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こうなりゃ負けちゃいられねぇや! 笑いと涙と落語とコロナ──桂やまと〈後編〉

落語家・桂やまとさんは、こどもたちの学校でPTA会長を務めたり、図書ボランティアとして小学校で読み聞かせ活動をしたりと、プライベートでも毎日大いそがし。そんな日々のようすを<前編>で語っていただきました。
<後編>では、2020年4月、突然おとずれた寄席・ホールの休業、演じる場所を失って考えたこと・それからの変化を語っていただきます。
仕事はすべてキャンセル、収入も激減。出口の見えないトンネルのなかで、「withコロナの時代」に対する思いをぶつけます。

桂やまと(かつら・やまと)
1974年生まれの落語家(真打)。都内各寄席をはじめ、全国の落語会、講演会で活躍中。小学校を中心とした学校寄席・落語教室もライフワークのひとつとして取り組んでいる。特技は篠笛、寄席の踊り。長唄囃子(太鼓・小鼓)が趣味。
2001年、第6回岡本マキ賞(東京寄席演芸の新人賞)受賞。2012年、第11回さがみはら若手落語家選手権優勝。テレビ・ラジオ番組や舞台へも多数出演している。
古今亭志ん朝一門。一般社団法人 落語協会所属。
★桂やまとオフィシャルサイト「落語家 三代目桂やまと」→ こちら

■落語の笑いと涙は「空気」が伝える

今回はまず落語の基本についてお話ししましょうかね。
江戸時代から続く落語は主に『声』という道具を駆使してお客様に物語を届ける芸能です。表情もたしかに大事ですが、それより何より声です。しかも音程を大幅に変えて人物を分けるのではなく、微妙な違いで自然と演じ分けるべきとされています。
またほかに使う道具も扇子と手拭いだけですから、この少ない道具だけでお客様に楽しんでいただけるようになるには相当の修行が必要なのが落語というもの。

そう言われるとなんだか聴く側にも要求されるものがあるように感じるかもしれませんね。たしかに少しはあります。まず途中で寝ちゃったらオチのおもしろさがわかりませんのでねぇ……、いくら眠くてもおしまいまで起きといていただくことが大切です。
でもこれが、まばたきするのも惜しいくらいの良い高座にブチ当たりますと、3Dのごとく頭の中に映像が飛び込んでくるんです。そう、「飛び込んでくる」ってえのは我ながらズバリの表現だなぁ。そんな錯覚を覚える高座を求めて、お客様は会場へと足を運んでくださるわけです。

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月1回の独演会。
「中村仲蔵」を口演中の1枚
(日暮里サニーホールにて)


あたしたち落語家は、そのお客様が目の前で聴いてくださる生の高座に全神経を集中させてきました。なぜならテレビやラジオではどうしても伝えられないものがあるから。それが『空気の振動』です。
演者の声やお客様が発する笑い声は会場の中で反響して、耳だけではなく身体全体に伝わってきます。この振動が時には心をも揺さぶり、笑いのみならず涙をも生み出すのです。
つまり落語というものは、演者だけでなくお客様も含めその場にいる全員が作り上げるものだとずっと信じてきました。そう、強く、強く……。

■緊急事態宣言発出と出口の見えないトンネル

それがすべてできなくなってしまったのが、2020年4月、はじめての緊急事態宣言の時です。小さな会場がまず営業自粛となり、それから都内5軒の寄席も休業へ。ホールも使えなくなり、あたしたちは演じる場所を完全に失いました。

ただこれは、あたしにとっては「奪われた」という感覚ではなかったと記憶しています。もし「奪われた」と思っていたら、誰かを責めたり恨んだりしていたことでしょう。でもそうじゃない。あくまで「あぁ、やれる所がなくなっちゃったのねぇ……」という感じでした。

