キンツクロイ2
今の会社では、釉薬の研究を行っている。
土に触る事はしないが、こうやって陶器に関わる仕事をしているのは、これしか出来ないし、好きだという単純な理由だった。
しかも、研究するという事は自分の性に合っていたので、充実感を持って仕事に打ち込めていた。
今日は新しいプロジェクトで、軽くて丈夫な陶器を作る為、東京からデザイン担当の人が来る予定だった。
「びっくりしたなあ」
東京からのデザイナーとして紹介されたのが自分の最後の弟子、松永三津だった。
弟子、といっても陶芸は喜美子に任せていたのもあるが、自分としては何も教えないまま彼女は去ってしまったので、申し訳なさがずっとあった。
「びっくりしたのはこっちです。十代田さんって珍しい苗字だなあと思ったら、まさか、先生だったとは!なんで名古屋にいるんですか?!なんで川原じゃないんですか?」
弾けるような、人懐っこい笑顔で、聞きたい事をズバズバ聞いてくる。
最初はこの弟子との距離感に慣れず、ぞんざいな扱いをした時期もあったが、彼女の素直さと明るさに陶芸家としての限界を感じ始めていた自分が何度救われたか。
「ははは、変わらないねえ、松永さんは」
自分はなぜ名古屋にいるのか、苗字が変わっているのかの説明をしなかったが、三津はそれ以上聞いてこなかった。三津のそういう所は、ありがたかった。
なぜ?
自分にも説明できないのに、他人に説明なんて出来るわけがない。何人かに聞かれた事はあったが、適当に答えるだけだった。
それしかできなかったのだ。
何故、自分はあれほど愛した喜美子から去らなければならなかったのか。最愛の武志の手を離さねばならなかったのか。そんな事は言葉では説明できなかった。
自分は、まだ渦中にいるのだ。
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