キンツクロイ4
「先生の作った食器セット使ってる人に会ったんです」
共同作業も佳境に差し掛かったころ、三津はそう話しだした。
「先生がわたしの考えをヒントに考えてくださった食器セットです。つい最近ご近所でその食器を使ってる人に出会ったんですよ。
もう、うれしくて、うれしくて。その食器を作ったのは私の師匠で、元はと言えば私の発案なんですよ!って大きな声で叫びたかったんですが、私も大人の女性になったので、辞めておきました」
そう笑う姿は、大人の女性の雰囲気はひとつもなかった。
「ああ、そうだったね。あの食器セットは松永さんがいなかったら出来なかった。その節はありがとうございました」
八郎は深々頭を下げた。
「あ、どうも、こちらこそ」
そう言って2人で笑い合った。あの頃、工房でもこうやって笑い合っていた。
あの頃は、自分の才能のなさ、迫り来る喜美子の才能の恐怖がごちゃごちゃになり、恐怖に近い感情で陶芸に向き合っていた。いい意味で必死だったのだが、余裕がなかった。
そんな中、三津は自分にとって空気が抜けるありがたい存在だった。
そうだった。
そんな中でも自分は、日常の中で食器を使ってくれる人の顔を想像してあの食器セットを作ったんだ。あの時は、これが自分の道だと目の前が広がった感覚があった。必死に手繰り寄せた、自分なりの答えだった。
だから、自分は今も『日常で使う食器』に拘って、この場にいるのだ。
そう考えたら、急に息ができる感覚があった。
振り返ると、今まで自分が作ってきた器たちが並んでいた。
「松永さん、その食器を使てる人、紹介してくれへんかな。そんで、ありがとう。あと、ごめんな」
八郎は三津の顔を真っ直ぐ見つめて今の気持ち、今更の気持ちを伝えた。
「知ってますよ。先生は喜美子さん一筋ですから。2回も振らないでください!」
三津は変わらない笑顔を向けていた。
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