「大人を主人公にしたときには絶対に書けないもの」とは――デビュー作から青春小説を書き続ける、人気作家・天沢夏月に聞く
「青春小説」の定義ってなんでしょう?
厳密にいうのは難しいのですが、“学生を主人公にしたもの”を指すことが多いようです。
決して大人ではない、だけど子供とも言い切れない。
そんな彼・彼女らが、出会いや別れ、様々な経験をして変わっていく――。
私はそんな青春小説が放つ特有のきらめきが大好きです。
作家・天沢夏月さんは、今まで『DOUBLES!! -ダブルス-』のようなスポーツ小説や『八月の終わりは、きっと世界の終わりに似ている。』のような切ない恋愛小説など、様々な“高校生たちの青春”を綴り、多くのファンを魅了してきました。
天沢夏月(あまさわ・なつき)
1990年生まれ、東京都出身。『サマー・ランサー』にて第19回電撃小説大賞〈選考委員奨励賞〉を受賞し、デビュー。著書に『DOUBLES!! -ダブルス-』シリーズ、『八月の終わりは、きっと世界の終わりに似ている。』『七月のテロメアが尽きるまで』『17歳のラリー』など多数。
天沢さんと初めてお会いしたときに、私は熱い部活小説が読みたいですとお話しました。
ポプラ社は学校図書館に搬入されることもあるので、今回は等身大の読者にも熱い感動と勇気を届ける作品をお願いしたいと思ったからです。
そして天沢さんから頂いた原稿が『ヨンケイ‼』。
離島の陸上部・不器用な男子高校生たちが「4×100mリレー」に挑み、成長していくスポーツ青春小説です。
初稿を読み終わった後、天沢さんの新たな傑作が生まれた……と喜びで胸がいっぱいになりました。(「編集者ってすぐ傑作っていうよね」と呆れられるかもしれませんが、本当にそう思ったんです……)
<あらすじ>
慢性的な人数不足に悩む離島・大島の渚台高校陸上部に、奇跡的に男子4人のスプリンターが揃った。インターハイ予選を目前に控え、4×100mリレー(いわゆる四継)に挑むことになるが、メンバーの人間関係はサイアク……。はじめはリレーで重要なバトンの繋ぎもまったくうまくいかなかった4人だが、お互いが本音でぶつかり合ううちに、しだいにチームに変化が――。
陸上に詳しくない私が読んでも、走ることの楽しさ、リレーの奥深さが伝わってきて、競技中はまるで一緒に走っているかのように手に汗握り興奮しました。
物語の走順と一緒に章が繋がって“リレー構造の連作短編”というのも面白い!
そして何より、他人とあまりかかわって来なかった不器用な男子高校生たちが本気でぶつかりあって本当の意味でのチームになっていく――胸からこみ上げてくる感動。
抱きしめたくなるような青春の輝きが詰まっています。
どのようにして『ヨンケイ‼』が生まれたのか、そして、デビュー作から青春小説家として活躍している天沢さんに「青春小説」の真髄とはなにか、伺ってみることにしました。
(聞き手:文芸編集部 鈴木)
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天沢夏月が青春小説家になるまで
鈴木 そもそもなんですが、天沢さんはなぜ小説を書き始めたんですか?
天沢 月並みですけど、昔から本が好きだったんです。特に小学校6年生くらいのときにハリー・ポッターが日本にやってきて、その後のファンタジーブームもあって中高生の頃は貪るように海外ファンタジーを読んでいました。なのでそのあたりが一つの原点なのかなと。文章についても、海外翻訳ものの影響はかなり受けていると思います。読んでいるうちに、自分でも書いてみたいって思ったのが始まりですね。黒歴史ですけど、中学・高校でも書いたりしてました(笑)
鈴木 ハリー・ポッターが始まりだったんですね! 他に好きな作家さんはいますか?
天沢 エミリー・ロッダさんとかも好きでしたね。ミステリー色の強いファンタジーに魅せられました。ダレン・シャンのシリーズも大好きで全部読んでいました。
鈴木 クラスで「ダレン・シャン」が大ブームだったことを思い出しました。
でも天沢さんはファンタジーは書かれていないですよね?
天沢 そうですね。賞を狙おうと思った時に、例えばハリー・ポッターっぽいものを書いても、絶対に本物にはかなわないし、そもそも自分が書く必要はないなって。私が書く以上は、私にしか書けないもの書かないと意味がないんじゃないか――デビュー作でも、そんなふうに思って書いた部分を認めていただいたのかなと思っています。
▲『サマー・ランサー』(KADOKAWA)
天沢さんはこの作品で第19回電撃小説大賞〈選考委員奨励賞〉受賞し、デビュー。
鈴木 天沢さんが自分にしか書けないと思ったものが「青春小説」だったんですね。
天沢 学生時代運動部に長く所属していた、というのはありますね。あとは私自身まだ思春期を抜けきれてないんじゃないかってときどき思うんですよ(笑)
その抜けきらない青臭さが、自分をキーボードに向かわせているというか……。そのおかげかはわからないですが、登場人物たちの考えや台詞は、わりとすっと出てくることが多いです。この子はこう考えるだろうなぁって。それがリアルかはともかく。なので、描く登場人物が高校生であることに、深く悩んだことはない気がします。逆に中学生とかだと難しかったりするんですが。
スポーツ小説で群像劇を描く
鈴木 今回はなぜ「4×100mリレー」を題材に選んだのでしょうか?
