短編小説:じゃがいも(1)~ドラマ9ボーダーより~
一通りの家事を終えて、孫の翔太を寝かしつけた後PCの電源を入れる。
そのまま慣れた手つきで警察のデータベースに進む。
行方不明の息子の消息を探す為だ。
息子が突然消息を絶ったのは、2ヶ月ほど前。
幼い息子の翔太を家に残したままだった。
それからというもの、私たち夫婦は藁をもつかむ思いで、毎日毎日色々な所に聞き込みに出かけ、そして同時に警察の行方不明者データベースで息子が発見されていないかと調べる毎日だった。
何が原因なのか、どうしていなくなったのか。
可能性はいくつも考えたが、考えれば考えるほど全てのことが原因に思えるようになり、尚更、息子の消息を訪ね歩いたり、痕跡を探したりする事が自分たちの仕事のようになっていた。
そうせざるを得なかった。
そんなある日、東京都のデータベースを眺めていると、息子とよく似た背格好の青年が上がっていた。
心臓が跳ね上がる。
息子かもしれない!
そう思ってすぐさま警察に連絡を取ると、私が見つけ出した息子らしき人は怪我が原因で記憶喪失になっていて、過去の事を覚えていないのだと。なので、警察側で身元確認する事ができないが、相手側も自分の身元をはっきりさせたい思いがあり、遠く北海道まで足を運んでくれるとの連絡を受けた。
毎日毎日息子を探し回る日々に終止符が打たれるかもしれない。
浮き足立つような、地面に潜るようなそんな両極端な感情を持て余しながら、面会をお願いした警察署に夫を連れ立って出かけた。
「…初めまして」
おずおずと挨拶をしたその青年は、確かに息子と背格好、顔かたちまでよく似ていた。
だが、別人だった。
本当に初めましてだった。
「こんなはるばる北海道まで来ていただいたのに…息子ではありませんでした。申し訳ないです」
私は絞り出すように言葉を発した。
また振出しに戻ってしまった。
息子はいったいどこに行ってしまったのか。
私は落胆の色を隠さず大きなため息をついた。
「ごめんなさい」
その言葉にハッとした。
目の前の息子ではない青年が、そう謝って来たからだ。
「やだ!本当にごめんなさい!貴方が謝る必要ないのに。貴方だって、私たちが家族かもしれないと期待を持ってきてくれたはずよね。それなのに、自分のことしか考えてなくて…」
「あ、いや、あの、違うんです」
早口で捲し立てる私の言葉を遮るように、青年はゆっくりと話し出した。
「勿論、違っててごめんなさいもあるんですけど…違ってて良かったなって思ってしまう自分もいて」
「違ってて…良かった?」
「僕、今の名前コウタロウって言うんですけど、その名前の生活が始まったところで、実は楽しくて。多分、多分なんですけど、こうやって何かを楽しむの、今まで無かったような気がして。なので、もう少し今のコウタロウでいたかったんです。そんな事思うなんて、よくない事だなあって思って。……でも」
コウタロウと名乗る青年は、私たち夫婦の方をもう一度向き直し、正面からじっと見つめてきた。
「だから、違うって言って下さって、ありがとうございます」
そう言って深々と頭を下げた。
90度近くまでお辞儀したコウタロウさんの背中を見つめながら、私は自然と涙が溢れていた。
私が泣いているのに気付いたコウタロウさんが、慌てているのがわかった。
涙を止めようとしたが、止めることができず、嗚咽をあげながら泣いてしまった。
「ああ…どうしよう」
コウタロウさんはオタオタしながら、右を向いたり、左を向いたりしていた。
「すみません、違うんです。コウタロウさんを責めてるわけでも何でもないんです」
言葉を開いたのは私の隣に立っていた夫だった。
「…実は、息子の消息はもう、ほぼわかってるんです」
「え?」
話して良いか?
夫は私にそっと話しかけ、私は小さく頷いた。
「息子、広大は自分の意思で出ていったんです………死ぬために。遺書もありますし、スマホのGPSも飛び込んだであろう海の場所で消えてるんです。だけど、私達は信じる事ができなかったんです。広大が死ぬわけがない。きっと自殺したと見せかけて、どこかで生きているに違いない、そう信じたかった…で、合ってるな?」
夫の問いかけに、私は再び頷いた。
「本当はわかってたんです…広大は、もうこの世にいないって事を。……貴方が、違うと言ってくれてありがとうと頭を下げてくれたのを見て、受け入れよう…そう思ったんです」
私は絞り出すように、何とか言葉を紡ぐ事ができた。
「でも…広大さんの行方はまだわかってないんですよね?」
「…それも、実は、広大らしい遺体が見つかったと、先日連絡があって…でも認めたくない私達は、コウタロウさんに会う事を優先したんです」
「その遺体が広大さんだとは決まってないんですよね?」
「はい…でも、今日あたり結果が出ると聞いてます」
「その結果なんですが」
私たちの会話に、立ち会っていた警察官が割り入るように入ってきた。
「ちょうど先ほど科捜研の方から連絡が入りました」
コウタロウを含めた皆が、固唾を飲み込んで警察官の続きの言葉を待った。
警察官は、無関係であるコウタロウさんがいるので、私達夫婦にだけ伝えようとしたが、私達が待てず、その場で言っていただくよう促した。
「見つかったご遺体は、広大さんのもので間違いないだろうと言う事です」
私は警察官の言葉を聞いて、目の前が真っ白になるのがわかった。
気がつくと、警察署の医務室なのだろうか。そこで横になっていて、顔を横に向けると、コウタロウさんが私に付き添ってくれていた。
「あ…わたし…」
「気が付きました?大丈夫ですか?」
私の声を聞いて、コウタロウさんが心配そうに問いかけてきた。
「あの、夫は?」
「…広大さんの遺体の確認に行ってます。お母さんはやめておいたほうがいいって事で、ご主人だけ」
ああ、そうか。
私は見つかった遺体が広大のものであるとわかって、気を失ったのか。
現実だったのか。
受け入れようと覚悟を決めたつもりが、覚悟なんて1つもできてなかったんだ。
私は力無く天井を見つめた。
「あの…僕、もうしばらく北海道にいようと思うんです」
コウタロウさんは、突然そう私に宣言した。(続く)
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