『真夜中のちいさなようせい』と韓国の絵本の魅力──清水知佐子
絵本『真夜中のちいさなようせい』(2021年6月刊、絵と文:シン・ソンミ/訳:清水知佐子)は、韓国で出版された原書の翻訳絵本。小花模様のついた若草色のチョゴリにふんわり広がるピンクのチマを着た表紙の少女が何とも可憐です。
この本の訳を手掛けた清水知佐子さんは、絵本、子ども向き実用書、長編小説など幅広いジャンルでご活躍中の韓国語の翻訳家。
原書を見つけて、「この絵本を訳したい」と強く思ったきっかけ、作者や内容を詳しく知り、ますますこの作品に魅せられていった過程、そして、近年出版された韓国の絵本の魅力について綴っていただきました。
忘れていた純粋な気持ち
『真夜中のちいさなようせい』の著者シン・ソンミさんは、ようせいを見たことがあるそうです。病弱で薬を飲んで布団の上に横たわっていることが多かった幼少のころ、夢うつつにようせいを見たというのです。そのことを大人たちに話してもまったく信じてもらえず、当時はとても悔しい思いをしたとインタビューなどで語っています。
わたしもこどものころに何度か、ようせいを見たような気がします。夜中にふと目を覚ますと、掛け布団のふちをちいさな人たちが踊ったり、太鼓をたたいたりしながらちょこちょこ歩いていたのです。その姿はまるでちいさな音楽隊みたいでした(笑)。人に話すとたいてい、「それは夢だよ」と一蹴されましたが、夢というにはあまりにもリアルなできごとだったように思います。
この絵本の冒頭でも説明されていますが、ようせいはわたしたちのすぐそばにいるけれど大人の目には見えないようです。純粋なこどもとすぐれた第六感を持つ動物だけに見える存在なのです。
「日々の暮らしに追われて疲れきった大人たちに、子どものころの純粋な気持ちを取りもどしてほしい」というのがこの絵本に込められた著者の願いのひとつですが、その思いが海を越えてわたしの心にしっかり伝わってきたことが、この絵本を翻訳するきっかけになりました。
▲『真夜中のちいさなようせい』本文より
「ようせいシリーズ」の誕生
シン・ソンミさんは1980年生まれ。蔚山(ウルサン)大学や弘益(ホンイク)大学大学院の東洋画科で学んだ画家です。もともとは、朝鮮半島の民族服であるチマチョゴリ姿の女性と猫を描いた作品が多く、ちょっとコミカルでモダンさも感じられる構図に伝統的な東洋画の技法を用いて、独特で新しい世界観を表してきました。
そして、ある時からそこに「ようせい」というファンタジーの要素が加わります。それは、大学を休学してある先生に師事し、東洋画を基礎からみっちり学んでいたときに先生のアトリエで見た中国の古い画集がきっかけでした。中国・元の画家、任仁発(1254~1327年)が描いた「張果老図」を見て、「これだ!」とひらめいたのです。
「張果老図」は、唐の6代皇帝・玄宗(685~762年)に謁見した一人の道士が、帽子の箱から小さなロバを取り出す場面を描いたものですが、「繊細で色彩が美しく、その時代ならではのストーリーとファンタジーがある」(「韓国日報」2020年11月28日付、ウェブ版)と、とすっかり心を奪われたそうです。
そうして、シン・ソンミさんは「ようせいシリーズ」を本格的に描きはじめます。
「ようせいシリーズ」の最初の1点は「ものわすれ」という作品です。アトリエに置いてあったお菓子が、食べた記憶がないのになくなっていた経験と、お菓子にたかったアリがそのかけらをひとつずつ運んでいくようすからヒントを得たそうです。
原書のタイトルは『한밤중 개미 요정(真夜中のアリのようせい)』なのですが、どうやら、アリのようせいというのは、そこからも来ているようです(日本語版では、この「アリのようせい」をどう訳すか、編集者さんと一緒にずいぶん悩んだのですが、結果的に「ちいさなようせい」に落ち着きました)。
▲韓国の原書(『한밤중 개미 요정』)の動画
大学院修了後に出展したアートフェアで20点の作品が完売し、脚光を浴びたシン・ソンミさんは、その後、「ようせいシリーズ」をテーマにした個展を開催し、国内外のアートフェアにも積極的に参加して注目を集めます。
チマチョゴリを着た女性というと、「淑女」みたいなイメージがありますが、そんな古臭い固定観念を打ち破るかのように、ソファのひじ掛けに足を乗せて居眠りしたり、机の上に積み重ねた本の上に頭を載せて居眠りしたり(「あなたが寝てる間にシリーズ」)と、シン・ソンミさんが描く女性たちはとても自由です。フロアランプや電卓、この絵本に登場するキャラクター入りのウレタンフォーム枕や電子体温計など、現代的な小物づかいが見る人に親近感を与えてくれるのも人気の理由のようです。
2019年の夏には、大阪で開催された「韓日現代美術交流展」と「ART STREAM 2019」にも出展していたので、繊細かつ大胆で、ユーモアと情愛にあふれた作風に魅了された方も少なくないと思います。
▲シン・ソンミさんの新作絵本
『개미 요정의 선물(アリのようせいのおくりもの)』とポストカード
育児日記をしたためるように
