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15分でわかる! 気候変動と社会運動

『POSSE』特集内容の論点が「15分でわかる」シリーズ。労働や貧困、社会保障にかかわるテーマについて取り上げ、各論の論点を網羅していながらもコンパクトにまとめています。今回は『POSSE』38号(2018年4月発行)に掲載した、「気候変動」についての記事を公開します。

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はじめに

 近年、CO2をはじめとする温室効果ガスの大量排出が主な原因で地球が急速に温暖化し、それによって地球上の環境に大きな変化が起こるという人為的な気候変動が問題になっています。日本だとあまり危機感を抱いている人は少ないですが、スーパー台風や殺人的熱波といった異常気象の頻発による被害をはじめとして、少なくとも億単位の人命に関わる問題であり、人類の存続すらかかっているという認識が広がっています。

 労働運動にとっても、気候変動は大きなインパクトを与えています。というのも、環境や将来世代の安全、気候変動によっていっそう大きな被害を受ける地域を犠牲にしてでも、経済成長とそれによる分配を求めるのかどうかが問われているからです。一方で、環境問題と労働問題をつなげる運動も新たに出てきています。本誌が環境運動を特集として取り上げたのも、こうした新しい道を模索するためです。

 以下では、気候変動の基礎知識や環境運動の世界的潮流を追ってみます。

迫る歴史的な気候変動

 地球の気候は、46億年の地球史のなかで寒冷化と温暖化を繰り返してきました。地球の気温変化のメカニズムは大変複雑で、様々な要素が絡み合っています。主要なものとしては、氷河流出による海水温の変化や火山の噴火、太陽放射の変化、CO2やメタンなどの温室効果ガスの大気中濃度増大などが複合的に関わっています。いまよりCO2濃度が高い時期のうち、いまよりも気温が低かったときもあり、温暖化懐疑論の根拠としてよく持ち出されます。

 しかし、隕石の落下による急速な寒冷化やグリーンランドなどの局地的な大変化を除けば、ほとんどがゆるやかな変化だったとされています。よく比較に出される白亜紀(1億4000万年~6500万年前)も、数千年から一万年といったスパンで5~9度上昇したというもので、現在の温暖化速度の10分の1にすぎません。CO2の大気中濃度も、現在のようにわずか1世紀で約100ppmも増加したのは、ここ数百万年で初だと言われています(図1)

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そのため、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)をはじめとして、現在の温暖化はCO2の急速な増大が主原因であるというのが国際的・学術的な定説となっています。

 気象庁の作成したグラフ(図2)を見ると、地球の平均気温は年によって上下しながらも、全体的には上昇傾向にあるのがわかります。IPCC第五次評価報告書によれば、1986年から2005年の間の地球の平均気温は、産業革命前と比べてすでに0.61度上昇したとされています。また、このまま何の対策もとらずCO2の排出が進めば、2100年までにさらに4度前後上昇すると言われています。最悪の場合、気候システムが一気に変化するティッピング・ポイント(臨界点)に到達することや、温暖化によって永久凍土や海底から大量のメタンガスが放出され、温暖化が急激に加速することが懸念されています。

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気候変動の破滅的影響

 それでは、気候変動によって具体的にどのような問題が今後生じるのでしょうか。すでに気候変動によって生じたといわれる事例を交えながら、以下にいくつか挙げてみます。

気象災害の極端化…記録的熱波(2010年、ロシアを襲った熱波では死者が5万5000人にのぼった)や台風の巨大化(2005年にアメリカを襲ったハリケーン・カトリーナ)、大干ばつ(ソマリアなど)の発生頻度が増え、気象災害の規模が大きくなることが予想される。

熱中症と感染症の拡大…WHOの予測によれば、2030~2050年には熱中症や感染症による死者が年間約25万人増加するという。また、デング熱などの感染症を媒介する蚊の生息可能域の拡大も懸念される。

水不足および食糧不足…重要な水源であるヒマラヤやアンデスなどの氷河が急速に溶けて縮小しており、今後アジアやペルーでの水不足が懸念。また、すでに生じている高温による穀物収穫量の減少と水不足があいまって、世界的な食糧問題を招くことも懸念されている。

海洋酸性化…CO2が海水に溶けて海洋が酸性化し、プランクトンや貝類をはじめとする海洋生態系にもたらされる悪影響が懸念。2016年にグレートバリアリーフで大量に死滅したサンゴなど、すでに影響が出ているものもある。

生活圏水没…海水面上昇によってツバルやキリバスなどの低海抜の島しょ国が水没し、それにより気候難民が生じるほか、東京やニューヨークなどの沿岸都市や港湾施設の水没や水害が予測される。


 こうした諸問題は、被害・影響の地域的偏りが大きく、紛争やテロリズムの引き金になるとも言われています。これだけの甚大な被害が現実に起きてきており、被害の拡大が予想されるからこそ国際社会は危機感をもっているのです。

転換点としてのパリ協定

 こうした背景のもと、2015年12月にパリで開催されたCOP21(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議)でパリ協定が採択されました。パリ協定は、産業革命前からの気温上昇を2度以内に抑えるという目標が掲げており、①脱炭素化、②途上国および米中の協定参加、③各国の削減目標達成の義務化、というその3つの特徴から、温暖化対策の歴史的な転換点として評価されています。

 しかし、パリ協定の際に出された各国の削減目標数値を実現したとしても、2070年までに3度上昇してしまうと言われています。そのうえその目標が達成されるかどうかも疑問視されています。トランプ大統領が2017年6月にパリ協定からの離脱を表明したことは記憶に新しいでしょう。

