【前編】子どもの可能性を信じれば地域が手を取り合う~石巻市子どもセンター「らいつ」館長・NPO法人ベビースマイル石巻代表理事 荒木裕美さん
今回は私のふるさとである宮城県石巻市の児童館、石巻市子どもセンター「らいつ」を訪れました。
ご存じの通り、石巻市は2011年3月11日の東日本大震災における最大被災地となった地域。らいつは、国際子ども支援団体のセーブ・ザ・チルドレン・ジャパン(SCJ)による被災地支援の一環で整備された市内唯一の児童館です。
一般的な児童館と大きく異なるのは、小学校から中高校生世代の利用者たち自身が地域と連携しながら主体的な施設運営を行っているところ。「子どもの権利(right)」と「未来の光(light)」という意味を込めた「らいつ」という愛称も、子どもたちと大人が一緒に話し合って決定したものです。
お話をおうかがいしたのは、館長の荒木裕美さん。子どもたちが持つ力を尊重して自由な成長を促すために私たち大人が持つべきまなざしについて、たくさんのヒントをいただきました。
「やってみたい」を形にすることが自己肯定感を育む
千葉 今日もたくさんの子どもたちが来ていますね。
荒木 にぎやかなので、落ち着いてお話ができるでしょうか。
千葉 いやいや。この方がむしろ楽しく対談できますよ。それにしても、らいつは来館する年齢層が広いですよね。児童館は0歳から18歳までが対象の施設ながら、ほとんどのところは小学生以下の利用が中心になっている中で、ここには中高校生世代もたくさん来ています。
荒木 建物を設計する段階から、どんな施設にしたいかを中高校生世代を含む子どもたち皆で話し合ってつくり、運営している場ですから、やはり居心地がいいんだと思います。
千葉 そこがらいつの大きな特徴ですよね。子どもたちが自主的に施設運営に携わっているという。
荒木 はい。施設の利用ルールなどについては月に1度の「子ども会議」で話し合っていて、イベントも「子ども企画」という誰でも自由に提案ができる仕組みがあります。
千葉 子ども企画ではどんな催しが行われているんですか。
荒木 子どもたちの興味関心によりさまざまですね。忍者ごっことか、カードゲーム大会とか、水鉄砲で遊びたいとか、英会話をしようとか。
千葉 興味関心を形にできる仕組みがあるから、子どもたちも積極的に発言していけるんですね。
荒木 子どもたちの間で「いいね、やろうよ」とか、「もっとこうしたら面白くなるんじゃない」と促し合って企画になっていくことが多いのですが、とはいえ大人が何もしないでいては、形にならないまま埋もれてしまうこともあるので、普段のコミュニケーションの中で見えてくる子どもたちの興味関心に寄り添い、芽吹かせることも大切にしています。
千葉 今の社会は「やってみたい」「面白そう」と思っても、実際に行動するのは難しい世の中になってしまっていますが、気持ちをすくい上げてもらい、形にできた経験は、将来に生きる自己肯定感につながると思います。
荒木 そうですね。子どもたちの心がぐっと伸びる瞬間があるということは、らいつの運営に携わる中で知ったことです。そのタイミングは、大人からすると上手くできているように見える時ばかりではないのですが、本人の中では何かを「やった」という事実が自信に変わるようです。
地域全体で子どもたちのありのままを見守る
千葉 らいつに来る子どもたちのさらに素晴らしい点は、「やってみたい」という気持ちが、施設内でのイベントにとどまらず、まちづくりという形で外部にも向いているということです。
荒木 まちづくりについては、「子どもまちづくりクラブ」のメンバーが中心になっています。もともとこの施設自体が、SCJのサポートで「震災後の地域のために」と活動していた、まちづくりクラブのアイデアから生まれたものなんです。らいつを拠点として、子どもたちが市長へ提言をしにいったり、地域の方々と連携して、たとえば一緒に防災について考える取り組みなどを行っています。
千葉 そうした活動についてはじめてお聞きした時は、自主性が高かったり、リーダーシップをとったりするのが得意な子が集まっているのかなと思っていたのですが、実際にここへ来てみるとそういうわけでもないとわかって意外でした。
荒木 むしろ、自己主張とかが苦手な子の方が多いかなと思います。会議でもなかなか集中できなかったり、発言できなかったりする子もいますが、それぞれがそれぞれのやり方で参加するのを見守るうちに、子どもたちはいつの間にか成長しているんです。
千葉 一定の規範から外れないように指導する学校教育とは真逆とも言える、素晴らしい環境ですね。お話を聞いていると、子どもたちが気持ちを形にできる自己実現の場であると同時に、学校や家庭とは別の「居場所」という面も持っているように感じます。
荒木 そうですね。学校にあまり行けていない子もいれば、不登校ではなくても何かしら抱えているものを発散しに来る子もいます。一人ひとりが自分の必要とするタイミングで来ているので、理由をこちらから聞くようなことはしませんが、ポツリポツリと胸の内を話してくれることもあって。そうして心を許せる場になることが、らいつの役割のひとつだと思います。
千葉 家庭や学校での息苦しさは、自分らしくいられないことで生じるものなので、皆さんの「見守る」という姿勢は安心感につながるんでしょうね。
荒木 そうだといいなと思っています。らいつの施設運営の柱として「子どもの権利条約」(*注釈)を掲げている通り、ありのままを受け入れ、声を聞き、その子にとって一番いいことは何かと考えるのが私たちの仕事です。「ありのままでいられて、みんなが守り、守られている」と感じてもらえるように心掛けています。
多様な大人との交流が生き方の選択肢を広げる
千葉 荒木さんのお話から、スタッフの皆さんがいかに子どもたちから信頼されているのかが伝わってきますね。
荒木 子どもたちの中には、「今日の職員さんは誰なの?」と電話で確かめてから来館する子もいるほどなんですよ。
千葉 子どもたちにとっては、スタッフさんも大切ならいつの一員ということ。となると、らいつで交流している年齢層は0歳から18歳にとどまらないですね。
荒木 確かにそうなんですが、もっと先に踏み込んで、地域の幅広い人とつながっていきたいと思っているんです。らいつは中心市街地と呼ばれる場所にあって、周辺の商店街などと協力できる関係は構築できていますが、より深く「土着」したいですね。
千葉 そのために、現状ではどのような取り組みをされているんですか?
