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企画から編集・営業まで同時に行う「兼務」だからできた企画とは?~益田ミリさん『おとな小学生』新カバー~

会社で働かれているみなさん、兼務ってされたことありますか?
社内の複数の部署に所属し、それぞれの部署での仕事を融合させてフットワーク軽く動く働き方――兼務。
ひとつの部署の仕事だけでいっぱいいっぱいなのに、複数の部署の仕事を同時にこなすなんて、僕は目が回ってしまいそうです。

ここに、益田ミリさんの『おとな小学生』という特別な本があります。

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ちょうど最近、本屋さんで並んでいるのを見かけたことがあるかもしれませんが、これは2016年に刊行された文庫本(単行本は2013年に刊行)の「新カバー」企画です。

※厳密に言うと、カバーとほぼ同じサイズの「全面帯」なのですが、ここでは分かりやすく「新カバー」と表記して記述します。

以前に出ていた素敵な本を、もう一度たくさんの人に届けたい。そのためにカバーを新しくして再び本屋さんに展開してもらう。
そんな「新カバー」や「新装版」という本の企画は、いろんな出版社がとりくんでおり、とりたてて特別なわけではありません。

今回の『おとな小学生』新カバーが特別な理由。
それは、企画を手掛けた人が、編集者兼営業マンであるということ。

自分で新カバーの企画を立て、売り方を考え、自分で本屋さんや取次さんに営業をし、自分で注文を取り、自分でPOPまで作る……。
兼務という特性を活かして、まさに川上から川下まで全部一人でやってしまった企画なのです。
(※厳密には営業活動は営業チームみんなで行っています)


僕は編集部に所属していますが、上記の通り、編集部のお仕事だけでパンクしちゃうキャパの小ささです。だから兼務なんてすごいなあ……と遠い憧れのまなざしで見つめつつ、でも、自分で手掛けた本を営業まで出来ちゃうって、ちょっと素敵だなあ……と思ったりもします。
それに、販売の現場で働く書店員さんと密接であるからこそ、編集の仕事にフィードバックされることもあるような気がしますし、双方の仕事にプラスにもなったりするんじゃないだろうか。
いや、でもやっぱり大変じゃないだろうか……。

そんな兼務という働き方に個人的な興味を抱いた僕は、『おとな小学生』新カバーを手掛けたスーパーマン、辻敦さんに話を聞いてみることにしたのでした。
(聞き手:文芸編集部 森潤也)

辻敦さんプロフィール
1989年、千葉生まれ。2014年、新卒でポプラ社に入社。児童書営業、児童書編集、一般書営業を経て、2020年から一般書営業と編集を兼任。

※人数の少ない小規模の出版社であれば、編集者が営業の仕事も行うこともあります。あくまでポプラ社のこれまでの働き方として異色である、という前提でお読みいただければ幸いです。

※辻さんは森と年も近いため、話している雰囲気をそのまま楽しんでもらおうと、いつもの記事よりフランクな口調を残してまとめています。


「編集者」に憧れた

 辻君はもともと、なんで出版社を志望したの?

 以前、新潮社で編集者をされていて、いまは作家でもある松家仁之さんが、大学で授業をしてくれてたんですよ。その授業がほんとうに面白くて、編集者ってかっこいいなと思ったんですよね。それで編集者、というか松家先生に憧れて、出版社を志望しました。

 本自体は昔から好きだった?

 受験勉強で文学史とかやりますよね。そこで国語便覧の最後のほうに載ってる坂口安吾とか太宰治とかの名前や作品を覚えるうちにふと読んでみたら面白くて。本をしっかり読み始めたのはそこからですね。
就活では総合出版社ばかり受けていて、児童書はあんまり考えてなかったんです。それが、知り合いからふいに「ポプラ社っていいんじゃない?」と言われたんですよ。
僕はもともと教師志望だったんで子供が好きだし、絵本も好きでこっそり集めたりしてたので、ぴったりじゃん! と思って受けてみたわけです。

児童書の営業と編集の経験

 めでたくポプラ社に新卒入社して、まずは児童書の営業をメインで行う「児童書営業促進部」に配属になったわけですが、そのときも編集をやりたいという想いはあった?

 ポプラ社に入ったからには児童書――特に絵本の編集をやりたいという想いがありましたね。絵本好きでしたし。

 一年後に、「児童書第一編集部」に配属になったわけだよね。絵本などを作る編集部だから、念願かなったわけだけど、具体的にはどんな仕事をしていたの?

