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【後編】尊い命をともに育む「あったかい地域」のつながり~石巻市子どもセンター「らいつ」館長・NPO法人ベビースマイル石巻代表理事 荒木裕美さん

前編ではらいつの施設運営のあり方を中心にお話をうかがいましたが、後編は館長である荒木さんご自身のことにも話題を広げていきました。
荒木さんはらいつを指定管理するコンソーシアムの構成団体のひとつ、NPO法人「ベビースマイル石巻」の代表理事として、妊娠期から未就学児までの親子の支援に尽力されています。
大切にしているのはコミュニティの力。ご自身も、仙台市から結婚を機に移り住んだ石巻での妊娠・子育てに孤独感を感じていた時に、親同士のつながりによって救われた経験があるそう。そして、たくさんの命とコミュニティが失われた東日本大震災を機に活動を始められたそうです。
子どもたちの成長と学びを支えることと、親をサポートすることは一体であり、豊かな子育て環境には地域との結びつきが不可欠。当たり前でありながら、社会全体に失われつつある価値を再認識する対談となりました。

(前編はこちら)

子どもの権利を尊重して見守る「地域らいつ化」が目標

千葉 らいつも2014年1月の開館から9年が過ぎましたから、開館当初に利用していた子どもたちも大きくなったでしょうね。

荒木 そうですね。嬉しいことに、子どもだった利用者がお母さんとして来館してくれるようなことも、この1、2年は特に増えている気がします。

千葉 それはいいですね。「人の循環」とでも言いましょうか。らいつという場を知っている状態で子育てをスタートできるのはとても好ましいことですよ。

荒木 彼女たちは自分が子どもとして利用するうちから、妊産婦の方が来ている姿を見ていますので、気軽に相談しに来てくれるんです。

千葉 9年も続けてきたわけですから、そういうたくさんの変化が起きているんでしょうね。

荒木 まちとしての出生率などという数字は大きく変わってはいないかもしれませんが、これまでに出会ってきた人たちの変化は感じ取れるので、やってきたことは間違っていないんだなと思っています。

千葉 施設のこれからについては、どのような展望を描かれていますか。

荒木 実は、「地域全体をらいつにしたい」と考えているんです。子どもの権利を守り、気持ちに寄り添うということが、らいつの中だけで行われるのではなく、地域全体で共有する姿勢にしていきたいなと。そのためにも、らいつの活動をモデルケースに、子どもと地域が交流する機会を、施設を飛び出したところでもたくさん設けていこうと思います。

千葉「地域らいつ化計画」はぜひ実現していただきたいです。そのためには、イベントなどはもちろん、らいつのマインドを広げていくことが重要になりますね。

荒木 はい。そこで大事なのは、やはり「場づくり」ができる人材だなと。時々によって顔ぶれが違う子どもたち同士の関係性をくみ取りながら、全員の権利が尊重されるように場を調整していく。既存の専門職の枠組みには当てはまらない技能かもしれませんが、今のらいつはこれができるスタッフがいてこそ成り立っていますから。

失われつつある「つながり」という当たり前の価値

千葉 ここまでらいつについて一通りお聞きしましたが、今度は荒木さんご自身についておうかがいします。今は現役で子育てをされている最中ですよね。

荒木 中学校1年生と小学校5年生、3年生の子どもがいます。東日本大震災があった2011年は上の子が2歳で、真ん中の子がお腹にいる状況でした。

千葉 現在、らいつ館長とともにNPO法人「ベビースマイル石巻」の代表を務められていますが、そちらではどのような取り組みをされているのか、改めてご説明いただいてもいいでしょうか。

荒木 マタニティの方や0歳から3歳までの乳幼児、そのママ・パパのサポートのため、2011年に任意団体活動として交流拠点の「子育てひろば」をつくったのがスタートです。その拠点を親子の遊び場や居場所、情報交換の場にしながら、イベントの開催や市の事業への協力などのアウトリーチを通して、子育てしやすい地域づくりを目指しています。

千葉 これまでの活動の中で見えてきた、子育てを取り巻く石巻の課題にはどのようなものがありますか。

荒木 家庭により状況はさまざまですが、親が一定の孤立感を抱えてしまうという共通の傾向があり、家庭内の問題が深刻化する引き金にもなっています。事態が悪化してしまう前に、コミュニティの力で孤立感を解きほぐしたいという思いで活動しています。

千葉 ただ、悩みを抱えた方がサポートを受けるに至るための一歩を踏み出すのには、多少なりともハードルがありそうです。

荒木 そうなんです。なので、サポートへの入り口として気軽に利用してもらいやすいサービスを用意しています。たとえば、ご自宅へボランティアがうかがって育児のお手伝いをするといった内容なんですが、平たく言えば「おせっかいを焼く」みたいなものですね。私たちの団体に限らず、行政としても子育て支援を拡充してきているので、まずは困っている人ときちんとつながれる環境をつくりたいなと。

千葉 石巻市の子育てサポートは、それぞれの悩みに応じた専門職や情報をコーディネートする「子育て世代包括支援センター」の設置など、一定以上の体制は築けている印象を持っていますが。