天沢 スポーツ小説が好きというのが一つ、それから自分は群像劇を書くのがわりと得意だと思っていて、そのふたつを生かした「スポーツ×群像劇」の小説を書きたいと思ったのが最初のきっかけです。
ただ、スポーツ小説って題材になるスポーツによって競技人数が全然違う。人数が多くなればなるほど書くのが難しいと個人的には感じます。すべてのチームメイトをキャラクターとして深堀りしようとすると、分量的にも厳しくなってしまうので。
鈴木 たしかに……。
天沢 そういう意味で、テニスや剣道のような個人競技は比較的書きやすいですが、群像劇とは少し縁遠い。一方でサッカーや野球は青春群像を描くという意味では適しているんですが、そもそもスポーツとして描くことが、自分の力量ではちょっと厳しいかな、と。
そんなときに思いついたのがリレーでした。
リレーは、走っている瞬間は一人にフォーカスしていられるので、丁寧に一人一人のキャラクターを描いてあげられる。でも同時に、チームワークが重要な競技でもあるので、群像劇としての要素も強い。あとは、文字通り「リレーのような構成のリレー小説」を書いたら面白いんじゃないかと思ったのもあって、最終的にヨンケイをテーマにプロットを組み始めました。
鈴木 この小説は四人のメンバー一人ひとりが主人公になっている全4章の連作短編になっていますよね。実際の走順と章の順番も一緒で、バトンが繋がって物語が加速していくのを体感しました!
▲目次より
天沢 1章はまだ誰からもバトンをもらっていない状態でスタートしますが、2章は一人分、3章は二人分、4章では三人分のバトンを受けている分、物語の厚みがどんどん増していく感じですね。リレーを題材にしているからこそ、この構造にすることに必然性があるなと感じていました。この物語自体が、一つのヨンケイのレースのようになれば、と。
鈴木 天沢さんは陸上経験はあったんですか?
天沢 正直なところ、陸上は小学校でかじったくらいなので素人同然です(笑)
鈴木 なんと!バトンパスやスプリントなど競技描写がすごく丁寧だったので意外です。未経験のスポーツを書くのは難しかったんじゃないでしょうか?
天沢 そうですね、難しさを感じる部分は多々ありました。去年はコロナ禍で取材にも行けなかったので……。その分巣ごもり中に動画を見たり書籍を読んだりして研究していました。ただ、自分は長くテニスをやっていたので、基本的な体の動かし方など共通すると思われる部分はイメージしながら書いたところもあります。
鈴木 なるほど。天沢さんが思う“スポーツ小説の魅力”ってなんでしょうか?
天沢 毎年、テレビで箱根駅伝を観ているんですけど、今年はとても劇的なラストでした。あれはノンフィクションでしたが、スポーツ小説にも、ああいうなんとも言えないドラマチックな「瞬間」があると思うんです。
ミステリーや恋愛小説などのクライマックスとはまた違った美しさがあるなぁと。
鈴木 本作も四人のバトンが繋がる「瞬間」を描かれていますね。
伊豆諸島の大島が舞台ですが、なぜ離島を舞台にしたんでしょうか?
天沢 試合になると四人が大島から本州へ海を渡っていくことになるんですが、小さくも心地よかった島から、不安が待ち受ける大きな世界へと出ていくところで、それぞれに心の殻に閉じこもっていた登場人物たちがその殻を破っていく様を暗示できたらいいなとは思っていました。
鈴木 本作を書いていく中で大変だったことはありましたか?
天沢 3章の主人公だけ島の外からやってくるキャラクターなんですけど、この3章が最初書いたときに、他の章と比べるとだいぶいい出来だったんですね。でも、一つの章だけレベルが突出していると全体のバランスがとれない。低い方に合わせるわけにもいかないので、他の章をそのレベルにひきあげることがちょっと大変だったかなと思います。
鈴木 連作短編ならではの悩みですね。
青春小説でしか書けないもの
鈴木 ご自身の学生時代から変化していることもあると思うのですが、青春小説を書きづらくなることはあるんでしょうか?
天沢 私が書く登場人物が、現在の高校生と100%リンクすることはないだろう、とは常に思っています。私の学生時代にはスマホは無かったので、どうやったってスマホのある高校生活は想像ができないですし。それでも、今まで書いた作品も若い方を中心に読んでいただいているそうなので、時代が移り変わっても変わらないものもあるんだと思います。だからそういうところはあまり気にせず、自分の青春時代をなぞって書いていい部分なのかなと思っています。
鈴木 最後に、天沢さんにとって、『青春小説』の良さってなんでしょうか?
天沢 私が大人になった視点で見ているからかもしれないんですけど、大人が夢中になれなかったり、恥ずかしくてできないことを、恥ずかしげもなく全力でやれるのが彼らの特権だと思うんですよね。
それを小説として描くとき、やっぱり大人を主人公にしてしまうと、なかなかそういう「ピュアな全力」って、わざとらしくなってしまって私には難しい。だけど高校生を主人公にすると、自然に描けてしまう。この力はなんだろうってときどき思います。でもそういうのが青春なんじゃないかって。
大人を主人公にしたときには絶対に書けないものがあるんです。例えばスポーツ小説なら、主人公をプロの選手に置き換えて、絶対に負けられない試合に勝つシーンを描いてももちろん感動的だと思うのですが、少し「感動」のニュアンスが変わってくるんじゃないかなと。プロの場合は「仕事」になってしまうというのもあるし。学生の場合は基本的に一文にもならないことに全力を尽くしているわけですけど、大人になるとなかなかそれができなくなりますよね。お金にもならないのにやってられないよ、って。そういう雑念がないのって良いですよね。
鈴木 ひたむきで懸命な姿にこそ、胸を打たれるんですよね。
天沢さん、今日はありがとうございました!
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『ヨンケイ‼』はリレーに全力をかけて挑む高校生たちの姿を描いた青春スポーツ小説です。
少しでも気になった方はぜひ読んでみていただけると嬉しいです。
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