時間感覚。

一日は長くて、一週間は早くて、一カ月は早くて、一年は長い。
わたしはこういう時間感覚で生きているように思う。
今日、友人と、時間感覚の話をして、成程、改めて考えてみると、それぞれの春秋カテゴリについてなかなかフレキシブルに考えていることが分かる。がばがばだ。一日は長いのに一週間は早い、というのは考えてみれば不思議である。一日一日が長く感じるのであれば、それが積み重なれば、一週間も長くなるのが必然だろうからだ。

食事のような感知なのかもしれない。何を言ってるんだろうか、と思われるかもしれない。わたしも同じく首をかしげる。非常に形而上的な手触りだからだ。

なんといえばよいのか、これはわたしがご飯食べるのが遅めだからなのかもしれないが、あれだけたくさん入っていたご飯も、気づいたときにはもうこんなに少なくなっている。
目の前にあれば長く感じるけれどメタ視点に立つと一瞬だなと。そういえば、極端な単位ほど、わたしは長く感ずる。不思議だな。なんでなんだろう。

時間というのは誰もが同じものではなくて、人によって長さが変わるものだと思う。アインシュタインの時間論みたいな学術的計算論理に基づいたものではなくて、非常に感覚的なものだけれど。案外に、日常って、ぼやぼやしたものに包まれている。行っている行為によって、時間は容易に伸び縮みする。それを人それぞれ調整して日々を送る。
朝、遅刻寸前でダッシュして、流れを速やかにする。ただ、謎めいたもので、間に合った瞬間、時は非常にねっとりとするのだ。重たさが復活する。あれは何だろうか。
夜、趣味をしたりルーティンをこなすことで、流れを緩やかにする。眠った瞬間時はまたスピードを取り戻す。各人それぞれの生み出す速度から時間は解き放たれて本来のペースで流れていく。

訳の分からないことをつるつると書いたものだ。
時間って面白いね。

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