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マスキングテープ(2)〜way you are〜

私は心の声を吐露してしまって慌てて外に飛び出した。

太陽が私を照りつけた。

『お前の仮面を剥がしてやるぞ』

そう言われているような気がして、私はあてもなく歩いた。
どこに行っていいのわからないままウロウロして、私は小さな公園のベンチに座り込んだ。

その公園は小さすぎて遊具もないからか、人気もなく、脇で流れる小川の水音が聞こえる程、静かだった。

「やっちゃった……」

私は仮面を剥がしてしまった自分を悔いてその場で項垂れていた。

「田所さん何してんすか?」

後ろから声をかけられた。
あの声は仲林くんだ。
見てわかんないかな、私は落ち込んでるんだよ。
声かけるなオーラ醸し出してるでしょ?

私は無視を決め込んだ。

「田所さん」

仲林くんが今度は目の前に現れた。

「わあ!」

私は驚いてしまったので、もう無視は出来なかった。

そんな仲林くんはスマホを見つめ、その画面を私に見せた。

「なんか、みんな田所さんが突然でてっちゃったから心配してますよ。外に出てる僕に探せって指令が来てます」

「……あのさあ。私一人でここに居るのよ。めっちゃ話しかけづらいオーラ出してたよね?なんで話しかけたの?んで、人から来たライン私に見せるってどう言うこと?素直すぎるのよ、仲林くん」

私はもう、心に蓋をするのを忘れてしまったかのように、仲林くんに言葉をぶつけていた。

「あははは。すみません。こう言う性分なもんで。あ、そうだ。これ飲みます?さっきもらったんです」

そう言って私にブラックの缶コーヒーを手渡した。

「要らない。私コーヒー嫌いだもの」

「えぇ?!いつも飲んでるじゃないですか」

「あれはカッコつけてんの。コーヒー嫌い!仲林くんも嫌い!!あの颯爽と自転車乗ってる人も嫌い!みんな嫌い、嫌い!何が嫌いって、こう言う感情隠し通せない私が1番嫌い!最低!!!!」

私は地面に向かって叫んだ。

もう終わった。
今までしっかりと仮面をつけていい人を演じていたのに、これで私はただのひねくれた人に成り下がった。

仮面は地面で粉々に砕け散っていた。

「そっかあ。俺のこと嫌いですか。ショックだなあ」

そう言いながら、仲林くんは私の隣に座って、ブラックコーヒーを私の手から取り上げ、蓋を開けて一口飲む。

「苦っが!俺もコーヒー苦手なんですよ」

そう言ってははは、と笑った。

「俺ね、仕事覚え悪いじゃないですか。それは昔からで。しかもさっきみたいに空気を読めないから、話しかけちゃいけない人に話しかけたり、言っちゃいけないこと言ったりしちゃうんです。わかってるんだけど、直らなくて。
だからね、俺も、自分のこと嫌いだったんです」

仲林くんはそう言って立ち上がり、コーヒーを一気に飲み干す。

「っだーーーー!!!!苦ぇ!!!!!でね、そんな時、田所さん俺にマスキングテープくれたんですよ」

「あの青い?」

「そう。あの青いマスキングテープを大事な書類に付けるようになってから、俺、ミスが減ったんです。怒られる回数も減ったし、そうなると、今まで悪かった物覚えも少しだけ、良くなってきてるような気もして。
だからね、俺にとってあの青いマスキングテープは、魔法のテープで、それを俺にくれた田所さんは魔法使いなんです。
以来、俺、ポッケにマスキングテープお守りみたいにずっと入れてるんですよ」

そう言って仲林君は、ポケットから青いマスキングテープを出してきた。

「田所さんは自分のことが、俺のことが嫌いかも知れないけど、俺にとって田所さんは、魔法使いなんです」

仲林君は、青いマスキングテープを、そっと私の掌に乗せた。

綺麗な青色だった。
そんなマスキングテープをお守りにしている仲林君は、カラフルが好きな素の私を、少しだけ受け入れてくれてるのかもしれない。
そう思ったら、ちょっとだけ笑顔になっていた。

