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短編小説:手が届く月(2)〜いちばんすきな花サイドストーリー〜

「純恋??」

森永君に話しかけられて、私はハッとする。

友人の森永君に誘われてご飯を食べて、少し散歩をしていたのだ。
私たちは小さな公園にたどり着いていて、そこには池があった。
今日は月がキレイで、水面に月が映り込んでいた。

「純恋も結婚しちゃうんだなあ。仲間で最後まで残った2人だったけど、ついに俺もひとりぼっちか」

そう言って森永くんは池に石を投げた。

「ぽちゃん」

と言う音と共に、池の月は割れて粉々になる。

「寂しい?」

私は森永くんの隣に座り込む。

「おお、寂しいなあ!みんな俺を置いていくんだもん。つるむ友達どんどん減る」

「私は結婚しても、森永君とは友達だよ?椿君も、結婚しても友達なんだから、集まれば良いって言ってくれてるし」

「…純恋さあ、それ本気で言ってる?」

森永君が真顔で私を見た。

「俺は嫌だよ。奥さんが、異性の友達とホイホイ遊びにいくなんて」

「ホイホイって、だって、私と森永くんは友達じゃん」

「そうだよ、友達だよ?でもな、俺は男。純恋は女の人なんだよ」

「…なにそれ」

「それが世間なんだよ。それにさ、純恋、椿さんに俺を会わせようとしたことある?ないよな?心の奥底で、あるんだよ、罪悪感。だから会わせないんだよ。友達なら気軽に紹介できるだろ?」

「そんな事考えたこともなかった。そう言う存在ってことだよ。そう言う考え方だってあるでしょ?」

森永君とそんな言い合いをしながら、私は心地よさを覚えていた。私は森永くんの考える事を理解することができる。
だから、言い返せる。

じゃあ椿君は??
私は椿君が好き。
でも、考えを理解できるのは森永君。
友達でいたいのは、森永君。
でも、一緒にいたいのは椿君。
私は訳がわからなくなっていた。

その時、森永君が私を抱きしめてきた。

「そんな不安そうな、壊れそうな顔すんなよ!」

そっか……私は、不安なんだ。
椿君と言う月に手が届かなくて、不安なんだ。
2人でいても1人でしゃべっているような気がして、不安なんだ。
2人組になれるのか、不安なんだ。

私は、思わず森永君の背中に手を回していた。
池を見ると、さっき割れていた月が戻っていた。

私は、手の届く月に手を伸ばしてしまった。
縋ってしまった。

「何してるの?」

森永君が話しかけてきた。
慣れ親しんだ部屋、学生時代から何回もこの部屋で過ごした。でもこのベッドに横になるのは初めてだった。
友達の森永君のベッド。
そのベッドの窓から見える月に手を伸ばして、月を掴もうとした。
でも、月は掴めなかった。

「当たり前じゃんね」

私は自分に言った。
涙も出なかった。
私はベッドから出て、着替え始める。

「帰るの?」

後ろから森永君が声をかける。

「うん、帰る」

「なあ純恋、結婚しようよ」

「なんで?しないよ?森永君とは友達だもん」

森永君が固まったのがわかった。

「……じゃあなんでついてきたんだよ。俺に抱かれたんだよ」

「だって、こう言う事になっても、森永君は友達のままだった。そう言う事……ごめん。私、トリカブトなんだよ」

そう言って振り返らず森永君の部屋を出た。

私はやっぱりトリカブトだった。
自分のしたことは、周りの人をただ、ただ壊しただけだった。

自分がトリカブトのように、全身から毒を出しているようで、自分が怖くなってシャワーでゴシゴシ洗ったが、全く毒は消えなかった。
口にするものも全て毒に変えちゃうんじゃないかと思って、誰とも喋らなかった。接しなかった。

