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ダンゴムシの迷路は「生きもの学校」へ入り口?~じいちゃんの小さな博物記⑮

寒くなると見なくなるダンゴムシ。庭の植木鉢の下や、公園の木の根元にある落ち葉をかきわけると、かたまって眠っているのがすぐに見つかるとか。
今回は、そんなダンゴムシを谷本さんに起こしてもらいました。
「ねぼけまなこでどうなるのか試したことはありませんが、室内ならたぶん動いてくれるでしょう」参加してもらうのは、手作り迷路での実験です。
『草木とみた夢  牧野富太郎ものがたり』(出版ワークス)、『週末ナチュラリストのすすめ 』(岩波科学ライブラリー)などの著者、谷本雄治さんの「じいちゃんの小さな博物記」第15回をお届けします。

谷本雄治(たにもと ゆうじ)
1953年、名古屋市生まれ。プチ生物研究家。著書に『ちいさな虫のおくりもの』(文研出版)、『ケンさん、イチゴの虫をこらしめる』(フレーベル館)、『ぼくは農家のファーブルだ』(岩崎書店)、『とびだせ!にんじゃ虫』(文渓堂)、『カブトエビの寒い夏』(農山漁村文化協会)、『野菜を守れ!テントウムシ大作戦』(汐文社)など多数。

「よく見ているんだよ」
 小道具を持って、小学校に出かけた。
 用意したのは、はがきサイズの立体迷路。2枚の方眼紙に記した線に沿って切ったり折り曲げたりして、組み合わせる。それを子どもたちに作ってもらい、校庭で見つけたダンゴムシを迷路の入り口に置いた。

考案したダンゴムシ迷路キット。小さい方を上に乗せて組み合わせると、簡単な迷路になる
迷路を進むダンゴムシ。●印の内側からスタートし、T字路に来ると、
「交替性転向反応」と呼ばれる変わった行動をみせる 

「はい、スタート!」
 ダンゴムシは、前へ先へと進んでいく。
 面白いのは、その行動だ。最初に出くわしたT字路を右に曲がれば、その次のT字路は左、その次は右、次は左と、新たなT字路にぶつかるたびに向きを変える。専門的には、「交替性転向反応」と呼ばれている。
「どの出口に行くかな。何回か試してね」
 その反応習性に従えば毎回、同じ出口にたどり着くはずだ。
 ところが実際には、そうならない。
 疲れたせいだという意見が出た。それならと、迷路に入れる選手を交代させた。オスとメスの違いだといわれ、雌雄の見分けかたを教えてから迷路に放した。

ダンゴムシのメス。茶色っぽいことが多く、背中に斑点がある

 時には体を丸めたダンゴムシを転がしながら、子どもたちは自由に新プランを考える。こういう実験は、大勢だと何倍も楽しめる。
 数匹をとっかえひっかえして迷路に放すと、引き返すもの、壁を登るものが出てきた。

迷路を素直に進むのではなく、とつぜん壁を登りだすダンゴムシもいる

 でもダンゴムシは、自分の考えがあってそんな行動をとるのだろうか。だとしたら、なんのためなのか?
 有名な行動だから自由研究でよく取り上げられるし、大人だって気になる。向きをいちいち変えるのは左右のあしの負担を同じにするためだとか、えさや異性を見つける確率を高めるため、天敵から逃れるため……といった仮説がいくつも発表された。
 ぼくが考えた迷路は作りやすさ、扱いやすさを優先したものだが、迷路の距離や材質、明暗、温・湿度、におい、時間帯など、条件を変えればいくらでも実験できる。雌雄の識別もそうだが、あしの数や脱皮のしかたなど、ダンゴムシそのものの観察とセットにする手もある。

あしの本数は、昆虫よりも多い。7対・14本ある

 季節はもう、秋から冬へ。夏とちがって目にする機会は減るが、植木鉢を持ち上げたり、大木の根元に積もった落ち葉をよけたりすれば、寝ぼけまなこのダンゴムシを見つけるのは造作ない。

寒くなり、からだを丸めて落ち葉の下に隠れていたダンゴムシ

 1匹を庭から連れ出して、迷路に放した。すると彼はすぐに、とことことこ。なんとも愛らしい。特殊な習性など知らなくても、けなげな様子に心がやわらぐ。
 実をいうと少年時代のぼくは、ダンゴムシが苦手だった。暗くてじめじめした場所にいるブキミな虫にしかみえなかった。だから手で持つなんて、とんでもない話だ。
 それなのにいまは、まったくの別物にみえる。ダンゴムシは、生きもの理解の入門種に最適だ。
 <ふふん、そうだろう>というかのように、目の前のダンゴムシは迷路を抜けきった。