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短編小説:じゃがいも(4)~ドラマ9ボーダーより~

次の日の明け方、私は農作業の準備のため日が昇る前から起き始めていた。
外を見ると、コウタロウさんが、テラスにいるのが見えた。

「おはよう」

後ろから声をかけるとコウタロウさんは振り返り、溢れんばかりの笑顔でおはようと返してくれた。

「何してるの?」

「綺麗だなあって思って。この、夜と朝の境目ってホッとするんだ…僕みたいだなって」

「僕みたい?」

「うん。夜なのか、朝なのかすごく曖昧。どっちでもないこの境目。僕みたいにはっきりしない」

コウタロウさんは立ち上がり、伸びの姿勢をした。

「僕さ、記憶がないじゃない?どこの誰だかも、今までどんな人生を歩んできたのかも、さっぱりわからなくてはっきりしない。何もない。だから…僕がいていい場所がわからなくて…それで、この夜の境目を勝手に友達にしてるんだよね」

そう言って振り向いたコウタロウさんはさみしそうに笑った。
私はコウタロウさんの言う、夜の境目をじっと眺めた。

「怖いの?」

私は、そっと問いかける。
コウタロウさんは、驚いた顔をした。

「私は怖いよ。広大のいない未来に踏み出すことが。怖くて切なくて、悔しくて虚しくて、とんでもなく怖い」

私は夜の隙間から白さが滲み出てきた景色をもう一度見た。

「だからね、私はコウタロウさんを道連れにしようとしたの」

「うん」

「わかってたか……記憶のないコウタロウさんを利用して、広大の代わりをさせようとしてた。酷い人間だよね」

「それでも良いかなって思ってた………あのね、僕のこと見たことがあるって人に話を聞いたんだけど、どの人の印象を聞いても僕は悪そうな人なの。で、漠然としてるんだけど、多分そうなんだよ。悪い人なんだ。だから、色んなことがわかる東京が怖くて帰りたくない気持ちもあって…僕もみどりさんや博紀さん、翔太くんを利用した。酷い人間だ」

そう言ってコウタロウさんはその場にうずくまった。

「やまない雨はない、明けない夜はない。本当だよね。どんなに前を向きたくなくても、勝手に未来はこちらに容赦なくやってくるんだもん。ふざけんなだし、怖いよね。そのスピードが。
でも、目の前にはジャガイモ畑が広がってて、植え付けを今日にでも始めないといけない。いやでも、明日を見ないといけない。勝手にやってくるのよ、明日は。そしたらさ、仕方ないじゃん?」

