キンツクロイ5
三津に教えてもらった住所を尋ね、八郎はリビングに通されていた。
都内の団地マンションの一室。どこにでもある団地の風景だった。
「突然すみません」
八郎は丁寧に頭を下げた。
「いえいえ、この食器セット、ものすごく気に入っていて、ずっと使ってるんです。そんな作家さんにお会いできて、こちらの方がうれしくて・・・ただ……」
そう言うと、女性は申し訳なさそうに言葉を詰まらせた。
「割れてしまったんです。落としてしまって…でも、とても気に入っていたので、金繕いしてもらったんです」
そう言って女性は申し訳なさそうに器を八郎の前に差し出した。
「キンツクロイですか。でも、ありがたいです。そうやって使い続けてもらって。見せてもろてもよろしいですか?」
差し出された食器を触る前に丁寧に手を拭いて、八郎は静かに眺めた。
金繕いされた食器。
とても丁寧に繕ってあって、芸術的でもあった。食器も、もちろん自分が作ったものであった。
だが、長年使い込まれたが故の色、金繕いの模様。
どれをとっても、今使っている家の器だった。明らかに、自分の器ではなかった。
八郎は、それがうれしかった。
「ごめんなさいね。落としてしまって」
申し訳なさそうに女性がもう一度謝ってくれた。
「この金繕い、とても丁寧にされてますね。素晴らしいです。しかも、よく使い込んでいただいてあって、作った甲斐がありました。これからも使てください。ありがとうございます」
八郎は丁寧に笑顔でお礼をして、家を後にした。
喜美子と別れた頃、陶芸家として行き詰まる自分が情けなく、喜美子の才能を誰よりもわかっているのに、信じぬいてやれなかった事が受け止められなかった。
そうだ。
喜美子の才能が好きだった。
喜美子の才能が怖かった。
喜美子と出会った時、自分はもう陶芸家を目指していた。そんな自分に喜美子が惹かれてくれたのもよく分かっていた。
なので、陶芸家として喜美子に越される事は、自分の存在価値がなくなる。それは自分は男としても喜美子に捨てられる事を意味していた。
そんな両方の恐怖から自分は逃げ出したのだ。
なので、10年以上経った今もこうして喜美子のことを思うと針で刺されるような感覚があり、刺され続けて、体が針山のようになっていた。
金繕いされた食器を見て、食器は使う人が現れた瞬間から、その人のものになり、使っている人の色、形になると言うことを改めて感じた。
自分が目指した陶芸とは、これではなかったのか。
使う人が最後に仕上げてくれる。色形が変わることで、完成されるもの。
そう考えたら、針山のような体から、針が少し落ちるのがわかった。
家に着くと、留守番電話にメッセージが入っていた。ああ、また姉かな?そう思って再生すると、しばらく無言の後、くしゃみで音が切れていた。
「喜美子やな」
八郎は、笑いながら、つぶやいていた。
針に刺されたような感覚はまだあるが、刺された跡は暖かく背中をさすられているような感覚だった。
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