荒木 私たち民間が先行して取り組んできたことに、国全体の動きが追い付いてくる形で、徐々に整ってきたと思います。ただ、つくづく思うのは、子育て支援に一番必要なことって、ちょっとしたお願いができる関係性なんですよね。そんな当たり前のことが、ぽっかりとなくなってしまったので、事業や制度を通してなんとか外側から埋めようとしている。ご近所付き合いとかの中で、ちょっと話すだけ、なんなら目配せだけでもいい。たったそれだけのことなんですけど、つくろうとしてつくることは難しい。だからこそ価値あることなんだと感じています。

千葉 コミュニティの希薄化はきっと石巻全体の課題でもありますね。本来ならばその価値は地方――親しみと尊敬を込めてあえてこの言葉を使いますが、「田舎」にこそあったはず。隣近所との関係性が薄れたのは、発展のために都会的なコミュニティ感覚を持ち込んだからかもしれませんし、震災による物理的なダメージが与えた影響も少なくないでしょうね。

荒木 子育てやまちづくりを語る時に、いろいろと難しい言葉も使ってしまいますが、とにかく「あったかい地域」になってほしいなと。シンプルにそう思っています。

互いに認め合う寛容さを子どもたちに学ぶ

千葉 ベビースマイルやらいつでの活動を通じて、たくさんの子どもたちと接してらっしゃる荒木さんですが、子どもたちから学ぶことというのもやはり大きいのでしょうか。

荒木 それは本当に色々とありますよ。らいつ開館の前に子どもたちがどのような施設にするのかを話し合うワークショップに参加した時、まず驚いたのは、子どもたちは「子どもの世界」だけではなく、社会全体を見ているんだなということです。施設の設計を考えるワークショップでも、子どもたちは「地域のために」という視点から話し合いをしていて、本当にすごいと思いました。当時の私なんて、自分とわが子の世代のことしか考えられていませんでしたから。

千葉 なるほど。子どもたちの姿から地域社会の一員としての視点を学んだわけですね。地域を考え、発言するのは「参加する」という子どもの権利のひとつが正しく保護されている光景だと思います。

荒木 子どもの権利について私が深く理解できたのも、らいつの事業を通してなんです。特に印象に残っている、おんぶと抱っこをテーマにした講習会があって。らいつの初代館長が、「低い位置でおんぶすると、子どもは横以外を見ることができないけれど、もっと高く背負ってあげれば、お母さんと同じ景色、社会が見えます。それは子どもの権利を大事にすることでもあるんですよ」と教えてくれました。

千葉 「子どもの権利」というと、難しく捉えてしまいがちですが、日常的な場面に宿っているものなんですね。

荒木 はい。私も初代館長の言葉を聞いて、自分の日常で子どもの権利をきちんと大事にできているかどうかを意識するようになりました。すると不思議なもので、前から可愛いと思っていた子どもたちのことが、さらに身近に感じられたんです。それはきっと、子どものことを「守るべき対象」としてだけではなく、自分たち大人と同じ、ひとりの「権利の主体」なんだと理解できるようになったからだと思います。

千葉 荒木さんが身につけたそのまなざしは、大人から子どもへというだけではなく、世の中の誰に対しても持つべきものかもしれないですね。

荒木 そう思います。相手の視点に立ち、権利を尊重して、違いもそのまま受け入れる。お互いを認め合うそんな寛容さが、社会全体にあふれてほしいと願っています。

命の大切さを知るこのまちで優しい縁を紡ぐ

千葉 今日お話する中で改めて実感したのは、地域における「つながり」の大切さです。子どもの学びのためにも、親を支えるためにも、地域活性のためにもなる。そして荒木さんご自身も、NPOを立ち上げて10年以上、そしてらいつの館長に就いて5年の間にたくさんの方々との出会いでお考えを深めていらっしゃいます。

荒木 そうですね。私自身、ご縁が増えるほどにつながりが持つ力の大きさを感じるようになりました。

千葉 かなり多くの人とつながっていらっしゃいますよね。石巻の人口13万6000人のうち、11万人くらいは荒木さんのことを知っているのではというくらい(笑)。

荒木 いえいえ、それほどまででは……(笑)。でも、おかげさまでたとえ落ち込んだとしても、深みにはまってしまう前に誰かが支えてくれて立ち直れるようになったと思います。

千葉 そういうつながりが、地域のみんなに生まれればいいですね。

荒木 はい。本当にそう思います。私が親子支援の活動を始めたきっかけは、震災でたくさんの命が失われてしまう経験をしたこのまちだからこそ、地域全体で子どもの命を育んでいきたいという思いでしたから。つながりが得られなかったために悲しい出来事が起きることだけは、絶対に防ぎたいんです。

千葉 命と健康の保障はまちづくりの本質で、子どもの学びの大前提としてあるべきものです。それが守られる「あったかい地域」を実現するつながりもまた、子どもたちの幸せをみんなが第一に考えていくことで紡がれていくのだと思います。いや、お話に熱中するうちにいつの間にかお約束していた終了時間になってしまいました。

荒木 私も楽しくて、ついつい時間を忘れてしゃべってしまいました。

千葉 今日は本当にありがとうございました。石巻に戻った時には、また立ち寄らせていただきますね。

荒木 ぜひぜひ、お待ちしています。

(了)