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キンツクロイ 番外編

これは朝ドラスカーレットの妄想小説です。今回は、本編終了後の喜美子と八郎の話です。


「ふふふ」

八郎がみかんを食べながら突然笑い出した。

「なんや突然気色悪い」

喜美子は少し体を離す仕草をした。

「あ、いや、ふふ。武志が僕の新人賞の赤い皿を割ったこと思い出してな」

「あー、あったなあ。見事に割れてたなあ」

「きれーに粉々や。あの時な、自分で割ろう!って意気込んでたのに、突然現れた武志が。くくく」

「それでそんなに笑えるかあ?」

喜美子もいつの間にか笑っていた。

「前にな、和食器セット、覚えてる?銀座の個展で作った」

「うん。覚えてるよ」

「あれを実際に使てる人に会いに行ったことがあってな。それまでの僕は、家を出た事と、陶芸家として前に進めなかった事がごちゃごちゃのぐるぐるやった。だから、喜美子にも武志にも会わんかったし、連絡もせんかった。できんかった」

喜美子は、視線をこちらに向けたままみかんを連続で口に入れていた。片手間に聞く事でこちらが話しやすい雰囲気になるよう気を遣ってくれているのがわかった。

「でな、その食器、割れていて金繕いされててな。ものすごく素晴らしく繕ってあったんよ。ありがたかった。大事に使ってもらってるって思ったら胸が熱うなってな」

八郎は自分の拳を胸に当てながら、続けた。

「でもな、その器は僕が作った物やけど、もう、他人のものやった。そん時思ったんや。
これが、僕のやりたかったことやなかったんかって。他の人の手が入ることで完成される器。割れてしまうこともあるかもしれない。使っていくうちに色も変わっていくかもしれない。
でもそれは、使う人の気持ちで器が変わっていくってことや」

喜美子は黙って聞いていた。

「そしたらな、あれだけ壊して前に進むことは自分のやり方じゃないって思い込んでたのが嘘のようにどうでも良うなってな。もちろん、壊せへん作品もあるで。でも、絶対に壊さない作品もない。変なこだわりをそぎ落とせたんや。
陶芸家として成し遂げられないのも、喜美子や武志に会いに行かへん頑固なのも自分。って思えるようになって…気がついたら喜美子に会いに信楽にいてた」

八郎はみかんを一つ口に入れた。

「キンツクロイか…」

喜美子が呟く。

「うちな、穴窯がうまく行ってお金に困らんようになった頃、うちの作品がどんな人が買うて、どうな風に使うて…って言うのがな、住田さんに言われる値段にした途端にわからんようになってん。作りたいって言う気持ちの衰えはなかったけど、中身が追いつかんかった。
その頃に、ハチさんが信楽に来るようになって…あれや、すき焼き」

八郎が久しぶりに信楽で喜美子や信作、照子と食事を共にした時のことだった。

「ああ、すき焼きな。アンリさん、楽しい人やったな」

「そう、アンリさんに言われてん。
『誰かのことを思うこと。寄り添うこと。背負ったりすることで自分の人生が豊かになる』
そう言われた時に、うちは、またハチさんと新しい関係になりたい、そう思った。
やっぱりうちの作品の根っこはいつもハチさんやねん。ハチさんや武志を思う自分が中心におるから、作品が作れる。まあ、女性陶芸家ならではの感覚やな」

喜美子は「女性陶芸家」と言われる事にずっと抵抗を感じていたが、今はそれも良いと思えるようになっていた。

「喜美子』

「ん?」

「僕を見つけてくれて、ありがとうな」

八郎のあまりにもまっすぐな突然な言葉に、いつもの喜美子であれば照れ隠しのようにあほやん、と言う所だったが、それをせず八郎を見つめていた。

「お酒、飲もか」

笑顔で喜美子は席を立ち、お酒と器を用意した。ペアのビール用陶器だ。

「どうしたんこれ。作ったん?」

「うん。陶芸教室でな、生徒さんと一緒に作ってん。これで飲もうや」

2人で笑顔で乾杯をした。

器には、二羽の鳥が湖の上を優雅に飛ぶ絵が描かれていた。

あとがき
「たくさん話しよな」そう言って長崎に発った八郎と喜美子のその後を描きたくて書きました。
この様に、私の妄想力を掻き立ててくれる朝ドラスカーレットに改めてお礼を言いたいです。
なお、これは私の完全なる妄想です。本編とは全く関係がありませんのであしからずです。




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