 ちょうど「世界名作ファンタジー」というむかしばなし絵本シリーズのリニューアルプロジェクトが動き始めていたので、そのお手伝いがメインでした。その合間に企画を立てたりして、自分でも絵本を4冊担当させてもらいました。お手伝いも入れたら6本かな? 好きな作家さんにも会えるし、原画を見た時は超興奮しますし、絵本作りは楽しかったですね。

自分の興味の延長線上に仕事を置けたら最高


森 そうやって児童書編集者として本づくりを2年間経験したのち、大人向けの本を営業する「一般書営業部」に異動になったわけだけど、そこではどのような仕事をしていたの?

 最初半年は書店営業でした。毎日何店舗も書店をまわって、本の注文を貰う……という仕事ですね。そのあとで内勤中心の仕事に移って、今は新書や企画系の単行本の配本業務とか、ポップ作りとか、ぼくが営業担当する本をどうやって売っていこうかな、みたいなことを考える仕事をしています。

 児童書営業の経験もあるけれども、「一般書営業」の仕事で学んだことや違いはある?

 いっぱいありますね。一般書営業では、「より多くの人に届けて利益を出す」という視点をあらためて考えさせられました。
あとは児童書と一般書のジャンルの違いですね。児童書は比較的、売り場を細かくメンテナンスして長期で売り上げをのばしていくジャンルだと思います。でも一般書は、それぞれの営業の仕掛けがすぐに成果に繋がりやすいジャンルだというのがすごく違っていて面白かったですね。
一般書ではPOPやポスターなどの拡材作りを自由にやらせてもらえたのが楽しかったです。拡材作りは営業の仕事の中で唯一といっていいくらいのクリエイティブな部分なんですよ。

 辻君の拡材はクリエイティブ力が飛びぬけてるよ(笑)

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(『みんなで筋肉体操』の大きなパネル)

人生は攻略できる_貼絵verA4パネル

(得意の切り絵を活かしたPOPも)

 効果があったものないものありましたけど、売り上げに少しは貢献できたかなと思います。

 いろんな営業視点と技術を持っている辻君が営業にいてくれると心強いし、きっとやりがいもあるだろうと思うんだけど、やっぱり出版社志望の原点である「編集」をやりたかった?

 やっぱり編集がやりたかったですね。誤解を恐れずに言うと、自分の興味があることがやりたいんです。自分の興味の延長線上に仕事を置けたら最高だなという気持ちがずっとありました。

益田ミリさんとどうしても仕事がしたかった

 そうしてついに、2020年の4月から企画編集部にも配属になり、一般書営業との「兼務」になったわけです。その兼務の立場で取り組んだのが、益田ミリさんの『おとな小学生』という本の新カバー(帯)展開。
なぜ『おとな小学生』の新カバーという企画を立てようと思ったの?

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(左:通常文庫。 右:今回の新カバーバージョン)

<内容紹介>
絵本を開くと、よみがえってくる、こどもの時間。なんにでもなれると信じていた頃のまっすぐな憧れ、初めてひとりでできた達成感、友だちにゴメンと言えなかったときの気持ち――忙しい毎日のなかでつい忘れそうになる、おとなになっても大切にしたい気持ちを描く、じんわりやさしいコミックエッセイ。


 益田ミリさんはもともと別の先輩が担当されてたんですけど、ぼくが編集部に配属になったタイミングでその先輩がちょうど産休に入られたんです。そこで、ぼくに担当を引き継がせてください!と手を挙げたのがスタートです。
昔から大好きだったので、すぐにでも新作をお願いしたかったんですけど、コロナの影響もあってすぐにはお会いできないので、具体的に企画のご相談をするのがなかなか難しかった。でも僕はミリさんとどうしても仕事がしたかったんです。それもいますぐに笑。
なにかできないかと考えていたときに、カバー替えをしているミリさんの文庫(『心がほどける小さな旅』)をブックファーストのアトレ吉祥寺店で見つけたんです。それを見て、『おとな小学生』でやればいいんだ!と思ったんです。

 この新カバー企画で面白いのは、自分で企画を出しつつ、編集から営業・受注までやっちゃったところだよね。同僚としては、すごい!の一言なんですが(笑)
まず編集者として、カバー作りはどうアプローチしていったの?

 この本はミリさんの「思い出の絵本とともに子ども時代を振り返る」コミック&エッセイで、元の表紙は『ぐりとぐら』のオマージュなんです。だから新カバーでは違う絵本のオマージュにしたくて、さいしょのエッセイに出てくるアーノルド・ローベルの『ふたりはともだち』がふさわしいかなと思ってお願いしてました。
ところが、ミリさんが「ぐりとぐらのパンケーキもかわいいのでこっちも描いてみました」と別の絵も送ってくれたんです。それがめちゃくちゃかわいくて、これにしよう!と決めたのが、このカバーです。

 へえ~、そんないきさつがあったとは!

