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子どもたちの興味の入り口を作りたい――出版社の「子ども向けの百科事典の編集」が語る、本音のお仕事

出版社の仕事――と言われて、みなさんは何を思い浮かべるでしょうか?

作家さんの本づくりをサポートする編集、本を売る営業……。
たしかにこれらは一番イメージしやすいお仕事だと思います。

でも、出版社の仕事は、ほかにもいろいろあるんです。

そして、その人たちの情熱と支えによって、本というコンテンツを色んな人に届けられています。

このコーナーでは、「あんまり知られていない出版社のいろんなお仕事」をお届けしていきます。
とはいえ、ここはせっかくのポプラ社一般書通信の場。
会社案内に載るようなよそいきのお仕事紹介ではなく、リアルな悩みや苦労など、中の人たちの「本音」=「B面」の部分も楽しくお届けしていきたいと思います。

第二回のゲストは、「こどもの学びグループ」の杉山明日香さんです。

「こどもの学びグループ」とは聞きなれない部署名だと思いますが、主に学校図書館向けのコンテンツやサービスに関わる部署で、杉山さんはその中でも「総合百科事典 ポプラディア」の編集作業を行っています。

「総合百科事典ポプラディア」とは、2002年に刊行された子ども向けの百科事典。
主に小・中学校の図書室に揃っているので、子どもの頃に学校で見た! という方もいらっしゃるかもしれません。

ポプラディア 旧版

ポプラディアは10年ごとに改訂を行っており、2021年に第三版を刊行予定。
杉山さんはじめ、編集部のみなさんが日夜編集作業を行っています。

さて、みなさん。
「子ども向けの百科事典の編集」って、どんなお仕事をしているかご存知ですか――?
(聞き手:文芸編集部 森潤也)

杉山(サメあり)

(大好きなサメのぬいぐるみを手にする杉山さん)


水族館から出版社にやってきた

 杉山さんは前職では水族館に勤められてたんですよね。ポプラ社に来られた時に「魚の専門家が入社した!」と社内が沸いていたことを覚えていますけど、なぜその道に進まれたんですか?

杉山 昔から魚や哺乳類などの動物が好きで、研究者や動物園や水族館の飼育係になりたいという想いがありました。
だから大学は分類学に進んで、ハダカイワシという深海魚の種類ごとの特徴を調べ、その進化の道筋を明らかにする研究をしていました。大学で魚について学び、その魅力を多くの人に伝えたいと思い、水族館で働くことになりました。

 水族館ではどんなお仕事をしていたんですか?

杉山 本当にいろんなことを経験させてもらいました。漁船に乗って深海魚の漁をしたり、干潟で生き物を獲ったり。もちろん飼育や水槽の掃除もやりますし、ショーダイバーや学会発表もやります。人生で一番大変でしたけど、すごく楽しい時期でもありました。

ダイバー杉山

(ダイバー時代の杉山さん)

 水族館の業務ってそんなにいろいろやるんですか? ショーをやる人とか採集をやる人とか専門に分かれているのかな、と思っていたんですけど、一人が同時にいろんな仕事をやるんですか。

杉山 おそらく水族館の方針によると思います。同じ人が掃除をして餌をあげたりショーをしたりすることで、生き物の体調をきちんと把握しやすくなると思います。ただ、人手の問題もあり、外部のショーダイバーや清掃員の方を雇う所もありますね。

 すごく充実されてた水族館のお仕事だと思うんですが、そこからどうしてポプラ社に移ることになったんですか?

杉山 それが、ぜんそくになってしまったんです。ダイバーもあまりできないし、これからどうしようかなと悩んでいた時に、ポプラ社の求人を見つけたのがきっかけでした。

森 生物関係のお仕事をされていると、出版社の求人情報はなかなか入ってきにくい気がしますが、その時点で出版社も視野に入れてたんですか?

