見出し画像

梨央と大輝のスタートライン〜最愛サイドストーリー〜

いつからあなたを好きになったんだろう。
気がついたら目で追っていた。
目が合えば嬉しいくせに目を逸らす。
その癖目が合わなければ目が合うまで追いかける。
声をかけて貰えば天にも昇る気持ちになる。
私の世界はあなたで始まってあなたで終わっていた。

「すごいな、優君」

それはある日の出来事だった。寮で暮らしている1年生の宮崎大輝さんが、弟の優に向かって言った言葉だった。

優は事故の後遺症で高次脳機能障害を抱えており、感情の抑制ができず興奮しやすかったり、かつ、その時の記憶を覚えていられない障害を抱えていた。

自分の知らないうちに、色々な人を傷つけていたりそれを覚えていなかったりする事に、優は子供ながらに恐怖を感じていた。
私は姉として、そんな障害を抱える優のサポートをできるだけした。

医師からの指導もあり、何かあった時に直ぐ助けを求められるよう携帯電話を持たせたり、忘れてしまっても困らないよう、日々メモを取る癖をつけるようにしてきた。

寮に住む寮生たちも、そんな優の特性を理解してくれてフォローするように接してくれていた。

それは、ある意味、優を『特別扱い』することになる。

でも、私の中ではそれは仕方のない事で、障害のあるこの子は人のフォローを受けて暮らしていくことが必要なんだ。そういう目で優を見ていた。

それなのに、宮崎さんは「すごいな、優君」そう言ってくれた。
それは、優が言われたこと、出来事を忘れないようにメモを取っている姿を見て言っていた。

「優君、いつも首からメモ用紙ぶら下げてるで、何してるんかと思ってた」

「俺、病気ですぐ色んなこと忘れてまうで、忘れても困らんようにってお医者さんに言われてこうやって書くようにしとるん」

「へえ~優君、今いくつやったっけ?」

「7歳」

「7歳!7歳でもうそんなことできるんか!俺なんて、7歳の頃なんて鼻水垂らしてただけやったわ。大したもんやわ」

「え?そうなん?俺、みんなより覚える事ができんし、皆が出来る事出来んのよ」

「そりゃ出来んこともあるかもしれんけど、そうやって、努力しとることが、すごいんやで。たくさん文字を書くことで人より文章が上手くなるで。すごいな、優君」

そう言って、宮崎さんは笑いながら、優の頭をくしゃくしゃとなでてくれた。

その光景を見て、私は稲妻に打たれるような気持になった。

自分は今まで、優のことを『記憶を保てない特別な人』という視点で見ていたので、どうしても『かわいそう』とかそういったマイナスな感情で優を見てしまっていた。

それなのに宮崎さんは、優のことを一人の人間としてみてくれ、しかも、記憶を保持できるようにしている代替の方法を「努力していてすごい」とほめてくれた。私が出来なかったことを、ほとんど知らないであろう宮崎大輝という一人の男性がいとも簡単に成し遂げていたので、うれしい反面私は悔しかった。

悔しかったので、彼のことを気にするようになった。

そうしていつしか、気が付くと彼のことを目で追うようになっていた。

目で追いようになるとわかったのだが、宮崎さんはすごく努力家だった。
毎日毎日、何10キロも走りながら1秒でも自分のタイムを縮める努力を腐らずに行う。
正直白山大の駅伝部はそれほど強豪ではない。でも、宮崎さんはいつも言っていた。

「全国大学駅伝、絶対出るで」

その言葉と行動に引っ張られるように、他の部員たちも努力をするようになっていった。

私は、そんな彼の応援をしたくて話し掛けるようになっていた。
「今日のタイムはすごかったね」とか「また明日があるよ!あきらめるな!」など話し掛ける内容はそれほど特別なものではなかった。

