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「今夜、世界からこの恋が消えても」を見て

映画「今夜、世界からこの恋が消えても」を見ました。感想を書きます。ネタバレを含みます。

一度眠るとその日の記憶を失ってしまう真織(福本莉子さん)と、「恋人のふり」をする透(道枝駿佑さん)の青春が本筋です。真織は、その日に起きたこと全てを紙に綴ることで今日と明日の自分をつないでいます。毎朝起きるたびに記憶障害を患っていることから知るのですが、記憶障害のことは両親と親友の泉(古川琴音さん)以外には隠して暮らしています。

この映画を見て感じたことは、「忘れる」ことの意味と「今この瞬間と向き合う」ことの意味です。感想を、この2点から書いてみます。

忘れるということ

真織と透は「恋人ごっこ」をしているうちにお互いのことを本気で好きになっていました。しかしある日、透は突然亡くなってしまいます。真織の記憶障害のことを知っていた透は、「自分に何かあったら、真織の日記から自分の存在を消してほしい」という願いを遺していました。泉や両親、透の姉である早苗(松本穂香さん)は、その遺志を尊重して、真織の日記から透を消すことで悲しみから真織を救おうとします。
大好きな人が亡くなった悲しみに、耐えられる人などいないと思います。でも、私たちは、どんなにつらくても記憶が薄れていくことでなんとか生きていけるのだと思います。そのなかでいろんなことを考えたり気持ちを整理したりできるのだと思います。しかし真織はそれができず、日記という、瞬間の熱のこもった文章を読み返すことで毎日悲しみをインプットし、さらにそれが記憶として残っていないことを恨むことになります。忘れたくないと願う瞬間を忘れてしまうのは悲しいことですが、自然に忘れられるからこそ、生きていけるのだと思いました。

もうひとつ、「忘れる」ことは「なくなる」とは違うと思いました。
一番泣いてしまったシーンを紹介します。早苗と泉が日記の改ざんをしたりしながら透の記録を消していくシーンです。
早苗と透は幼い頃に母親を亡くし、助け合って生きてきました。社会人になって家を出た早苗は、何もしない父の代わりに家事をしながら学校に通う弟に苦労ばかりかけているのではと心配していたのです。日記の改ざんをするにあたって、真織の日記帳に綴られていた思い出をワープロに打ち込みながら、「透くん」の文字を全て削除します。この瞬間早苗は、弟に真織という大切な人がいたことや、ちゃんと青春を楽しんでいたことを初めて知るのです。同時に、自分の手でその思い出を消していかなければならない苦しさを経験しました。
泉も、好きだった透の存在を記録上で消すこと、親友である真織から透の思い出を奪うことに苦悩し、たくさん泣いていました。
私ならきっと耐えられないと思いました。涙を流すふたりの姿に、いたたまれなくなってしまいました。思い出がなかったことになるんじゃないか、透がいなかったことになるのではないか、と感じると思います。
でも、この映画を見終わって、記録を消すからといって忘れるわけじゃなく、忘れるからといってなくなるわけじゃないということを感じました。真織の中にも確かに透は残っていました。記憶として覚えていなくても、透と過ごした全ての瞬間なくして今の真織はいないし、早苗も、泉も、透との時間があって初めて今の姿で生きているんだと思いました。

今この瞬間と向き合うこと

今この瞬間と向き合う、今やっていることと対峙する、逃げない、ということの大切さと難しさを感じました。
透の真織への告白は、初めは友達に対するからかいをやめさせる手段として、いじめっこにけしかけられたものでした。ですがいつしか「真織と一緒に居ることが楽しい」に変わり、なんの見返りも求めない愛情のギブになっていきます。記憶を蓄積できない真織に、あふれるほどの愛情を注ぎ続けました。
見返りや副産物にこだわらず、「そのものが楽しくて」「そうしたいからそうする」ことこそ、今この瞬間を大切に生きることであって、充実感があって美しいのだと思わされました。

同時に、こうやって「今」と向き合うことは、強さが要ることだと思いました。真織の思い出のコップは、今だけ見ると表面張力いっぱいですが、次の瞬間は空っぽになっているかもしれません。そのことに絶望して折れてしまったり、怖がって動けなかったりしないための、強さが必要です。透は、映画を通して強くなっていったように感じます。生気のない顔をしていた映画の冒頭から、真織との時間を過ごすなかで輝きのある笑顔になっていく描写が、とても重要なことを表していると思いました。
真織も、逃げない強さを持った人でした。昨日も明日も自分の感覚にはないので、「今」と向き合わざるをえない状況でした。毎朝、自分が記憶障害であることを知り絶望しますが、日記を読み、メモに書き留め、そんな状況から逃げずに過ごしていました。透と過ごす時間をいっぱいに楽しみ、自分の置かれた状況に向き合う。

逃げる弱さも描かれていました。透と早苗の父の姿です。彼は小説家志望で、2人の母が生きていた時、妻が楽しく読んでくれるのが嬉しくて、そのために小説を書いていました。しかし、妻の亡き後、小説を書く意味を見失います。でも、小説家になるんだといって仕事も辞めて部屋に篭って、原稿を書こうとしては一文字も書けず、腐ってしまっていました。彼が悲しみを乗り越え、妻のためではなく小説そのものと向き合っていれば、また、妻のいない悲しみと向き合って家族と一緒に乗り越えていれば、もう少し違った未来があったかもしれないと思いました。でも、それができるだけ強くなるということは、実際難しいとも思いました。

まとめにかえて

今この瞬間を大事に生きていこう、と思う映画でした。言葉にするとありきたりかもしれないけれど、とても大事で難しいことです。でも、逃げない、と言いましたが、耐えがたいつらいことを忘れていく、つまり負の感情から逃げることで救われることもあるんだと、その2面性を感じた映画でもありました。

p.s.私が勝手に注目してる松本花奈さんのお名前が脚本のところに!

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