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夏木志朋のデビュー作『ニキ』の本づくりはこうして進んだ

今回は、どうやってこの作品が「本」のかたちとして誕生したか、編集作業の内側をご紹介しつつ、お伝えしてみたい。

本づくりの考え方や方法は、編集者によって千差万別だ。新人時代に、先輩がどうやって本をつくっているのか興味津々で、著者やデザイナー、印刷所とのやりとりを横目で見ながら、「はい、先輩ファックス届いてましたよ」と可愛げのある新人を装いつつ、ベテランたちの方法を盗もうとしていた。だが、そのうちに、わかる。もちろん参考になることもあるが、やり方は人それぞれなのだ、と。自分で手を動かし細かく決め込んでいく職人気質の編集者もいれば、優秀なスタッフに任せて「ああ、いんじゃない、それ」という人もいた。どちらがいいか悪いかではなく、その人らしいやり方でやるしかない。以下は私のやり方に過ぎないが、ありのままに書いてみようと思う。

私は原稿を素直に読めているかどうかがいつも気になる。自分の状態がよくないと読み方は狭苦しく、意地悪になったりする。だから、原稿を読むときは、とくに初読は、「いまなら大丈夫」と思えるときに読む。本ができるまでには、なんども原稿やゲラを読むことになるが、いちど読んでしまったあとは、どうしても作品との距離がとりにくくなる。いわば、身内になってしまう。だから、本づくりの指標は、この最初に読んだときの印象にかかっている。それがどういう本なのか、核となるイメージは初読のときに出来てしまうのだ。初めて原稿を読む数時間は、本づくりのスタートであると同時に、ゴールのイメージを孕む時間だ。あたりまえだが、初読のチャンスは二度とない。『ニキ』の初読の印象については、先のエッセイに書いたのでここでは詳しく書かないが、「本づくり」という視点で思ったことを、少し。

「すごい新人が出て来た」という実感があった。だから「登場感」のある、強い印象の本にしたかった。簡単に「○○系の本ね」と色分けされたり、イメージがすぐに消費されてしまうような本にはしたくなかった。だが、これは危険でもある。なぜならば、なにかに似ていない本、既存のイメージに寄り掛からず、新鮮な強い本をつくろうとすればするほど、本が孤独になるからである。「どの本の隣におけばいいのか」と、書店での置き場が見えなくなる可能性があるし、読者にとっても、どんな本なのかわかりにくくなる。下手をすれば、売れなくなってしまう。それは困る! 強くて新鮮、そのうえで読者との接点を十分にとるにはどうしたらいいのか。

まずはタイトルをどうするかだ。今回の『ニキ』は、新人賞への応募段階では、『Bとの邂逅』というタイトルだった。そこから、著者と話し合いをかさね、けっきょく今の『ニキ』に収まった。このタイトルの決定は、意味というより、本としての存在感、物理的な象徴性を意識したものだった。文章のリズムや匂い、語彙の独自性、そしてなにかしら「言い切る」感じの潔さ。カタカナで「ニキ」ではなんの話かわからないが、それは題字、イラスト、帯の文言などを含め、装丁ぜんたいで表現していけば乗り越えられるのではないか、そう思った。

装丁は、岡本歌織さんにお願いすることにした。ゲラを読んでいただき、どんな感じの本にしたいか、意図をお伝えしてから、イラストレーターさんの候補を幾人かあげていただいた。タイトルは意味的な分かりやすさを選ばなかったので、絵には設定や世界観を伝える具象性が欲しかった。あの気配、不穏さとともにある生活感のようなもの……。やりとりをするなかで、「あ!」と思う画像が送られてきた。リアリティーがありつつも、細密な描き方のなかに独特な呼吸を感じる絵だった。「この人だ!」と思い、中村一般さんにお願いすることになった。

中村さんの濃密な気配が漂うイラストが仕上がったところで、岡本さんが様々なタイトル文字をつくってくださった。そのなかで手書きの文字が画面いっぱいに走っているものを選んだ。「ニキ」というカタカナは直線的でシンプル。ふたつの「=」(イコール)が並び、そのひとつに上から斜線を引いて「ノットイコール」としているようにも見える。肯定と否定がせめぎあう感じ、いいなと思った。字は力強く勢いがあり、(わざとだが)背のほうにもちらりとはみ出している。

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帯の文言については、編集部、営業部、宣伝部の様々なメンバーの意見を聞きながら、少しずつ焦点をしぼっていった。メインコピーは、「僕らはどうやったって『普通』になんてなれない」という案など、最後まで複数の案があったが、「僕はとんでもない人間に出会ってしまった」というコピーに決まった。