 とはいえ、この協定を追い風に、世界では脱石炭を前提に取り組みが進み、さまざまな対策が出てきています。

様々な気候変動対策

 気候変動対策にはいくつか方向性があり、大まかには①緩和策②適応策③地球(気候)工学に分けることができます。

 ①緩和策は、原因となる温室効果ガスの排出を削減するための方策です。化石燃料の使用を減らし、自然エネルギーへの転換を促進することや、エネル ギー消費そのものを減らすことが挙げられます。自然エネルギーへの転換政策は、新たにグリーンな雇用を生み出す政策でもあり、労働組合のなかにはこれを要求しているところもあります。エネルギー消費を減らすための方策としては、商品の耐久度や修理可能性を増大させることによって生産活動そのものを減らすことや、公共交通機関の利用促進などがあります。

 ②適応策は、気候変動が起こることを前提に、異常気象などの問題が起きた際のダメージを軽減するための方策です。水害対策のためのインフラ整備のほか、災害時に備えた社会保障の拡大、変動した気候に合った作物づくりへの変更の促進などがあります。化石燃料の使用を直ちにやめたとしてもある程度の気候変動は避けられないため、多かれ少なかれこうした適応策が求められています。

 ③地球(気候)工学とは、地球の気候システムを大規模に操作する工学的手法や技術のことです。たとえば、成層圏にエアロゾルという微粒子を散布して、地表に届く太陽光を何割か遮断するものなどがあります。およそ非現実的で、生態系の攪乱などの副作用のおそれが強いものがほとんどだと言われています。そのほかに、地中にCO2を送り込んで貯蔵するCCS技術もありますが、コストもかさむうえにそれ自体エネルギーを大量に消費するので、実用化のめどは立っていません。

 以上見たように、③地球工学と違って、②適応策と①緩和策には市場原理を制約するものが含まれています。そのため、経済界のなかには化石燃料業界をはじめとして、温暖化そのものを否定したり、気候変動対策を③地球工学に限定しようとする動きが根強くあります。一方、環境運動はこうした動きに対抗し、抜本的な対策を求めています。

化石燃料反対運動

 気候変動を止めるべく、環境運動はさまざまなアプローチをおこなってきました。近年は特に化石燃料反対運動が広がっています。

 その背景の1つとして、化石燃料企業が非在来型(注)の化石燃料を採掘するために、危険な方法に手を出していることがあります。特に、地下2000~3000メートルに大量の水と化学物質を吹き込んでガスやオイルを採掘するフラッキングは、生活に利用される地下水の汚濁や土壌汚染など、近隣住民の生活環境を破壊する危険な採掘方法です。こうした危険性のため、フラッキングがおこなわれる世界各地で、直接行動による反対運動が起こっています。

(注)従来とは違う手法によってはじめて開発されるタイプの資源のこと。化石燃料企業にとって、まだまだ埋蔵量があって安定供給できると示すことはビジネスの存続に関わる。

 最も大きな運動として、カナダのアルバータ州のオイルサンド採掘とその輸送のためのキーストーンXLパイプライン建設に対する反対運動があります。アメリカ-カナダを縦断するこのパイプラインは、輸送時の爆発事故がたえず、予定地沿いの先住民や牧場主・農場主ら近隣住民をはじめとする多くの人々から反対されています。反対運動では、建設機材の運び込みを座り込みで阻止するなどして、企業に予定していた利益を出させないことで撤退させようとしています。

 大学を拠点とする運動としては、ダイベストメント運動が盛んです。ダイベストメント運動とは、公的機関や銀行、財団などに対して、化石燃料関連企業への投資から撤退するよう求める運動のことです。この運動のねらいは、化石燃料企業がもつ政治的な影響力を削ぎ落とし、同時に自然エネルギーへの投資を促すことです。すでにダイベストメントに賛同した企業や団体は710以上にのぼり、それらの運用資産額は615兆円を大幅に超えているといいます(詳しくは350 Japanの記事をご覧ください)。

 ほかにも、化石燃料のなかでもCO2の排出量が多い石炭を使った火力発電所の建設に反対する動きがあります(日本国内の動きに関しては気候ネットワークの記事、東南アジアの動きに関してはFoE Japanの記事をご覧ください)。

 こうした環境運動の力によって、化石燃料からの撤退と自然エネルギーへの転換は進んでいます。大企業が自然エネルギー100%にすると宣言するのも、こうした背景があってのことです(エネルギー転換の取り組みについては、グリーンピースの記事をご覧ください)。

労働・貧困問題とのつながり

 こうした気候変動は、労働運動をはじめとするあらゆる社会運動にとっても重要です。というのも、抜本的な気候変動対策の必要性は、労働問題や貧困問題を解決する諸制度の導入の根拠ともなるからです。

 たとえば、気候変動対策に求められる自然エネルギーや公共交通機関の整備をおこなえば、新たに持続可能な雇用が生まれます。じっさい、どれだけの雇用が生まれるのかを試算して示す運動がアメリカや南アフリカでおこなわれています。また、ヨーロッパでは地域分散型の自然エネルギーの促進によって、発電による利益を地域住民に還元することに成功した自治体も増えています。そのほかにも、冷暖房のいらない断熱性の高い住居を公的に保障することや、公共交通機関の利用を促す運賃無償化など、気候変動対策で貧困層や労働者の利益を実現するものは数多くあります。

 このように、環境問題と労働問題をつなげられれば、公正な経済社会を求める強力な連合ができる可能性があります。そのためには、労働運動は経済成長の陰にある環境問題を見過ごしてきたことを反省し、積極的な取り組みを始めなければなりません。これからの時代、労働運動は環境運動に学びながら互いに連携することが求められているといえます。


こちらの記事は、雑誌『POSSE vol.38』に掲載されています。

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