「仕方ない?」

「そう、仕方ない。怖いけど嫌だけど、明日は勝手にやってくるんだからさ、仕方ないじゃん、だって、ジャガイモ植えないと私たち食べていけない」

そう言って私はあははと笑った。

「コウタロウさん、写真撮ろうよ」

そう言って私は、コウタロウさんの返事を待たずに、隣に立って写真を撮った。

2人で確認すると、まだまだ暗いので、私たちは真っ黒だったけど、後ろの白みが強くなっていた景色にはよく映えていた。

「明日がやってきてるんだね」

コウタロウさんが呟いた。

「そうだね。こんな真っ黒、真っ暗な2人だけど、明日はやってきたね」

そう思ったら、何だか面白くなってきて、2人で笑い合った。

「…僕、明日東京に帰ります」

ひとしきり笑った後、コウタロウさんが、少し凛々しい顔で、そう宣言した。

⁂⁂⁂⁂⁂⁂⁂

「忘れ物ない?」

「ない」

夫は農作業の手が離せないので、私が空港までコウタロウさんを乗せて行くことになった。

「翔太バイバイ」

「バイバイ♪」

翔太が笑顔で手を振る。

「うわ、なんか寂しい。もっと泣いてくれるのかと思ったのに」

「だって、また会えるもんね?翔太」

「え?」

コウタロウさんが高い声を出す。

「やだー!!それこそ冷たい!ここでお別れだと思ってたの?!」

そう言う私の言葉に後押しされるように、夫が2枚紙を渡した。

「1枚は、うちの住所と、俺たちの電話番号。もう1枚は、コウタロウ君の連絡先を書いてほしい。ジャガイモ、送るから」

「どうして」

「どうしてもこうしても、コウタロウ君には世話になったから。お礼の品送るのは当然だろ?でも、だから、必ず返事を寄越すように。いいね?」

夫は何故か教師のようにコウタロウさんに念を押した。
それがおかしくて私は笑いが止まらなかった。

「わーーーーーーーーーひろーーーーーーい」

我が家を出発して、コウタロウさんが車の窓を開けて大きな声で叫んだ。

「それ、来た時も言ってなかった?」

「言ってたと思う。でも、どれだけ言っても足りないくらいだよ」

ふふふ、と2人で笑い合った。

「コウタロウさん、ありがとうね。私、しっかりお礼言ってなかった。コウタロウさんが居てくれたから、色んなこと乗り越えてはないけどここまで来れた。そうじゃなかったら、私たち家族は、あの家の中でただただ、泣いてたよ。容赦なくやってくる明日にも立ち向かえなかった」

「僕も、来てよかったです。過去のない自分の中身を見つけるのが怖くてここまで逃げてきちゃったけど、逃げてよかったな。ジャガイモ、美味しかったし。こんなひろーい北海道、感じることもできたし…って、あ!!」

突然大きな声を挙げたコウタロウさんに、私は驚いてしまった。

「広大さんって、この土地そのものなんだね」

「え?」

「広ーーーーくて、大ーーーきくて。広大さんだ」

この土地に広がる広大な田園風景。
そうだった。
『広大』と言う名前は、この広い土地のように大きな人間になってほしいと願ったんだ。
私は運転をしながら、涙を抑えるのに必死だった。
そんな私を見て、隣でティッシュを渡そうかどうしようかオロオロするコウタロウさんがおかしくて、今度は笑い出した。

「泣くの?笑うの?どっちなの?」

「どっちもだよ!!あーー面白い!ありがとう」

そんなやりとりをしながら、空港に着き、荷物を渡す。

「じゃあ、コウタロウさん、またね」

「…またね、って言っていいのかな」

「言ってよ。当たり前じゃない。んで、こっちきた時は『ただいま』って言うんだよ」

「そうする」

コウタロウさんは、笑いながらそう言った。

「きっと、絶対、東京でもただいまって言える人がいるから!あ!それで!東京着いたら、ぜっったい、電話ちょうだいね。心配だから。いい?さっきの紙、洗濯したらダメだよ」

私は力の限りコウタロウさんを見送った。

空港からの帰り道、周囲に広がる田園風景に目をやる。
見慣れた景色。とてつもなく広く、これから襲ってくる毎日の作業のことを考えるとうんざりするくらい広いこの土地。
大切な息子と同じ名前の、広大な、広大なこの北海道の土地で、私はこれから生きて行くんだ。

「♪僕は知ってるよ、ちゃんと見てるよ、頑張ってる君のこと」

コウタロウさんが歌ってくれた歌を口ずさみながら、私は、この広大な土地に溶け込んでいった。
(終わり)

あとがき
これは、ドラマ「9ボーダー」のサイドストーリーです。
記憶喪失のコウタロウが、家族かもしれないと連絡を受けて北海道を訪ね、何の連絡もなくしばらく帰ってこなかった第3話から、妄想しました。
これは私の完全な妄想であり、本編とは全く関係がありませんので、ご了承下さい。
なお、このお話は4話の時点で書いているお話です。自分で書いておきながら、もしかしたら家族を探しには北海道に行ってないんじゃないか?とかちょっと4話の時点で既にコウタロウに振り回されてます(笑)今後の展開が楽しみです。





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