荒木 地域交流のきっかけにと開催しているのが「お茶っこ」です。通りに面した大きな窓を開けて、地域の方にふらっと訪れてもらうイベントを開いています。
千葉 まさに「お茶っこさござい」(石巻弁で『うちでお茶でも飲みながらおしゃべりしませんか』)と。
荒木 地域の方々の経験や生きた歴史に子どもたちがふれる機会は大切だなと思っていて。今の世の中は、家族や学校の先生以外の大人と自然につながれる場というのはあまりないですからね。そういう機会を児童館からつくっていきたいです。
千葉 この連載のインタビューで訪れたまちなんですが、岩手県の紫波町図書館の企画は面白かったんです。地域の方々が趣味や特技についてのブースを自分で出して魅力を語ったり、関連書籍を紹介したりというイベントでした。らいつでも取り入れられそうな企画ではないですか?
荒木 それは面白いですね。得意なことを発揮して結びつきが生まれるところも、らいつにマッチすると思います。遊びを通して学んだり、人とつながったりすることを大事にする空間ですから。肩ひじ張らずに、子どもと大人が一緒に遊ぶという感覚でふれあえればいいですね。
格差ない体験機会を子どもたちに保障する社会へ
千葉 やはり、多様な大人との交流は子どもの学びに必要ですよね。何か趣味を持っている人はもちろん、モノづくりの現場や会社で活躍する大人の姿を見せれば、「こういう生き方もあるんだ」と子どもたちの選択肢が広がる。
荒木 らいつでも、子どもが興味関心の重なる大人と出会える機会を提供しています。「子どもエンパワー事業」という、自分の持つ力に体験を通して気づき、地域や社会で発揮していくことを狙いにしているものなんですが、最近では海の多様性保護や磯焼け対策をしている団体との漁業体験を行いました。それが実現したのも、石巻の主産業は水産業ということで、子どもたちから「もっと海のことが知りたい」と声が挙がったのがきっかけです。
千葉 らいつという公的な施設が子どもたちの興味関心と体験とを結びつける役割を担っているのが素晴らしいですね。自然体験や職業体験を提供する民間業者もありますが、それだけでは親の意識や経済状況など家庭環境によって格差が生まれてしまいますから。
荒木 もちろん、「子どもにたくさんの体験をさせてあげたい」というのはみんなが持っている親心なんですが、今は共働きで両親ともに日々忙しいのが当たり前ですし、家庭の中で実践するのはなかなか難しいんですよね。
千葉 だからこそ、行政サービスとして子どもたちに等しく体験機会が提供されるべきだと私は考えているんですが、行政側として懸念するのは先立つ財源かなと。とはいえ、お金よりも地域人材を活用することで解決できることだって、実はたくさんあるはずです。
荒木 そうなんですよね。私はマタニティと乳幼児親子を支援する団体も運営しているんですが、行政から予算的なサポートを受けるのが難しい事業でも、たくさんの人を巻き込むことでなんとか形にしようと頑張ってきました。
千葉 やはり人の力は大きいですよね。そういう意味でも、多様な大人たちが子どもの学びに関わっていく仕組みが必要だと思います。
荒木 それに、子どもたちと関わることは、回りまわって地域全体のためにもなりますから。大人は生きがいづくりができますし、コミュニティの結びつきを強めることにもつながります。
千葉 まったく同意見です。「子どもを第一に考える」という軸があれば、いろいろな課題に対して解決の道筋が見えてくるんですよね。職業体験を例にとれば、子どもたちの目を地域産業に向けることで将来的な人手不足の改善が望めますし。ポプラ社も「子どもの幸せの追求」を指針としているので、ほかの出版社よりも経営は楽かもしれません(笑)。
荒木 なるほど、そうなんですね(笑)。子どものために地域の中で役割を持つことを、負担ではなく楽しいと誰もが思えるようになればいいですよね。楽しみながら子どもとふれあうことによって得られることは、大人にとっても地域にとっても決して小さなことではないはずなんです。
(後編へつづく)
(*注釈)「児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)」
18歳未満の子どもを権利の主体と位置付け、基本的人権を国際的に保障するために定められた条約。1989年に国連総会で採択され、日本は1994年に批准。「生きる」「育つ」「守られる」「参加する」といった権利を保護し、実現するために必要となる事項を規定している。石巻市は2009年、これに基づく「石巻市子どもの権利に関する条例」を独自に制定。