椿の花言葉〜いちばんすきな花サイドストーリー〜

「あの花を私と同じくらい愛して」
       ────オペラ「椿姫」より

椿の花言葉には、「控えめな優しさ」「控えめなすばらしさ」などの言葉がある。
控えめ、控えめ。
まさに僕の人生を表していた。

昔から大人数が苦手で、大人数になるとマフラーを何重にも首に巻いて、息苦しい上に身動きが取れなくなってしまったかのように、その場でただいるだけの人間になってしまう。
でも、変に思われたくもないので、ニコニコと笑っていられる術は、いつのまにか身につけていた。

そのニコニコは、一度身につけてしまうとなかなか有能で、普段の生活でも遺憾なく発揮された。
控えめにして、尚且つニコニコしていれば、俺は受け入れてもらえる。
「良い人の椿くん」
として、みんなから頼りにされ、集団に紛れることができたから。

俺はチョコレートでコーティングされたアイスが好きだ。
バニラアイスはとても溶けやすくて、食べている間に溶けて垂れてしまったり、棒から離れて落ちてしまったりしてとても悲しい。でも、チョコが周りを覆ってくれていることで、溶けやすいバニラをチョコが守ってくれているから、安心して食べられるから、大好きだった。

だから俺は笑顔でコーティングする。
溶けてなくなりやすい自分を守るために、笑顔でコーティングするんだ。

そうやって生きてきた。
だって「椿」だから。

だけども、集団ではその椿が遺憾なく発揮できるが、2人になると、それが通用しなかった。
ニコニコしていても、相槌を打っても、それが紛い物であることがすぐにバレてしまうから。

「いつも優しいけど、それだけだよね」

そう言われてしまうことがお決まりだった。

そして次に続く言葉は

「私のこと、好きじゃないでしょ?」

だった。
その言葉を突き付けられるたびに、二人組にはなってはいけない。
なれるような人間ではないんだと、自分を戒めた。
戒めたが、戒めた分だけ『二人組』を渇望する自分がいるのも確かだった。

そんな相反する中で、俺は純恋に出会った。
純恋は、こんな控えめにしか生きられない俺のことを『素敵』だと言ってくれた。

「誰にも優しいって事は、ずっと優しいって事だもの」

誰にも優しくしている事で安心しているだけの俺を、純恋は認めてくれて、受け入れてくれた。
2人きりで過ごしていても、俺がニコニコしていれば「安心する」と言って、笑ってくれた。

嬉しかった。
だから純恋と一緒なら生きていける。二人組でも大丈夫。むしろ二人組でずっと歩いて行きたい。
そう思っていた。
だって、俺の代わりに純恋は天真爛漫に、その時に正直に生きてくれているから。
俺はその隣でその天真爛漫な純恋を受け入れていれば良かったから。

だけど、俺は純恋といても、常にマフラーを首に巻いている状態だった。
純恋がいろんな人との交流を楽しそうに話すのが、だんだん切なくなっていた。
だって、純恋は俺と2人で生きていくと決めてくれたのに、俺の方を向いてくれないのがわかってきたから。

だから、純恋といるときは、アイスをよく食べた。
溶けそうな自分を守れたから。
純恋と、いつも隣で座りあって身体をくっつけ合った。
どこかに飛んでいってしまいそうな純恋を掴んでおきたかったから。

俺は純恋と生きていく。
2人きりになるんだ。
そう誓った。

なのに、純恋は俺から離れてしまった。
ずっと引っかかっていた友達のモリナガ君に、ついて行ってしまった。

「3人組だったら良かったのに」
純恋がそう言った。

ああ、やっぱり俺は、2人組にはさせてもらえないんだ。

俺は瞬間的にいろんなことを諦め始めた。
控えめに、控えめに。
それは、色んなことをつかみ続けることを諦める事を意味していた。
何かが崩れ落ちる音がして、首に巻いていたマフラーも解けていった。

「俺のこと、好きだった?」

いつも俺が聞かれる言葉を、俺は純恋にぶつけていた。

「良いなあと思ってたよ。本当に、良い人だなあって」

「……そっか」

正直な、いつも正直な純恋が好きだった。
だけど僕は正直だったか?
こうやって、純恋に正直な気持ちを告白されても、ショックではあるが、悲しくはあるが、羨ましかった。
だから何も言い返せなかった。

だって、多分俺も純恋を本当の意味で好きではなかったから。
それを、ニコニコの笑顔と、受け入れる姿勢、つまりいい人でいる事で、俺は何もかもを覆い隠していただけなんじゃないのか。

だから、正直に生きている純恋の事が羨ましかった。
ただ、ただ、2人組に憧れていただけだったんだ……。

チョコレートでコーディングされたバニラアイスは、割れ目から溶けてしまった。

『あの花を私と同じくらい愛して』

俺は椿姫にはなれなかった。
愛していたのは、2人組で、純恋ではなかったから。

俺は2人組になれない。
「椿」だから。
控えめに、控えめに。

俺は首にマフラーをキツく巻き直した。

あとがき
これは、2023.10からスタートしたドラマ「いちばん好きな花」のサイドストーリーです。
クアトロ主演の1人である春木椿に想いを馳せてみました。
まだ1話しか放送されておらず、椿の人となりもまだまだ描かれていないので、これは本当にあくまでも、私の中での妄想にすぎません。
なので、お話が進むにつれて、全然見当違いだったらすみません。
また気まぐれに書く事があるかもしれませんが、そのときはぜひお付き合いください。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?