2009年に長男を出産したシン・ソンミさんの作品は、「育児日記」の様相を呈していきます。息子と二人で過ごす時間を記録しはじめたのです。そんな中、絵本を出版しないかというオファーが出版社からありました。
もともと、シン・ソンミさんの絵にはストーリー性がありますが、それをもっとわかりやすく伝えられたらと考えた彼女は、「東洋画家のイメージが損なわれるのでは」という周囲の反対にもかかわらず、初めての絵本を出版することにします。そこには、子育て中の母親ならではの悩みもありました。幼い息子が突拍子もない行動を取るのはようせいたちのいたずらのせいかもしれないと考えれば楽しいし、心が軽くなる。そして、それはきっと、多くの子育て中の人たちにも共感してもらえるだろうと考えたのです。
制作にとりかかったシン・ソンミさんは、絵本に合わせて、原画のサイズを小さくはしませんでした。この絵本には20枚以上の絵がありますが、1枚1枚、個展の準備をする時と同じように、伝統的な東洋画の技法を用いて長辺が1メートルを超える大作に仕上げたのです。
それは、顔料がにじむのを防いだり、顔料を密着させたりするために紙に膠(にかわ)を塗り、その上にスケッチを載せてペンでなぞり、墨で輪郭を描いてから彩色するという作業過程をたどります。彩色も、色を薄く塗っては乾かし、塗っては乾かしを繰り返して色付けしていくというやり方で、色によってはその作業を数十回も繰り返すことがあるそうです。
そうして制作にかかった月日は約2年(デッサンに1年、彩色に1年)。そこまで労力を惜しまなかったのは、周囲に反対されたこともあるかもしれませんが、絵本を刊行して原画展を開いた時に、自分たちの身長と変わらない大きさの原画を見た子どもたちの想像力をより強くかき立てることを狙ったからです。そして、ちいさいころから本物の東洋画に触れる機会を持ってほしいという芸術家としての願いもあったようです。
国際的評価と大人も楽しめる絵本
近年、韓国の絵本の邦訳出版が相次いでいますが、その理由のひとつに国際的評価が高まっているということが挙げられます。『真夜中のちいさなようせい』は2017年にドイツ・ミュンヘン国際児童図書館の推薦児童図書目録「ホワイト・レイブンズ(The White Ravens)」にリストアップされていますし、『いろのかけらのしま』(作と絵:イ・ミョンエ、訳:生田美保、ポプラ社)は2015年にボローニャ国際絵本原画展に入選しています。
日本でも大人気の『天女銭湯』や『あめだま』(いずれも、訳:長谷川義史、ブロンズ新社)の作者ペク・ヒナさんは、2020年アストリッド・リンドグレーン記念文学賞を受賞。『せん』(岩波書店)や『なみ』(講談社)の作者スージー・リーさんは2016年国際アンデルセン賞画家賞の最終候補者に選ばれ、『せかいのはてまでひろがるスカート』(作と絵:ミョン・スジョン、訳:河鐘基/廣部尚子、ライチブックス)は2019年ブラチスラバ世界絵本原画展に入賞しています。
韓国で2015年に刊行された『すいかのプール』(作:アンニョン・タル、訳:斎藤真理子、岩波書店)は、大人も大好きな作品のひとつですが、国際的評価が高まる中、韓国では「大人のための絵本」「大人が読む絵本」が注目されはじめたようです。
▲近年出版された韓国の絵本のかずかず
「聯合ニュース」(2016年9月15日、ウェブ版)を見ると、「人生に疲れた大人たちを慰める絵本」という記事が出ていて、ソウル市内の絵本専門店に絵本愛好家が集まり、それぞれお気に入りの作品を披露しあう活動が紹介されています。そうした絵本好きの人たちの活動は今ではすっかり定着していて、「大人のための絵本」や「絵本セラピー」をテーマにしたエッセイ本などの出版も相次いでいます。
韓国初の絵本専門店といわれる「ピノキオ」が2013年にオープンし、デザイン性の高い海外の絵本を主に置いていたことも、大人たちに絵本の楽しみを広めた理由のひとつかもしれません。優れたデザインの作品に贈られる2015年のボローニャ・ラガッツィ賞のすべての部門に韓国の作品が入賞したのもそうした流れの延長にあり、韓国の絵本をより多彩で魅力的なものにしているように感じられます。
▲絵本だけでなく図書館や書店も、まるでアート!
(上)ソウルブックフェアも行われる施設
COEXモールにある公共図書館(2018年撮影)
(下)ソウル市内の書店(2019年撮影)
その後も、ボローニャ・ラガッツィ賞には韓国の作品が毎年のように入賞していて、2021年の「幼児図書(comics-early reader) 部門」で大賞を受賞した『イパラパニャムニャム』(絵と文:イ・ジウン、四季節)はわたしも大好きな作品です。ことばあそびが入っている絵本なので翻訳が難しそうなのですが、いつか日本の読者のみなさんにも楽しんでもらえるといいなと思います。
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いま、絵本やアートに関心を持つ人をはじめとして、多くの人たちから熱い視線を集める韓国の絵本。近日開催されるイベントをご紹介します。
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