つよがりの後悔(後編)
「ハチさん、京都行くんやて?」
喜美子はやっとの思いで言葉を紡いだ。
「ああ。その前に武志に会いにきたんやけど…おらんかった」
八郎はやっと笑った。
本当は、喜美子に会いにきたのに、それを言えなかった。
前の八郎ならば、素直に言えた言葉が、今はどうしても言えなかった。
「うちの穴窯が…」
いけんの?
喜美子はそう言葉を続けようとした。
「穴窯、やめたらあかんよ。続けなあかん」
八郎はまっすぐ喜美子を見つめ、言葉を遮るように、言わせまいと少し声を大きくして言った。
凛とした八郎は、喜美子が愛する八郎そのものだった。
自分は今も、こんなにも八郎を愛している。
喜美子は再認識していた。
その言葉を見つめる喜美子を、八郎は見惚れていた。
この気の強そうな喜美子が好きだった。いや、好きだ。
2人の気持ちは絡まり合い、磁石のように引き合うのを感じた。
でも、
手を繋ごうとしてもできない。抱きしめたいのにできない。
心は抱きしめたくてたまらなかった。
なのに、体は動かなかった。
お互い陶芸家としての自分が体を動かすことを許可しなかった。
「身体、大事にしてな。」
この言葉を言うのが精一杯だった。
ほな、な。
うん、ほな。
そう言って別れた。
喜美子は、歩き去る八郎の後ろ姿をいつまでも見ていた。眺めていた。
本当なら、追いかけたかった。追いかけて後ろから抱きしめたかった。
でも、できなかった。
八郎も、振り向きたかった。
駆け戻って喜美子を抱きしめたかった。どこにも行かん!そう宣言したかった。
でも、できなかった。
そうするには2人の距離は近すぎたのだ。
お互いが小さくなった頃、喜美子はようやく俯いた。
土の上に黒い斑点がいくつもついていた。
八郎は走り出した。
息が切れて走れなくなった所で躓いて転んだ。
「イタタタ…」
足首を押さえながら、八郎も泣いていた。
2人は、お互いのことを思いながら泣いた。誰にも見られない所で声を上げて泣いた。
信楽の土だけが、その涙を受け取ってくれた。
数日後、喜美子は工房で土を練った。
新しい作品を作るためだった。
八郎のいない世界で自分が何ができるのか。
「やめたらあかんよ」
その言葉を手に力を込めて反芻した。
し続けなければならないと思った。
八郎も京都で荷物を解いていた。
喜美子も武志もいない世界で、自分は歩き続けなければならない。
心に強く誓った。
ふたり、ふと空を見つめた。
この空がお互いの地に続いていると信じながら。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?