杉山 もともと出版社には興味があったんです。読み物も好きだったんですけど、小さいころから図鑑が大好きで、そこから分類学に進んだところもありました。
水族館のツアーで子どもに深海魚を分かりやすく教える場合、なんて伝えたらいいのか考えた時期があって、参考資料を探しに近くの書店に行ったら「WONDA」(※ポプラ社が刊行している図鑑)の「深海の生物」の巻があったんです。この図鑑って、文章が深海魚目線で書かれてるんですよ。ポプラ社ってゾロリ以外にこんな面白い本もあるんだ、と印象に残っていました。そして何より、大好きな図鑑の編集に関わってみたいという思いから、ポプラ社の求人に応募しました。

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百科事典の編集ってどんなことをしてるんですか?

 そうしてポプラ社の中の人になったわけですが、出版社に入ってみた感想はどうですか?

杉山 水族館や大学の仲間は生き物に興味を持っている人ばかりでしたけど、出版社って本を中心にいろんなことに興味のある人が集まっているのが驚きでした。バックグラウンドもそれぞれですし、思うことが自分と違っていたり、周りの人と話していてすごく面白いなと感じています。

森 今はこどもの学びグループに所属されていますが、どんなお仕事をされてるんですか?

杉山 業務のメインは子ども向け百科事典「ポプラディア第三版」の編集作業です。あとはデジタルコンテンツの開発に関わりつつ、ポプラディアに関する宣伝や特設サイトの運営をやっています。

 その中で今日の本題でもある「子ども向け百科事典の編集」というところを詳しく聞いていきたいんですけども、そもそも百科事典の編集ってどんなことをしてるんですか? 僕も編集者ですけど、百科事典の編集ってぜんぜん知らない世界なんですよ。

杉山 百科事典のポプラディアは2002年に初版が出て、約10年ごとに改訂しています。だから今私がやっている仕事は、一から編集するのではなく改訂作業です。
その流れを説明しますと、まず百科事典に載せる項目のリストアップを行います。
項目が決まったら項目ごとの解説文を作成し、印刷所に入稿すると印刷所から校正シートというものが出校されます。

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(実際の校正シート。※製作途中のため変更の可能性があります)

校正シートはゲラ(※完成ページと同じように組まれたページ見本のようなもの)にする前に解説文をはじめ、読み、表記など、項目の内容を確認するためのもので、編集部はもちろん、関わっている編集プロダクション(※編集協力をしてくれる外部会社)さんや編集委員と言われる監修の先生方に見てもらいます。
校正シートで精査されたら、やっと紙面に落とし込んでゲラになります。最初に出すゲラは印刷所がプログラムで自動で組んだレイアウトなので、まだ文章や写真の配置に不備がある状態です。このゲラを編集部や編集プロダクションさんなどで見つつ、レイアウトの調整を行います。レイアウト調整後も、内容の精査を繰り返し行っていきます。
百科事典の中身の編集作業はこうした流れで進んでいきますが、並行して表紙デザインや索引、学習資料集の作成などの様々な作業も行い、最終的に全て組み合わせて完成します。

表紙色校1

(作成中の表紙色校正。※製作途中のため変更の可能性があります)

掲載項目の選定基準は、単純に明示できない

 当たり前ですけども、作家さんと一緒に作る一般的な本の編集作業とはまったく違いますね。とりあえず、めちゃくちゃ大変そうだということはよくわかりました(笑)
百科事典で大事なことって、「どんな項目を載せるのか」と「項目の説明がどう書かれてどう正しいことを伝えるか」なのかなと思っているんですが、合ってますか?

杉山 そうですね。合ってると思います。

 掲載する項目をどうやって選んでいるんだろうと前から思っていたんですけど、どう決めてるんですか? 改訂するということは、前回から増える項目もあれば減る項目もあるんですよね。

杉山 はい、増える項目も減る項目もあります。特に項目を増やす時の基準は、単純に明示できるものでもなくて、すごく難しいんです。一概には言えませんが、世間で一般的に知られている言葉かどうか、それが一時的なブームによるものではないかなどを考慮します。
また、これまで掲載していた項目の削除はとても慎重に行っていますね。ほとんど同じ内容なのに違う言葉で立項されている項目や、今日では古い価値観の項目は削除されることがあります。削除ではなく一般的な呼び名の変更にあわせて、項目名を変更することもあります。
改訂作業では、言葉の変遷に合わせて項目の掲載の仕方を変えたりとか、細かいところを調整したりしています。
また、学校で使われることが多い子ども向けの百科事典なので、新しい教科書(※学校の教科書は4年ごとに改訂されます)に載る言葉はかなり慎重に見ています。教科書に出てくる言葉を全て載せるわけではないですけど、例えば国語の教材で扱われる「バイオロギング」という言葉など、子どもが調べそうな言葉については編集部で相談しながら掲載を検討しています。

 追加する項目は、編集部で全て決めてるんですか?

