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ハイチュウを見る度、メキシコに想いを馳せる。


リタは、心も美しい女の子。

「優しい」という言葉では足りない程の親切心を持つ彼女をひと言で表すのなら、「美しい」がぴったりだと思う。
沢山の魅力はあるけれど、総じて、美しい。

その美しさの根底にあるのは、紛れもなく「愛」だった。

オーストラリアの語学学校で出逢った、メキシコ出身の彼女。冒頭に女の子と書いたけれど、年上なのか同い年なのか年下なのかも分からない。思えば、誕生日のメッセージを送る時ですら、彼女が何歳なのかを気にすることがなかった。



***

語学学校では初日が肝心だ、と私は意気込んでいた。英語が話せないことで引っ込み思案になるのだけは避けたかった。

だから、入校のオリエンテーションを受けて突然先生のいないクラスルームに放り込まれたけれど、「Hi! I'm ◯◯! 」と右手を振りながら挨拶をして、聞かれてもいないのに出身地や趣味を自ら話して、英語での自己紹介というものをやってみた。昔から、意外と人前には強い。

急に喋り出した私をみんなは拍手で出迎え、クラスルームの真ん中に席を用意してくれた。周囲の人たちが順番に名前を教えてくれる。ひとまず喋れた!と、ひと安心。したけれど、、、


これはいつものことだけど、私はそれなりに溶け込んでいるように見せるのが上手い。口角を上げてそこに佇んで、目が合えば笑う。

3日目には、「あなたまだ3日目なのに馴染んでて、いつも幸せそうね!」と言われたりもした。けれど、全くそんなことはなかった。

クラスメイトの大半が話すスペイン語訛りの英語を聞き取ることが、本当に難しかった。分からないことは聞いてみるけれど、その度にテンポを崩してしまうことが気になって、それもだんだんと控えめになってしまう。

私はいつも、大丈夫ではないように見られたくない。大丈夫?と聞かれたところで、「大丈夫じゃないよ〜」と泣きつくことが出来ない自分だということを分かっているから、無駄に心配をかけたくないし気を遣わせたくないという気持ちが、いつもそうさせる。


入校して1週間が経った頃、校内のパソコンが自由に使えるスペースで、履歴書を作成しようと思った。学校を修了したらアルバイトを始める為に、在学中に先生に添削してもらおうと考え、早速取り掛かることにした。

パソコンの並ぶスペースの少し奥にある卓球台ではしゃぐ声を耳にしながら、未だに「友達」と呼べる存在のいない自分に寂しくなってくる。

考え込むことがお得意な私は、だんだんとセンチメンタルになる。そして自分の言動を振り返ってみると、自ら塞ぎ込んでしまっているのでは?と思えてきた。

張り切ったのは最初の自己紹介だけで、それ以外は誰かの会話についていこうとしていただけ。自ら流れや輪を作る努力をしていない。結局、私は待っているだけだったのかもしれない。

変わりたいなら、変えたいなら、自分が変わらなきゃ。変えなきゃ。


2つ向こうの席に、ひとりの女の子が座って作業していることは把握していた。初めて見る子だった。

あ、秘密兵器を使うなら、今かもしれない。
鞄に忍ばせているその存在をすっかり忘れていた。私は、意を決してそれを取り出す。

その名も、ハイチュウ。

「ハイチュウ持ってたら、絶対に海外で人気者になれるから!」そう言って、退職日に上司がくれた1ダースのハイチュウ。

厳選しなければならなかったスーツケースの中身に、それは特待生枠で優先的に入り込んだ。何か他の生活必需品を詰め込めるスペースに、秘密兵器であるハイチュウをどかっと詰めて、私はこの国にやって来た。


Hi! と話しかけると、すぐに分かった。彼女の明るさと親しみやすさは、返してくれたHi! の声と笑顔から、充分に伝わった。

「もし良かったら、これ、どうぞ!」

今考えると、急にハイチュウを差し出す私は、不審だったかもしれない。けれど、彼女の反応は私を喜ばせた。

「これ、日本のお菓子だよね?私、日本大好き!ひらがな読めるよ!」と、興奮気味にそれを受け取ってくれたのだ。さすが特待生のハイチュウくん。話しかけた彼女がまさかの日本好きだなんて、ミラクル。ハイチュウミラクル!


そこから、お互いの名前、出身国、クラスを伝え合った。英語の上手な彼女は上級クラスだった。そして、中級クラスの私の拙い英語を、まっすぐに目を見て、聞いてくれた。

何してたの?と聞かれたので、履歴書を作っていたと答えると、「私はもう作り終えたから、見本として送ろうか?参考にしたらいいよ!」と言って、仕事探しのFacebookページと共にそのデータを送ってくれた。

もう、感動の連続である。
こんなに親切な人がいるなんて。

更には、「今日の夜、言語交換イベントに行くから良かったらおいでよ!私の友達もくるよ!」と、初対面の私を誘ってくれたのだ。初めて参加した言語交換イベントには同じ学校の人も居て、楽しい夜だった。


その1ヶ月後には、彼女は留学を終えて母国に帰っていった。とても寂しかったけれど、彼女に出逢えたこと自体が、私のワーホリ生活での財産のひとつだ。

彼女がいなかったら、私は学校を楽しいと思えないまま終えていたかもしれない。心を開いて、受け入れて、親切にしてくれた彼女には、本当に感謝している。


そして、その後新しくできた私の友達とリタは、恋人関係にあった。今は色々あってお別れしてしまったけれど、ふたりが付き合っていることを話してくれた時は、本当に嬉しかった。人として素敵な人同士が好き合っているということが、何より素敵だと思った。

リタが帰国後に行った、国境を超えた彼女へのバースデーサプライズ秘話には心の底から感動して、やはりリタは美しい人だな、ということを改めて感じた。



リタとは時々連絡を取り合う。
最近は少し間が空いていたけれど、先日久しぶりにリタからメッセージが届いた。彼女がメキシコで元気に暮らしているということが分かって何よりだった。英語をマスターした彼女は、今はドイツ語を学んでいて、コロナが終息したらドイツ旅行に行くことが楽しみらしい。

私もいつか、彼女の住むメキシコに行ってみたい。彼女に出逢うまでは、メキシコという国に興味を持ったことはなかったけれど。いつか写真を送ってくれたあのカラフルな街を、歩いてみたい。

手土産にハイチュウを持って彼女を訪ねられる日が来ると信じて、もう殆ど忘れてしまった英語を、また勉強し直そうと思う。



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