「純恋、話がしたい」

3日ほど経ったところで、森永君から連絡が来て、私は会いに行った。
3日しか経っていないのに、何年も会っていなかったかのような距離感が私たちに横たわっていた。

「ごめん!!」

私が席に座るなり、森永君は頭を下げてきた。

「ちょっと、やめてよ」

私はあまりの豪快な動きに周りの視線が気になってしまい、小声で諭すように森永君に話しかけた。

「だってよ、あの時のことは俺が誘った形だったのに、純恋を悪者にしちゃったから……俺最低じゃん?そんな人間にはなりたくなくて、純恋とちゃんと話しようと思って」

私に釣られるように、森永君はメニューで口を隠しながら私に小声で話しかけてきた。

すごく重要な話をしてるのに、なんでこの人は小声で話してるのかなと思ったらおかしくなってきてしまった私は、1人で豪快に「あははは」と笑った。

「ありがとう。でもごめんね。私、椿君が好きだったけど、結婚することが不安で…椿君はいつも優しいけど、何考えてるのかよく分からないところがあって…それで……」

「それで、手の届きやすい俺に役が回ってきた訳か」

「ホント、ごめんなさい」

今度は私が豪快に頭を下げた。

「いや、これ恥ずかしいな。ホントやめてくれる?」

小声で森永君が諭すように話しかけてきた。

それがおかしくて、今度は2人で笑った。
その後は、学生時代のどうでも良い、何がおかしいのかもわからない話で2人で笑い転げた。

「俺な」

「うん?」

「俺、純恋とこう言う話するの好きなんだわ。俺が聞かなくても良いようなどうでも良い話なんだけど、それが楽しいんだ」

「そうだね。楽しい、うん。たのしいな」

「本当は今日、純恋と別れる覚悟できたんだよ。それだけ純恋を傷つけたし、俺も傷ついた。
でもさ、よく考えたら、友達に別れ話ってないよな。どうやって別れるんだよって思ったら、ああやって頭下げるしかなくてさ。そしたら純恋、笑ってんじゃん?やめてよって。そしたら俺たち、やっぱり友達なんだなって思ってさ」

「友達って何だろうね」

「そうだな、何だろうな。でも、俺は純恋の隣で気兼ねなく笑っていられる。オナラもできる。親に言えない秘密も言えるし、その秘密を聞くこともできる。純恋の味方にもなれるし、先生にもなれる。喧嘩も出来るし、絶交もできる。
でも、たまにこうやってくだらない話をしていたいんだよ。多分、そこに誰か加わっても変わらない。2人でも変わらないけど、そこに誰か加わって3人になったとしても、俺たちは俺たち。3人から2人に戻っても何も変わりがない気がする。
まあ…なんだ?一線超えちゃったから、ちょっとアレだけど…」

「ははは、なんか、都合良くない?」

私は少し嫌味を言った。

「そうかもな。俺の願望。でも、都合いいのが友達なのかも。変な意味じゃなくてな」

「そっか、私たち都合のいい相手なのか」

なんだか妙に納得してしまった。

「でな、純恋、この前家出る前に、トリカブトの話したじゃない」

「ああ、トリカブト…」

私の中で渦巻くトリカブトの毒。その毒を撒き散らしたくなくて、私は自然に体をギュッと固めていた。

「何の意味かわかんなくてさ、後で調べたんだよ。そしたら、トリカブトって漢字で菫って書くんだな。だから、自分のことトリカブトって言ったんだなってわかって。トリカブト、怖えなあ。世界最強の植物で、花粉も毒あるんだって!昔の毒殺によく使われたらしいな。すげえ植物、この日本にあるんだって思ったら、面白くて」

「え?面白い?」

「うん。面白いじゃん。綺麗なのに、全身毒なんだぜ。どこまで自分を守れば気が済むんだよって話だ。花でさえ、自分を守るのに必死なんだなって思ったら、面白くてさ」

「面白いんだ…なにそれ」

「それにさ、トリカブトって熱を加えると鎮痛剤になるんだって。そういうもんだよな、どんなものにも二面性がある。だから、純恋はそのままでいいんだし、第一、漢字違うじゃねえかよ。根本間違ってんぞ」

今までトリカブトの自分が嫌で嫌で、毒を撒き散らさないようにしてきたのに、この人は、その毒が面白いと言った。
私のトリカブト問題を解決もしないで、漢字の間違えを指摘してきた。

その瞬間、私のトリカブトの毒が少しだけ抜けたのがわかった。

「あははは、ホントだね。私、スミレって読むだけで、勝手にトリカブトぶってたわ」

「ホントだよ、純恋、トリカブトに謝った方が良いぞ。俺も頭下げてやるから。さっき、リハーサルしたしな」

「なんで森永君と謝らなきゃいけないの」

そう言って今までの事を笑い飛ばした。

2人で店を出て、じゃあね、と別れようとした時、言いにくそうな顔をしながら、森永君がモゴモゴしていた。

「なに?何モゴモゴしてるの」

「…あのさ、俺が言うのもなんだけど、純恋、椿さんとちゃんと話し合った方が良いぞ。純恋の悪いところは、自分が悪いんだって全部背負う所。確かに今回のは俺も含め純恋が悪い!でもさ、純恋には純恋の言い分もあるだろ?それ、ちゃんと話してこいよ。その上で、純恋がトリカブトなのかどうか、俺が判定してやるから」

「うん…そうだね」

「じゃあな、トリカブトちゃん!」

そう言って森永君は、手を挙げて帰って行った。

月が新月になって空に浮かんでいた。(続く)

あとがき
これは、ドラマ『いちばんすきな花』のサイドストーリーです。
一話で、このお話の主人公である純恋が、婚約者である椿さんをバッサリと裏切ります。
その時の純恋側の気持ちに少しだけ寄り添ってみました。
もう少しだけ続きます。よかったら読んでください。

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