杉山 もちろん編集部で項目の解説をチェックする中で、追加したい項目が見つかることは多いです。その他にも、学校に百科事典の出張授業をしている部署もあり、その人たちを通して学校の先生や司書の方から要望を貰うこともあります。また、最初の項目選定の時点では編集プロダクションさんからリストを出してもらい、それに対して編集部で検討したりもしました。
あとは旧版を精査して、追加項目を考えたりもします。「あんぱん」があるのに「カレーパン」や「メロンパン」など子どもに人気なパンが載っていなかったので、今回から追加することになりました。

 へえー。「メロンパン」が載っていなかったのは意外!  
でも、項目を増やそうと思ったら無限に増やせるわけじゃないですか。どういうものを追加してるんですか?

杉山 全て載せると決めている歴代総理大臣や伝統的工芸品や日本で登録されている世界遺産などで、時間の経過と共に増えたものはもちろん追加しています。それ以外での載せる載せないの判断は難しいです。世の中に一般的に浸透している言葉かどうか、一時的なブームじゃないかなどを考えています。そして、可能な限りその項目に関する記録を調べるなど根拠をもって追加しています。例えば、「『ONE PIECE』」は、改訂までの10年でコミックスの発行部数が歴代1位になったので今回から載ることになりました。

 え、「『ONE PIECE』」載るんですね! 

杉山 そうなんです。そうした世の風潮を加味する部分もあるので、選定基準をなかなか明示できないんですよね。
さらに、人物の項目に関して言えば、生きてる人はこれからどのような行動をするかわからず評価が変わる可能性があるため、総理大臣などある一定の基準を満たしている人以外は簡単には立項できません。一方で死んだ人は評価が変わることはないため、比較的立項しやすいという傾向もあります。
もちろん、項目の追加は簡単に出来ないので、きちんと編集部会議で承認されたものだけが追加されています。

 各項目に対しての説明文ですけど、項目によって長さが違いますよね。あれはページ組とか大変だと思うんですけど、ある程度文字数は決まってるんですか?

杉山 項目により特大・大・中・小と分けていて、それによって文字数が決まっています。ただ、文字数に縛られ過ぎて大事なことが入らなくなってしまってもよくないので、あくまでざっくりと決まっています。

 こうした百科事典の編集は何人でやってるんですか?

杉山 社内の編集者は10人前後ですね。作業量に応じて校正の手伝いなど人数が増えることもありますが、かかりきりの人がいっぱいいるわけではありません。ただ、編集プロダクションさんやライターさん、校閲さんなど社外のスタッフはその何倍もいます。それでも、3万項目18巻と物凄いボリュームの内容を編集するので、なかなか大変です。

 想像するだけで大変ですね……


書かれている内容が子どもにとって面白いと思えるか

 「子ども向けの百科事典」って、一般的な百科事典と比べても少し特殊なのかな、と思いますが、編集において気を付けていることはありますか?

杉山 基本的なところですが、項目の内容が間違っていないかに加えて、わかりやすさも大事にしています。正しいことが書かれていても子どもが理解できないと意味がないので、子どもにわかりやすい言葉で書かれているかというのは最低条件だと思っています。
あとは子どもが興味を持てる内容が書かれているか。その項目に興味を持つとっかかりを増やしたいので、書かれている内容が子どもにとって面白いと思えるかどうかは大事にしています。
これらのポイントと文字数のバランスをどうとるかが難しいですね。

 なるほど。「子ども向けの百科事典」として、そんなにいろいろ気を付けてるんですね……すごいなあ。


自分の作業の先に子どもたちがいる

 百科事典編集で大変なことはありますか?

