手紙を書きたい相手がいる。
娘には命の恩人がたくさんいる。
4月で小学生になる娘。
世に言う節目を迎えて、母は振り返ることが増えた。
今の幸せは、いつ訪れたのか。
明確な線引きはない。
気づいたら、
アレ?
私、笑えてる?
娘のこと、可愛いと思えてる?
ここに辿り着くまで3〜4年はかかったと記憶している。
記憶なんて曖昧だ。
どうでもいい記憶は置き去っていく。
もうあの時の自分には戻りたくない。
無理に思い出そうとすると、当時の感情がフラッシュバックされて、気持ち悪くなる。
AIより優秀な脳みその処理能力。
あの辛かった過去の記憶は、綺麗に美化され、細めで見ないと見えないくらい遠くに感じる。
ありがとう、脳みそ。
そして今、
娘が病気になった当時に出来なかったことを、“したい”という思いが脳みそを駆け巡る。
命の恩人、K医師に手紙を書きたい。
あの時言えなかった、『ありがとう』を心から伝えたい。
娘が一命を取り留めた喜び。
それを一瞬で吹き消した、後遺症の現実。
正直、当時の私には、娘の命が助かったことが、良かったことなのか分からなかった。
こんなこと、口には出してはいけないという理性だけ働いていた。
K医師に
「娘を助けてくれて、ありがとうございました!」とは、とても言えなかった。
「娘は本当に生きたかったんですか?」という疑問しか聞けなかった。
K医師は、退院した翌年に他の病院へ異動してしまったので、ソレっきり会えていない。
5年経つ今、
娘のことを助けてくれて、ありがとうございました。とても幸せに過ごしてます。
4月で小学生になります。
と伝えたい。
こんな今が待ってるなんて、5年前には想像もつかなかった。
生きていると何が起きるか、本当にわからない。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?