まだ1年前のできごとではありますが、あの頃は先のことなんてまったく考えられなかった。いや、考えてもしょうがない状態でした。
だからあたしの心の中は……「ま、そのうち何とかなるでしょ」くらいで。実際に仕事はすべてキャンセルとなり、もちろんその分の収入もゼロ。なのに焦りは正直なかった。根っこがノー天気なのもありますが、何より日本中が動けないんだから、無駄にハラハラしてもダメでしょうと。そういう割り切りはいつも早いのよねぇ……フフフ。

ただこれが1か月も経つと状況が変わります。出口の見えないトンネルは不安といらだちを生みます。幸いにも我が家は気持ちだけはみんな落ち着いてたと思うんですが、仕事ばかりはゼロのままじゃあ困る。あたしよりもカミさんがしびれを切らして「もうこのままでいいわけないだろ!」と。

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はじめての緊急事態宣言中はずっと家で過ごした。
子どもの勉強に付き合っているところ

それに当時小学4年生だった下の子が休校中に突然勉強に目覚めて……まあそれは誠にありがたいことなんですが、「中学受験したいので塾に行かせてください」と言いだした。
これも親が言わせたわけじゃなくて、将来の夢を語り合う時間がたっぷりあったので何度も話しているうちに本人なりに真剣に考えた結果で。仕事がゼロで先行きが見えない最中にこの発言。あたしゃこの時、第一波中に第二波が来たのかと思いましたよ……。
でも勉強したいといっているのを止める親はいません。
あたしも「よっしゃ、お父ちゃん頑張るから心配しないで勉強しろ!」と激励しました。子どもは何の心配もしてくれてなかったけど、とにかく子どもの気持ちを後押ししました。

そして上の子は中1でしたから、図らずも2年後には二人同時に受験がやってくる……。大変だ、まさに緊急事態じゃねえか!?
復活の時が見えない中でカミさんと話し合った結果、できることは自宅からの『オンライン独演会』だけでした。

■オンラインで落語のおもしろさを伝えられるか?

といっても、そんなのやったことがない。カミさんは前職が出版社だったのでパソコンには強いと安心してました。が、そんな彼女も「うまくできる保証なんて正直ないよ」とのこと。あぁ、何を頼ったらいいんだろう……と考えあぐねていたところへ、PTA会長仲間で経営コンサルタント会社の社長をしている方から連絡が。

「うちの会社で講演会を企画してるんですけど、やまとさんにはご自宅からオンライン生配信で講演していただいて、お客様もそれぞれご自宅で視聴していただく形でやってみませんか?」
ええ〜っ、ホントっすか!? なんて素晴らしいタイミング。こちらははじめの一歩が踏み出せなくて悩んでいたし、あちらはあちらで外出できない顧客のみなさまに笑って喜んでいただけるイベントを探していたわけで。相思相愛とはまさにこのこと。

あぁそれなのにそれなのに、あたしは諸手をあげて「お願いしまーす!!」とは即答できなかったんです。それは、「オンラインでは落語本来のおもしろさはまず伝えられない」と信じていたから。
演者の目の前にお客様がいて、その空気の振動がないと落語の醍醐味は味わえないと強く強く信じていたから。
今やれることはオンラインしかない。でもオンラインでは落語のチカラは伝えられないのではないか……この葛藤がどうしてもあたしの中で取りのぞけなかったんです。
自分主催でやるならまだしも、立派な会社が開くイベントだから、その点で失敗したら申し訳ないという気持ちが先に立ってしまったんですよね。

そのことを正直に伝えたら、「実際やってみて、もしそういう結果になったっていいじゃないですか。それよりもコロナに負けず、新しいことにチャレンジするほうがずっと大事ですから」と。
ホントにねぇ、この方に一生ついていこうと思いましたよ。これであたしもカミさんも心は決まりました。

■いざ、オンライン独演会!