杉山 もちろん項目内容のファクトチェックは大変ですが、それだけでなく偏った思想、ジェンダー観などがないか注意するところでしょうか。それ以外にも古い価値観や偏見が入らいよう、ニュートラルな立場で見るのも大変ですね。

 ちなみに、楽しいところはありますか?

杉山 もちろん、編集作業を通じてあらゆるジャンルの知識を吸収できるのも面白いですし、百科事典が組みあがってくこと自体の面白さもあります。
でもやはり、自分の作業の先に子どもたちがいるというのが一番楽しいかもしれません。
百科事典の出張事業に同行したときに、子ども達が百科事典を引きながら動物のヒルの写真を見つけて、「なにこれ!」と興味津々で眺めていたり、オリオン座を見つけて「これ昨日見た!」と誇らしげに言っている姿にすごく感動したんです。

出張授業

(学校で行われている出張授業の様子)

この百科事典を通して気になることを調べてくれて、これまで気にならなかったことに興味を持ってくれる。それを支える事ってすごく素敵な仕事だなと思うんです。

 それ、めちゃくちゃいい話ですね……。


言葉を調べる過程に子どもの心を豊かにするヒントがある

 ちょっと嫌な質問をすると、いまはネットでいくらでも調べられますよね。でもそんな現代で、出版社が百科事典を作る意義というか、やっぱり子どもに百科事典や図鑑は必要なんでしょうか?

杉山 やはり正しい知識を安全な状況で子どもに提供するという意味でとても大事だし、必要だと思います。
私もスマホで手軽に調べることはたくさんあるんですけど、本当にその情報が正しいかどうかはわかりません。それでも、大人だったらある程度情報の選別ができますけど、子どもだとそれが正しい情報なのかわからず鵜呑みにしちゃうこともあります。子どもが成長していくうえで正しい知識を身につけることはすごく大事で、その役割の一つが百科事典なのかなと思います。

 さらに突っ込んでみますけど、だとすると内容の正しさが保証されていればいいわけですよね。デジタル百科事典などのサービスもたくさんあって、そのウェイトもどんどん大きくなっていると思いますが、紙の百科事典の必要性、という意味ではどうですか?

杉山 たしかにそうなんですけど、紙の百科事典ってやっぱり重要だと思うんです。
紙だとパラパラめくりながら読めるのがすごく大事で、パラパラ眺めているときにふと気になるものがあって、そこから興味の幅が広がることもあるんですよね。だから紙だと「調べもの」の機能に加えて「読みもの」の面白さも加わる気がするんです。
それはネットだとできにくくて、もちろんウェブの百科事典サイトでもオススメ項目などは出てきますけど、基本的に調べた言葉の関連ワードが多いですよね。寄り道がしにくいんです。
でも紙ならば、言葉を調べる過程に別の面白いものとの偶然の出会いがあります。そこに子どもの心を豊かにするヒントがあるのかなと思っています。

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(作成中の誌面。エルサレムからLGBTまで、1ページに色んな情報が詰まっている。※製作途中のため変更の可能性があります)

 百科事典って、そういう意味で一番世界が広いものかもしれませんね。図鑑だと「魚」とか「昆虫」などジャンルで区切られていますけど、そういう枠も飛び越えて、例えば「赤べこ」の見開きにまったく違うジャンルの「アカハライモリ」が載っている。 書籍はそういう異種の繋がりが新しい興味を生む可能性がありますね。

杉山 図鑑に入るその手前が百科事典なので、あらゆるものの入り口だと思うんです。思わぬ興味の入り口になるという意味で、書籍の方がデジタルより強い部分もあるのかなと思います。
あと、これはとても個人的な意見ですけど、本という形で読むのはやっぱりかっこいいし楽しいと思っているので、それが子どもにも伝わるといいなと思います。

 「ポプラディア第三版」の刊行に向けて編集作業もいよいよ大詰めだと思いますが、完成を楽しみにしています! 今日はありがとうございました。


★百科事典編集の裏側については、noteの「ポプラ社図書館部 学びの編集室」でも情報を発信中! よりディープな話を知りたい人は、ぜひ遊びに行ってみてください。


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