死ラインを超える時間外労働を認めていたとしても労基署は取り締まることができません。ブラック企業で問題になる辞めさせるためのパワハラや、過労死するほどの長時間労働を直接取り締まることはできないのです。

第二に、労基署では監督官の人員が不足しており、対応できる範囲に量的な限界があります。2011年に全労働省労働組合が出している「労働行政の現状」によれば、2011年に現場で監督業務を行う監督官は2000名以下であり、2012年の事業所数は約580万(「経済センサス-活動調査」より)であることを考えると、約2900の事業所を一人で担当しなくてはならないことになります。2012年は全国約580万の事業所のうち、監督を実施した事業所数は約17万であり、監督実施率は約3%となっています。また、仮に監督先で労基法違反が確認できたとしても、使用者を送検するほどには手が回らないことも往々にしてあります。労基法違反で何度も指導されているすき家ですら、いまだに労基法違反で送検されていません。詳しくは本誌掲載「労基法はなぜ守られないか」をご覧ください。

◾️労基署を使う側の困難

これらの事情に加えて、労基法違反の被害に遭っても、多くの人は労基署に申告するまでに至らないという困難もあります。POSSEが行った若者500人へのアンケート調査では、違法行為を経験していると自覚している人は5割いましたが、その違法行為に対して「何もしなかった」若者は7割以上に及びました。権利を知っていても具体的な請求の方法を知らなかったり、あるいは使い方まで知っていても会社と争うことをためらってしまう人が多いため、そもそも労基署にまでたどり着かないケースも多いのです。

このように労基署を使って労基法違反を是正する点に限ってみても、結局のところ労働者が一定程度主体的に争う意思をもたなくてはならないのが現状です。労基法違反がわかりきったことだとしても表に出てこないのは、労働者から争う気概を奪うような労務管理があるからです。ブラック企業では、「残業代が欲しいという奴は辞めろ」と命令してきたり、それでも争い続ける労働者には損害賠償を求める裁判を仕掛けてきたりします。また、ブラック研修(『POSSE』24号参照)によって、「仕事もできない自分が残業代を請求することは非常識なんだ」という意識を刷り込み、争う・第三者に解決を委ねるなどの発想自体をもたせないようにするやり方もあります。

◾️労基法違反をなくす、その先に

労働者自身が積極的に動いて労基法違反を正すことが難しい状況のなか、ますます労基署の人員補強は急務になっています。三六協定が正当なプロセスを経て結ばれたかどうかをチェックしたり、残業代未払いが続く企業に対して捜査に入るなど、労基署が本来やるべき仕事はたくさんあります。

しかし、より本質的には、不当な行為によって被害に遭った労働者が争う過程をサポートすることが重要になると考えられます。違法状態を前に泣き寝入りしないためには、当事者が自分の置かれた状況を整理し、権利行使に伴って生じる様々な葛藤などと付き合い、会社の不当な行為を追及することを支える労働相談が不可欠です。

これは労基法違反を正すことにつながるだけではなく、労基法で認められている水準以上の権利を回復することにもつながります。こうした展望が広がれば、新しい競争のルールを業界につくることにもつながります。このようにして競争のあり方が変われば、企業から不当な扱いを受けたときもいっそう声をあげやすくなります。「たかの友梨ビューティクリニック」の事件で当事者を支援しているエステユニオン(本誌87頁参照)の取り組みは、その可能性を持つものといえるでしょう。

本稿で紹介されていた各論考は『POSSE』25号に掲載されています。より深く学びたい方は、ぜひ本誌もチェックしてみてください。
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