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書店の店頭で目につくカバーや帯だけではなく、カバーをとったときの表紙、扉、栞などをどうするかも、工夫のしどころだ。二次元のデザインだけではなく、厚みと手触りをもった本として、どんな存在感を出したいのか。紙によって印刷特性も様々なので、選んだ紙をつかって試し刷りをし(色校正)、場合によっては紙を変更することもある。

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そんなふうにして、本はだんだん姿をあらわし、「ああ、こういう本なんだ」と理解が深まっていく。何度も見返し、やり直し、確かめる。「これでいい」となったら校了、あとは印刷所・製本所さんにお任せして見本を待つだけだ。見本の日は、やっぱりドキドキする。8月31日の月曜日、茶紙にまかれた見本が会社に届いた。包装のテープを剥がし、本を手にする。「できた……」。届いた見本の『ニキ』を編集フロアの机に置いて写真をとった。

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本づくりとは、膨大に思い込み、その思い込みの山を自ら崩していく作業だ。ひとつのアイデア、ひとつの装丁にたどりつき、また壊す。そのプロセスのなかで生まれるのは、使われなかった言葉の山であり、デザインである。一冊の本のふもとに累々とつみあげられた試作の数々。自分の迷い、思考のまとまりにくさに辟易するが、そんな作業をしながら、でも、もっと激しくそういう作業をした人のことを思う。それは著者・夏木志朋であり、その格闘である。

原稿を読んでいて、いちばん強く思ったのは、言葉選びの粘り強さであり、高密度の感性を支えるロジックの確かさだった。ここまで登場人物の奥へ深く分け入りながら、感受性に融解しないでいられること。その強さが、人間と人間の関係を生き生きと描き出していくのだった。この小説には、主人公の高校生・田井中を始め、教師の二木、悪役の吉田、ゆりっぺと呼ばれるクラスメートなど、存在感のある登場人物がどんどん出てくる。台詞は多くないのに、たった一言で、あるいは腕をのばすしぐさだけで、どうしようもなくその人らしいと感じてしまう。

脇役の誰かにフォーカスしても、いわゆる青春小説らしい物語を書けただろう。それくらい、端役の人物でも背後に分厚い物語を予感させる。だが、著者はそうしなかった。むしろ、構成と配置によって人物を浮かび上がらせ、単線的ではないメッセージを伝える手法を選んだ。もとより、著者の思想と田井中、あるいは二木の思想は異なるはずだが、その関係性のなかに現れるものこそ、著者の胸底にあるメッセージなのだろう。次は何が生まれるのだろうか。

今回は会社の新人賞ということもあって、本づくりの過程では多くの人にアドバイスをもらった。とくに営業部の畦地さんと宣伝部の水野さんには、若々しい忌憚のない意見をもらい、そのつど「なるほど」と思った。そして彼らが「ぜひ読んでください」と手渡したゲラやプルーフ版を書店員さんが読んでくださった。作品の核に迫る深い読みに圧倒され、唸ってしまうこともあった。なんと優れた読み手だろう! そういう一切が、本づくりのさまざまなタイミングに反映し、このかたちになった。

読者のみなさんはどう感じ、どう読んでくださるのだろう。この物語のなかの人物たちと、よい出会いをしてくださったなら、ほんとうにうれしい。

最後に、装丁の岡本さん、イラストの中村さんからいただいたコメントをお伝えしたい。

装丁・岡本歌織さん
はじめにゲラを読ませていただいた時、スリリングな設定に「ポプラ社さんからこの小説を出すってすごいな」と思ってしまいました。それと同時にこの作品の力強さと、登場人物の発するセリフの表現力がとてもおもしろいなと思いました。どうやったらこの「普通」じゃない小説を装丁で表現できるだろうかと悩みながら一つずつ形にしていったので、読み終えた後にぜひまた本全体を見返していただけたら嬉しいです。
装画・中村一般さん
今は個々の「正義」が暴走している時代だと思う。たまたまマジョリティに属せただけの人々が、個人個人のバックボーンをないがしろにしなんとなくの決めつけで「正義」の拳を振りかざしているのは怖い。Twitterで毎日のように行われる魔女狩りは異常そのものだ。田井中や二木は全然イタくもないしヤバくもない。彼らが息苦しくならない日々が来ることを祈っている。そんな思いでこの絵を描きました。

編集担当 野村浩介
紹介書籍:『ニキ』(「Bとの邂逅」より改題)/夏木志朋・著


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