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素焼きの器

はじめに
これは、朝ドラスカーレットを、元にした私の妄想小説です。
今回は、名古屋の中セラで働く八郎の話です。


「十代田さんって素敵よね」

1日1回は社員の誰かはそう話す言葉が社内で聞かれる。

そんな都市伝説の様な本当の話がある。
その人は十代田八郎。そよだ・はちろう
珍しい名字に超オーソドックスな名前。このアンバランスからして何かありそうな人。

年齢は50歳位で、決して若くはない。年齢相応の見た目ではあるが、それを上回る雰囲気がある。
誰にも優しく、だからと言って弱くない。上司から後輩をさりげなく助けたりもする。

以下は、社員からの聞き取り

女性社員A「十代田さんの部署は研究室だから、普段は作業着なんだけど、何故かすごい色気があるのよね。通るだけで、フワーッとしちゃう」

女性社員B「研究室だから、あまり姿を見る機会がなくて、だからたまに見かけると幸運が訪れる、そんな話を聞いたことがあるの。それくらい、拝みたいお姿なの」

男性社員c「なんでも完璧にこなしそうなんだけど、意外におっちょこちょいな所もあって。いつも同じ段差で躓いてるってきいたことある」

男性社員D「実は俺、十代田さんに助けてもらったことあって。上司にこてんぱんに怒られてた時に、十代田さん、わざと試験陶器がちゃーんって割ったんですよ。それで上司の気が逸れて…後で陶器割っちゃってすみません。わざとですよね。助けてくれてありがとうございますって言ったら、「壊して前に進むからちょうどええんや」って、俺、惚れましたわ」

女性社員E「十代田さんのデスクの引き出し、壊れていて、2段目を閉めると、3段目が開いちゃうの。みんなその欠陥に気づいてるんだけど、毎日その引き出しと格闘する十代田さん見たくて、黙ってる。年上の男性に対して失礼かもしれないけど、可愛らしいんですよね」

そんなこんなで、余裕で愛されキャラとなっていることを、もちろんご本人は知らない。
いつも穏やか、礼儀正しい。だけど色気がある。

何人かの女子社員がアプローチしたらしいが、アプローチしたことさえも気づいてもらえず涙を呑んだ人も多数。勇気を振り絞って想いを告げても、笑顔でごめんなさい。と返されるだけ。

そんな十代田さんの秘密を私は知っている。

子供が生まれたと言う男性社員が持ってきた子供の写真を眺めていた十代田さんが、その日のお昼休み、1人屋上で佇んでいるのを見かけた。

「珍しいですね。こんな所で休憩することもあるんですね」

私が声をかけると十代田さんはびっくりしてひっくり返りそうになり、その目からは、涙がとめどなくあふれていた。

私は見てはいけないものを見てしまったと、慌ててその場を去ろうとしたが、やっぱり、と引き返し、ハンカチを十代田さんに渡した。

「あ、大丈夫です。僕持ってます。ハンカチ」

「いえ、それ、一枚じゃ足りない涙ですよ、十代田さん」

そう言って、私は十代田さんの隣に座った。今彼を1人にしてはいけない。全身がそう警告していたからだ。

「何かあったんですか?人に話すと楽になることもありますよ」

私は十代田さんが話しても話さなくてもいいくらいのスタンスで問いかけた。
そんな私の問いかけに、十代田さんは、涙を拭きながら、話し始めた。

「……ほんますんません。……実は…僕の息子が病気で…武志言います。陶芸家としてこれからって言う所やのに…」

それから十代田さんは、ゆっくりと武志くんと言う息子がいる事。ずっと離れて暮らしていたが、ここで交流ができた事。やっと、親子での会話が持てる様になったのに、白血病に冒されてしまい、4年の寿命と言われている。と言うことを話してくれた。

「きょう、田中君のお子さんの写真見せてもらって、もう、そりゃあ小さくて可愛くて、ええなあ、と思ったら、生まれた頃の武志のことを考えてしもて。そしたら、涙がとまらんようになって…たまらなくなってここに来たんです」

「……すいません、見つけちゃって」

予想以上にヘビーな話に私はどうして良いか分からず、冗談の様な、冗談でない様な返ししかできなかった。

「十代田さん、知ってます?社内で十代田さんの話題が出ない日がないって事」

「え?そないなことあるんですか?」

十代田さんは、涙を拭きながら、私の方を見てくれた。

「十代田さんは気づいてないと思いますけど、アイドルなんですよ、うちの社の。
でもね、不思議だったんですよね。アイドルだとしても、なんでみんな、こんなに惹かれるんだろうって。
でも今、十代田さんの話を聞いて理解しましたよ。人間味があるんです。十代田さんって。
ただ、優しい人じゃない。色んな想いを抱えながらこうやってもがいてるから、尚更素敵に見えるんです。………慰めでもなんでもなくてごめんなさい」