まずは講演会の前に、会場が使えなくなった独演会を日程そのままで自宅からオンライン生配信してみることにしました。急いで配信に必要な機材を購入。一応揃ったところでテスト配信をさっそくはじめてみるも、音響面や画質にかなり不安が残る。こういう相談を気兼ねなくできる人はどこかにいないかしら……って、ありがたいことにいるんですよこれが。

神奈川県愛川町に「たまのや」という文房具屋さんがありまして。そちらの社長がご自身でライブを開いて歌って踊る方なんですが、なんとお店の中に「たまのや演芸場」という小劇場をつくっちゃったんです。そちらであたしも「たまのや寄席」という独演会を年2回開いていただいてるんですが、そちらの技術スタッフさんが趣味の領域を超えた腕の持ち主で。遠路のところすぐに駆けつけて、あらゆる技術面をサポートしてくださいました。

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「たまのや寄席」のリハーサル風景。
文房具屋さんの店内にあるこの会場では、
演芸のほか、バンドライブ、朗読、
琉球舞踊も披露されている


あたしも舞台人の一人にもかかわらず、その時までダイナミックマイクとコンデンサーマイクの違いすら知らなかったし、パソコンさえあれば配信できるというものではないことも学びました。
そしてご贔屓の方々にお願いしてテスト生配信にお付き合いいただきました。その中のお一人は、オーストラリアで視聴してくださっていた。いやはや、新たな時代を感じましたよ。

修正を何度も重ねて感触をつかみ、やっとこぎつけた生配信独演会。2020年6月のことでした。料金も真打としてはありえないほど下げて、特別価格ワンコイン500円。できるだけたくさんのお客様に参加していただきたかったので。1時間半の番組ですが、落語だけでなくお客様とチャットでやりとりしながら、頂戴する質問に答えるコーナーもつけました。生配信のおもしろさ、双方向性を出したかったんです。

今も改良を重ね、毎月開催して回を重ねていますが、やればやるほどオンラインの奥深さに気づきますし、さらに高みを目指したくなる。
そんな勢いで立て続けに購入した……いや、購入してしまったのは、コンデンサーマイク2本と配信専用にタワー型パソコン1台、高画質動画撮影用に一眼レフデジタルカメラ。そしてLEDシーリングライトにスポットライト2台。
この元が取れるまでどのくらいかかるのか……。ま、いっか。考えるのはよそう。みごとにオンライン生配信にハマったんだから良しとしましょ。

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オンライン配信は都内のアットホームなスタジオより
……って、自宅の和室でまさにアットホーム


お客様からも「実際の落語会だとやまとさんまで距離があるけど、オンラインだと独占できるお得感があってさ。それに臨場感がこんなにあるとは思ってなかったし」と評判も上々。

■絶大なるピンチの力、その先にあるもの

ピンチは最大のチャンス。あたしは本当にそう思ってます。あれだけ落語はライブじゃなきゃダメだって公言していた人間を、たった1年足らずで考え方を180度変えちゃうんだから。ピンチのチカラは絶大です。そしてオンラインは今やあたしたちにとってはまさに生命線です。

今、東京は三度目の緊急事態宣言中。寄席も残念ながら休業しています。そしてまさにこれを書いている今日、宣言の延長が決まりました。5月の実会場での独演会も準備してきたけど、実施できるかどうか。 なんというか……、お客様の前で演じられないことが一番つらいんですよね。寄席芸人ですから。
トンネルはきっとまだまだ続くんでしょう。でもその先には必ずいいことが待ってますって。あたしは不平不満をいう口があるならば、その口で人を笑わせるのが落語家だと思ってます。だからマイナスの考え方は一切しません。

というわけで告知をひとつ。5月のオンライン独演会は、29日(土)20時からです。楽しいひと時が待ってますよ。ものは試しでぜひ一度お運びくださいませ~!(詳細・お申込みは→ こちら

まあ「withコロナ」といえば響きはいいんでしょうけどねぇ、コロナはやっぱり最大の敵だわ。こうなりゃ負けちゃいられねぇや!

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*タイトル・文末写真:撮影 武藤奈緒美

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