見出し画像

『夜に漂う』 詩のようなもの/まとめ


入り口

真っ暗な夜の部屋には
ぼんやりとした黒が浮かぶ。
モヤのような黒に
重たい機械音が響く。

眠らない夜に
ジクジクと滲む黒が映る。
朝の鳥のさえずりが、
車の通る音が、
どうしてこれをかき消せるのか。

重たい機械音は、
ビクビクと跳ねる屍を追いかけて、
じっとりと耳に溶けていく。

隣人の足音にうつろうつろ
時折目を覚ましつつ、
夢で鳴り続けた鉛のような音に
再び溶け込んでゆく。

鳴るがままに、溶け込んでゆく。


喪失

暗闇を
手探りで歩く
夜廊下

もう居ない影を
踏まないように

夜影に惑う幸福

夜の回廊を歩く。
薄いベニヤ板のような壁に手を触れて
細い廊下をつたっていた。
回廊に障害物が無いことを
私は知っている。

ただ、影を踏むのが怖かった。
踏んではならぬ面影に
噛み付かれるのを恐れていた。

回廊を抜けて、
光の差す階段に左足をかけると、
私を脅かしていた面影が
かつて私の全てを許していた、
愛の塊であったのだと
暗闇の回廊の真実を突きつけた。

抵抗も虚しく、
影は過去へと戻って、
恐怖は
愛になってしまった。

暗闇の中の影に恐る夜は
夢の旅路を歩んでいた。
失われた愛よりも
生きた恐怖の面影の消滅に
私は肩を落としていた。


防衛本能

近づくほどちかちか光る。
赤く赤く、視界が染まる。

吸い込まれるように足を動かした。
さぁ、カランと冷めたドアノブに
力一杯手を掛けて。

視界を赤く染める叱責に
目を瞑る。
あぁすまない、碧落の如き渇望よ。

赤い景色に焦がれては、
重たい鉄扉が肌に触れて
うるさく熱を下げるのだ。

火花

白い粒が弾け飛んで
火傷を夢見た夏の夜。
届かぬ熱は散り急ぎ、
風吹く間もなくこぼれ落ちる。

道路の白線を泳ぐ
当て所ない小さな靴に
閑寂な時間が踏まれていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?