短編小説:じゃがいも(3)~ドラマ9ボーダーより~
「こーちゃろーー」
「なになになにーw」
翔太がコウタロウさんに襲いかかる。
すっかり仲良しになった2人は、いつでも2人でいた。
親子というより、兄弟のようだった。
あれからコウタロウさんは、初七日まで私達家族に付き添ってくれた。
こうたろうさんが居てくれたお陰で、私は、広大に「おかえり」を言うことが出来た。
まだまだ気持ちが落ち着くことは無いけれど、日常が戻ってきていた。
「こーちゃろー、パパ?」
夕飯を食べているとき、翔太が突然そう言い出した。
「え?」
その場にいた全員が思わず口にした。
「パパになっちゃおうかなあ~」
コウタロウさんが、翔太をぐりぐりする。
「翔太~コウタロウ君困らすなよ」
夫の博紀が、翔太に釘を刺したが、まんざらでは無いといった雰囲気だった。
「コウタロウ君はいつまでこっちにいられるの?」
「どうだろう」
コウタロウさんは、曖昧な答えを呟いた。
「僕の帰る場所、どこだろうって思い始めちゃって」
「え?どう言うこと?東京から来たんでしょ?」
私はキョトンとして答えた。
「うん…そうなんだけど…ここでこうやって、翔太君と遊んだりしてたら、こう言う生活も良いなあとか思い始めて。僕、ずっと1人だったから」
「ずっと?」
私の問いかけにコウタロウさんはハッとした顔をしながら、でもその顔は次第に困り顔に変わってしまった。
「そんな気がするんですよね。だから、僕、こう言う家族って羨ましくて、楽しくて」
「じゃあ、ジャガイモ農家、就職する?」
私達夫婦は、そんな生活も良いかもしれないと本気で思っていた。
翔太もコウタロウさんに懐いているし、このまま、この土地で暮らしてもらうのもありなんじゃ、と少し本気の問いかけをした。
「それも良いかもしれない」
コウタロウさんはふわりと笑って、そう答えた。
なぜかその後は、誰もしゃべらなくなってしまった。
夕飯の片付けが終わり、しばらくすると、荷物をバサバサといじっているコウタロウさんがいた。
「何してるの?」
「あ、うん…電話番号を探してて」
「電話番号?」
「うん、七苗の電話番号。連絡するって言ったのに、連絡してなかった」
「七苗?」
「東京のね、知り合いで、僕が北海道に家族を探しに行くって言ったら、どうなったか心配だから連絡頂戴ねって電話番号もらったんだけど…」
「あ」
ズボンのポケットからボロボロになった紙切れが出てきた。
「これだ…」
「ボロボロになっちゃったねぇ」
あちゃーという雰囲気で私が答える。
「ボロボロだねえ…まあいっか」
「え?あきらめるの?そこで?」
私はあまりに簡単にあきらめてしまったコウタロウさんにびっくりして、少し大きな声を挙げてしまった。
そして同時に、ここにコウタロウさんがいることがあまりにも心地よくて忘れてしまっていたが、彼は東京からやってきており、いくら記憶喪失だといっても、すでに彼の生活はあって、しかも、ちゃんと心配してくれている人もいる。という事実をこのボロボロの紙が教えてくれた。
私は広大の遺影を瞬時に見つめた。
「コウタロウさん、ただいまって言える人には、ちゃんと言おうよ」
私はコウタロウさんに私のそばに座るように促しながら、そう言った。
「でも…僕がここにいたほうが、みどりさんたち嬉しそうだし、翔太君も楽しそうだから」
「コウタロウさんは?」
「ぼく?」
「そう、コウタロウさんはここにいたいの?」
「・・・・・・・・」
「コウタロウさん、生きているうちは、何度でもやり直せる。ただいまも、お帰りも言える。なんでかっていうと、相手と話すことができるから。相手に伝えるべき言葉を伝えなくなった瞬間に、いろんなことを放棄することになってしまうんじゃないかな?」
その言葉は瞬時に自分に還ってきたような気がした。
私はもう一度広大の遺影をしっかりと見つめた。
「コウタロウさん、うちのジャガイモ、まだ食べたことなかったよね」
「そういえばそうかも」
「今からちょっと用意するから、夜食に食べようよ」
私はじゃがバタを作って、コウタロウさんと一緒に食べることにした。
「うわあ~おいしそう。いただきます」
コウタロウさんがジャガイモをはふはふ言いながら食べる。
「わあ!おいひい~。ジャガイモってこんなにおいしいんだ。すごいなあ、こんなおいしい野菜をみどりさんたち、作ってるんだ!すごい!尊敬!」
コウタロウさんは興奮しながらジャガイモを食べ進めていた。
「ここに来る前に、商店街で七苗とコロッケ食べて。あれもおいしかったけど、このジャガイモには勝てないなあ。たんシチューに入れるのもいいね。すごくおいしくなりそう。七苗やあつ子さんにも食べさせたいなあ」
「ほら、ちゃんと食べさせたい人いたじゃない。その人たちに、言わなきゃ、ただいまって」
私は諭すように、コウタロウさんに問いかけた。
「ジャガイモ、おいしい?」
私の問いかけに、うん、とコウタロウさんはこくりとうなずいた。
そのリアクションに、私は一旦、ふぅと大きな息を吐いて、コウタロウさんの方に向き直った。
「広大はね、ジャガイモ嫌いなの」
「え?こんなおいしいのに?」
「そう。嫌いなのよ。だから、コウタロウさん、広大と似ていると思っていたけど、どこも似てない!全然似てないよ」
実は、賭けに出ていたのだ。
もし、ここでコウタロウさんがジャガイモが苦手だったら、ここに留まってもらうよう説得しよう、そう目論んでいた。
でも、結果は「おいしい」とパクパク食べてくれた。
そう言う事だ。
コウタロウさんと広大は別人なんだ。
私は今一度、自分に言い聞かせた。
「もう一度、よく考えなよ」
私は席を立った。
ジャガイモは、少し冷えてしまっていた。(続く)
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