でも、声を掛けた後の宮崎さんの笑い顔がうれしくて、今日はどんな言葉を掛けよう。そんなことばかり考えるようになった。

「梨央ちゃんにそうやって声を掛けてもらうと、自然と頑張れるわ。いつもありがとな」

ある日、そう言われ、私は嬉しくてなぜか逃げだしてしまった。

その時にに気づいたのだ。
私は、彼に恋をしているんだって。

そこからは、どうやって宮崎さんと仲良くしよう。どうやって話し掛けよう。そんな毎日になっていった。
嬉しい事に、自然に仲良くなっていってくれた宮崎さんは、いつの間にか私のことを『梨央』と呼び捨てで呼んでくれるようになり、私も宮崎さんのことを『大ちゃん』と呼ぶようになっていった。

大学3年になり、大ちゃんは東京の会社に内定が決まった。

「東京、行っちゃうんやね」

「そやな。でも、梨央も大学行くんやろ?薬学部ある所」

「うん。出来れば帝北大の薬学部が良いんだけど、難関だし、優を置いていくのも…」

「何言うてるんやさ。薬作るんが、梨央のやりたいことやろ?その一番の近道はどこや?って考えて帝北大がええんやったら、目指そうや。それが、優の将来につながるんやから」

「でも、薬作るって言っても、簡単なことやないんやよ」

「そりゃそうやろ。でも、誰かがやらなきゃ作れんやろ?俺だって、真剣に全国大会出る事目指してるからな。目指さなきゃ始まらんやろ?」

大ちゃんは、私の目を真っ直ぐに見てそう言ってくれた。

「うん…。そうやね。なんや、大ちゃんにそう言われたら、作れるような気がしてきた」

私は自然と笑顔になっていた。

大ちゃんはいつも私にこうやって力をくれた。押し付けず、気付かせるように私をしっかり導いてくれた。
そんな大ちゃんが大好きだった。

「まあ、その前に大学合格せんとな。…あんな、梨央。大学合格したら……」

「そうや!大学!大学合格したら私も大ちゃんも東京やね。せっかく東京に行くんやから、東京行ったら何しよう」

私は『東京』『大学』というキーワードですっかりテンションが上がってしまっていた。

「東京行ったら、もんじゃとか、美味しい物食べまくりたいよねえ」

「なんや、梨央はいつも食べ物のことばかりやな。食いしん坊やな」

大ちゃんは、少し寂しそうな顔をした後、フッと笑ってそう言った。

「何の話しとるん??」

学校から帰ってきた優が、私たちの会話に加わってきた。

「東京行ったらかあ…東京ってさ、ギャルがいるんでしょ?飛騨にはいないもんね。観てみたい」

「ギャル?!なんそれ!」

私と大ちゃんは大笑いした。

「大ちゃんは?大ちゃんは東京に行ったら何したい?ギャルに会う?」

優が大ちゃんに聞く。

「会わんわ(笑)
そうやな…箱根駅伝のコース見たい。大手町から鶴見中継所まで散歩するのもええな」

「もう!駅伝のことしか頭にないんだから。しかも、その距離、散歩って距離やないよねえ」

「ホントやな」

3人で大きな声でケタケタ笑った。

こんな時間が大好きだったし、こんな時間が永遠に続くと勝手に思っていた。
その頃には、大ちゃんも私も、お互いを『好きだ』という気持ちを全身で表すようになっており、思い合っていることを肌で感じていた。

私たちに足りないのはタイミングとちょっとした勇気だけだ。

周りからは、告白なんて気にしないで、どんどん前に進んじゃいなよ。
そう言われた。
でも、私も大ちゃんもそこは真面目なので、ケジメが欲しかった。
キチンと、言葉で気持ちを伝えてスタートを切りたかった。

スタート………
そうだ。
駅伝大会で全国大会への切符を掴むことができたら、そこから始めよう。
全国大会に行けるかどうかはまだわからない。
でも、絶対行けるはずだ。
言ったことは絶対やり切る人だからだ。

私はそう決めた。

希望に満ち溢れた、幸せな日々が待っている。
そう信じて疑わなかった。
地区予選は明日。
何も怖くなかった。


あとがき
最愛の1話は、お互いに思い合っている2人からのスタートでした。
好きになったきっかけはなんだったんだろう。
大輝側のエピソードは何となく描かれていましたが、梨央側のエピソードは描かれていなかったので、今回のお話を思いつきました。
なお、このお話は完全なる私の妄想であり、本編とは全く関係がありませんので、悪しからずデス。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?