「…そんな大した人間やありませんよ」

そう言いながら十代田さんはふふふ、と笑った。
その笑顔がとてつもなく素敵だった。

「良いんです。十代田さんは、そのままで」

そのあとは、何も喋らないまま、2人は並んでいた。

それから、秘密を抱えるものとして、私は時々十代田さんの話を聞く役目になった。

『あの』十代田さんが、私に甘えてくれている。
それだけで私は嬉しかった。

ある日、離婚した奥さんの話になった。今まで見たことないような優しい顔になって奥さんのことを話す十代田さん。
そんな素直な十代田さんの顔を見ていたら、私はなぜか居ても立っても居られなくなった。

「いつまで別れた奥さんにこだわってるんですか!十代田さん、壊して前に進むんでしょ?今のままじゃ、進歩ないですよ!」

言った後に「しまった!」と思ったが、その時はもう遅く、私は十代田さんの目を見れずにいた。
十代田さんは私の肩をポンポンと優しく叩いた。

「ほんまやなあー、進歩ないなあ。でもな、これが僕やねん。んでな、喜美子と武志と3人で新しい関係を築けてるんや。それは、君のいう通り、一度壊したからや。それが正解かは分からへんけど、今はこれでええと思ってる。ってことに、今気付いたわ。ホンマ、ありがとう」

十代田さんはそう言って、私と向かい合わせになって座り直した。

「でな、君もずっと、僕に話したいこと、聞いてもらいたい事あるんとちゃう?そんな顔しとるよ?」

バレていたのか。
私は焦った。

私にも秘密があった。
ただ、私の秘密は一生心にしまっておかなければならない事だ。そう簡単には言えない。

でも

十代田さんなら、わかってくれるかもしれない。何故だかそう思っていた。
私をじっと見つめる、慈愛に満ちた目を見ていると、私はついつい口を滑らしそうになる。

いや、ダメだ。
私はすんでの所で踏みとどまった。

「何もありませんよ、さて、仕事に戻りましょう」

それから2年後、悲しいことに十代田さんの息子さんは治療の甲斐なく亡くなられてしまった。
会ったことはなかったが、話はいつも聞いていたので、本当に悲しかった。
そして、その半年後、十代田さんが中セラを去ることになった。
長崎で陶芸を再開するからとのことだった。50歳を超えて新しいことに挑戦をするそんな姿に社員たちはアイドル兼尊敬の眼差しで十代田さんを見るようになった。

そんな眼差しが居心地悪かったのか、十代田さんは、よく私のところに逃げてきた。

「嬉しいけど、困るわ。そんな大した人間やあらへんのに」

そう言って、世間話をした。

世間話をしながら、私はもう2度と十代田さんに会えなくなるかもしれないと思った。そう思ったら、急激に寂しさが押し寄せてきた。

「あの、十代田さん」

「ん?どないした?」

「実は…十代田さんの事、ずっと尊敬してました」

「ええ?!そうなん?でも、嬉しいなあ」

十代田さんはニコニコと私を見つめていた。

「ああ!違います!違います!尊敬と違います!」

ニコニコと笑いかけてくれる十代田さんを見て、もう止められない自分がいた。

私は大きく息を吸って次の言葉の用意をした。

「好きなんです!恋愛感情です。これ、本当なんです。もう2度とお会いすることもないかもしれないんで言わないでおこう、一生心にしまっておこう。そう思ってたんですが、無理でした。
困ると思います。喜美子さんいるの知ってるし、

僕、男ですし………

でも、伝えたかったんです。好きでした。大好きでした。武志くんの事は本当に僕も切なかったです。でも、そんな武志くんの話がきっかけで話をするようになって、いろんな十代田さん見れて、知れば知るほど魅力的で………………ぼく………すんません。こういう嗜好の人間なんです…………………失礼します!!!!」

私は爆弾を放って走り去った。

今まで自分の性的な事はパートナーとなった人以外には決して言わなかった。

なのに何故十代田さんに話してしまったのか。
ずっと一途に喜美子さんのことを思い続ける十代田さんが、輝いていたから。それに、そんな人に出会ったこともなかった。

そういう意味では、自分と同じ『希少種』だと思ってしまったのだ。

でもおしまいだ。これで気持ち悪がられたに違いない。
まあ、もう2度と会わなければ良いのだ。

それだけだ。

私は、気持ちに蓋をした。


あとがき
八郎さんはきっとどこにいてもモテたに違いない。そう思ってこのお話を書き始めました。
このように私の妄想を掻き立たせてくれる朝ドラスカーレットにお礼を言いたいです。
なお、これは完全に私の妄想であり、本編とは全く関係ありませんので、悪しからずです。







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