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蔵書印で遊ぼう

 築ウン十年の安借間をねぐらとする筆者なのだが、近頃蔵書の増加が著しく、人間の生息域を侵犯するまでに至っている。
 会う人ごとに力説しているのだが、この増え方は異常としか言いようがない。間違いなく、私の家の本は繁殖している。私の知らないところで子供を産んでいるに違いないのだ。そうでなければ、部屋の主である私が寝床と机回り以外を生活に使えていない理由が説明できない。

 ……そんなことを言っても、すべての本に買った覚えがあるのだから悩ましい。いや、私の記憶すら改変されている可能性もある。だれか私の部屋に住み込みで定点観測をしてくれないだろうか。ノーベル賞ものの発見ができるかもしれない。

 冗談はさておき、部屋の半分を本に乗っ取られた私は、この連休を蔵書整理に使うこととした。本を減らすという選択肢ははじめからないので、使用頻度の低いものを押し入れの奥にしまう作戦である。同時に蔵書目録を作成し、漏れや重複がないか確認する作業を行っている。

 目録を作るため、ひとつひとつ本の奥付をめくり、情報をエクセルに打ち込んでいく。ざっと数えても百冊を超える本が住む拙宅である。蔵書目録の完成はいつになるかわからない。
 だが、このチャンスに乗じて、私はかねてより考えていた計画の実行に移った。すなわち、持っている本に蔵書印をおすことである。

 蔵書印に聞き馴染みのない方もおられるかもしれない。本の所有者の名前などがデザインされた印章のことで、古本を買うとたまに押されていることがある。
 私も以前から欲しいなー、と考えていたのだが、機会がなく、蔵書印は残念ながら持っていない。しかし、お師匠様(私の専門分野の先生。百戦錬磨のオタク)が篆刻の蔵書印をシール用紙に押し、蔵書印ならぬ蔵書シールを作っていたことから、ひとつ思いついてしまった。
 印章がなければ、シールにすればいいじゃない、と。

 そんなわけで、蔵書印の代わりに蔵書シールを量産し、蔵書にぺたぺた張り付け、所有権を主張することにした。
 蔵書印のロマンはやはり印章であることにもあると思うので、そのうち作るつもりではある。だが、当面は家庭用プリンターで出力した蔵書シールでも、用は足りるはずだ。早速シールを作ってみよう。

 印面は以前作ったものを流用する。同人誌を出版した際、裏表紙用にデザインしたものだ。

 「港屋」の篆刻書体をベースに、周囲には錨と鯨をあしらった、我ながらお気に入りのデザインである。――鯨が鯨に見えない、というお声が聞こえてきそうだが、この鯨の元ネタであるオホーツク文化の遺物「捕鯨彫刻」の鯨はこんな感じなのである。

利尻町教育委員会 1977『利尻町の埋蔵文化財』 表紙より引用

 おわかりいただけただろうか。原作に忠実である。
 そんなわけのわからないこだわりが詰まった印を、Adobe illustratorで作成する。べつにほかのソフトでも良いのだが、拡縮しても劣化しない点などが便利なので、利用できる環境があればillustratorが一番良いだろう。

 この印をA4のシール用紙に合わせたサイズに変更する。今回は2cm×2cmのサイズにデザインを縮小し、A4用紙の全面に配置する。すると、このようになる。

 色味も朱肉をイメージした色調にしてみた。同じ模様の繰り返しにいささか眩暈を覚えるが、家庭用インクジェットプリンターで出力し、カッターでちまちま切れば、蔵書シールは完成だ。
 印面さえデザインできれば、拍子抜けするほど簡単である。

 あまりバラバラになっても使いにくいので、台紙を切らずにシール部分のみを切り取るという荒業を駆使し、十枚一連のシールに仕上げた。
 手作業のため厳密には正方形ではないのだが、細かいところには目を瞑ろう。裁断機が欲しい。

 実際に本に貼るとこのようになる。なかなか雰囲気が出て、非常に満足である。

 蔵書の収集に励む、親愛なる読書家の皆様も、手元に長く置く本には蔵書印及び蔵書シールの導入を検討してみてはいかがだろうか。
 こっそりと本に忍ばされた、ささやかな自己主張と歴史を垣間見ることができる蔵書印が私は好きだ。古本屋で買った本にも、蔵書印があると、なんだか嬉しくなってしまう。
 私は蔵書を手放す予定は当面ないのだが、どんなに大切にしても、いずれは私の死によって私の手元を離れることになる。死が私と蔵書を別ち、他の誰かの手に渡ったとしても、この蔵書シールが私の存在をひっそりと示してくれるだろう。

 ――まあ、遺品を売りはらう際には、「こんなものが押して(貼って)あるせいで、価値が下がって二束三文だよ」と不満であるかもしれないが。


 ちなみに蔵書シールにしたデザインを使った同人誌はまだ在庫があるので、興味のある方は是非お手元に一冊いかがだろうか(実に自然なステマ)。


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