「……ごめんね。嫌いだなんて言って。本当は違うの。素直な仲林くんが羨ましかったのよ。妬みだな。最低」

「わあ、良かった!魔法使いに嫌われたから、俺、切なかったんです」

「ごめんね。完全に八つ当たり。それにしても……ポッケって保育園児?」

私はケタケタ笑っていた。

「突っ込む所そこですか?!いいじゃないですか、ポッケだもん!」

そう言って仲林君は少しふくれた。

「そっか…でも、嫌いにも色々ありますもんね。
せっかくだから、嫌いなもの選手権しますか?」

「嫌いなもの選手権?」

「そう、どんなものも嫌いな面ってあるじゃないですか。それをなんで嫌いなのか話していくの。制限時間は10秒」

「え?みじか!」

「そのくらいが、ちょうどいいですよ。本音が出る。じゃあ、自転車乗ってる人!」

「え?あ、なんか颯爽と走ってるんだぜって優越感感じるから」

「虹!」
「綺麗すぎる!」

「コーヒー!」
「苦い!」

「今時のかき氷!」
「映えによせすぎ!んで高い!」

何をやってるんだろうと思ったが、だんだん面白くなってきて、私と仲林くんは思いつく単語を出し合っては、それの嫌いなところを言い合った。

「じゃあ、今度は同じもので好きな所をいいましょう!はい!自転車!」

「え?好きな所?颯爽としている所」

「虹!」
「綺麗」

「コーヒー!」
「ホッとする苦味」

「今時のかき氷!」
「見た目がいい!フワッフワで食べたくなる」

ここまで来て、仲林くんが笑い出す。

「え?なんで笑うの?」

「田所さん、咄嗟に出る言葉だから、覚えてないかもしれないですけど、好きな理由と嫌いな理由、ほぼ同じこと言ってますよ」

確かに。
自転車は、颯爽と走る姿が羨ましくもあり、妬ましくもあった。

なんだ、同じ言葉を、違う感情で表しているだけなのか。
好きと嫌いはこんなに共存してるんだ。

嫌いな感情に私はいつも蓋をしてきたけど、する必要なんてないのかもしれない。
二つ合わせて、私なのだから。

「ああ、たくさん喋ったから、喉乾きましたね。ジュース飲みません?奢りますよ」

私たちは連れ立って自動販売機に立ち、仲林君は、ブラックコーヒーを選ぶ。

「コーヒー嫌いなんじゃないの?」

「それが、さっき一気飲みしたら、なんか爽快で。俺、大人の階段登っちゃったかもしれません」

「何それ」

そう言って私は、迷うことなく、甘い、甘いミルクセーキを選ぶ。

小さなことだけど、好きなものを迷いなく選ぶ。
私のとっては大きな一歩だ。

後ろを見ると、先程砕け散って粉々になった仮面が、キラキラ色とりどりに輝いていた。

「じゃあ帰りますか。みんな心配してます。ほら」

私にまたしても自分のスマホを見せる。
画面では、私の心配をしてくれている文面がたくさん載っていた。

「田所さん、俺だけじゃなくて、みんなの魔法使いなんですよ。でも、今みたいに、嫌いなものをずけずけ言う田所さんも素敵ですよ。とても好きです」

この子は、またしてもこうやって素直に物を言う。

「そう言う所!素直すぎる!んで、そうやって人の文面勝手に見せちゃダメ!」

「ひゃーーー、怒られたっ」

仲林君は、楽しそうにスキップしながら、帰り道を誘導してくれた。

「仲林君、ありがとうね」

私は仲林君の背中にそっと呟いた。
きっと私の声は彼には届いてないだろう。
いいんだ。
今日は、私が少しだけ素直になった記念日だから、自分にさえ聴こえていればいい。

まだ掌にあった青いマスキングテープを、私はぎゅっと握りしめた。

あとがき
これは、松下洸平さんのway you areと言う曲から着想を得たお話です。
きっと誰もが仮面をつけて生活しているし、その仮面で辛い思いもしていることもあると思います。
小さなことでも、ありのままの自分を認めてあげよう。
そう言っている曲だな、と思って書きました。
今回もお付き合いいただきありがとうございました。

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