 ちなみに、もともと予定していた『ふたりはともだち』オマージュのイラストもすごく素敵なので、ソデにいれています。POPにも使わせてもらいました。

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(幻のカバーを使ったPOP)

書店本部さんの意見を聞いて路線を変更していった

 こっちもかわいいね~。デザインもおしゃれ。

 実はこの本のデザイナーさん、HOOHの中村さんというんですけど、僕の高校のクラスメイトなんですよ。

 ええ!

 偶然デザイナーをやってると知って仕事を見たら、手掛けている映画のフライヤーとかがめちゃくちゃカッコよかったんです。それでうちでも新書のポスターをお願いしたんですが、そのデザインもすごく素敵で、今回もお願いしてみようと思いました。
気兼ねなくいろんなことが言い合えて、楽しかったです。

 デザイナーさんと率直に色んな意見を交わしあえる関係というのは、とっても大事だよね。

 そうなんですよ。カバーの方向性やコンセプトは、かなりデザイナーさんと話し合いました。
実は、最初は「インパクトと変化した感じ」の二点をコンセプトとして考えていたんです。
それが、すごく尊敬している書店本部担当者の方に、商談がてら相談したところ、「益田さんの本にインパクトはなくていいんじゃない?」と言われたんです。
インパクトを重視しなくてもイラストがちゃんと目に入れば益田さんの本だと分かる。トータルコーディネートのほうが大切じゃないの? と言われてはっとしたんです。
その意見を頂いて、目先のインパクトを重視するんじゃなく、ミリさんの素敵なイラストをしっかり活かしたカバーにしようと決めました。

 編集として最初はインパクトのある表紙にしようと思っていたけど、営業として書店員さんの意見を聞いて路線を変更していったわけだ。それは編集と営業の兼務の良さがすごく出てるとこだね。

 インパクトに関しては、「店頭でしっかり目立ってほしい」とか「読者が思わず手に取ってくれるようにしたい」とかいうような営業としての気持ちのほうが勝っていました。ただ、書店の方の生の意見を聞いて、それがよいと思えばダイレクトにカバー作りに生かせるというのは、営業をしている良さが出たと思います。しかも相談をしながら商談もできるので楽しかったですね。

 編集者もそれぞれ仲のいい書店員さんがいたりするけども、営業も兼務していないとそこまで踏み込んだ話ってなかなかできないし、相談と合わせて商談なんてできないので、それができるのは兼務の面白いとこだなと思うね。

 ちなみに、今回のカバー替え分の受注はぜんぶで1万部もあつまったんですよ! すごくないですか。下手すれば新刊1冊分より多い。受注に協力してくれたチームのみんなのおかげですね。それで1万5000部重版できました。

コピーを考えるために、読書メーターの感想を全部読んだ

辻 あと、カバーのコピーを考える時には、読書メーターの『おとな小学生』の感想を全部読みました笑。

 なんと! それはすごい!

 もともとの帯コピーもすごくよかったんです。でももう少し変えられそう、ぼくだったらこうするかも、みたいな気持ちがありました。なので、読者はどんな感想持っているのか純粋に気になって読んでみたんです。そしたら、読者がどんなところに魅力を感じているのかが見えてきたような気がしたんですよ。元のコピーのエッセンスを残しつつ、感想を読んでつかんだものを自分の言葉でより良く伝えるにはどうしたらいいかを考えて、コピーをまとめました。

 表面にそのコピーが入って、裏には4コマが入ってるんだね。かわいい。

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 4コマはもとの文庫カバーには入ってないんですけど、ミシマ社さんの本で、帯にも4コマが入っているのがあるんです。それがかわいかったので、真似しました。

森 これ、いいね。ポプラ文庫のカバーは基本的にフォーマットになっているから、普通はこういう場所に4コマを入れられないんだけど、新カバーならではの面白さがある。

辻 コミックエッセイということが一目でわかるので、僕も気に入ってます。調子にのって後ろソデにも入れちゃいました(笑)

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(いろんなところに4コマがあしらわれています)

営業・編集それぞれの視点で大事な「装丁」ポイント

 いままで話を聞いてきて、まさに営業目線と編集目線の両方が詰まってできたんだなあと感じているけれども、この本に限らず、営業マンとしての辻君が「本の装丁」で大事にしたいポイントとかあります? 

 なんだか編集の方に怒られそうな気がしますが、営業的には帯は販促物だと考えています。だから、語弊があるかもしれないけど、本がすこしでも多く「売れる」ようにならなきゃいけない。そうしないと帯つけている意味ないですよね。帯にタイトルと同じようなことを書いていても意味がないし、内容説明ばっかりで宣伝要素ない、みたいなのもだめなんじゃないかと思います。読者が立ち止まって本を手に取りたくなるような要素を大事にしたいです。

 帯はyoutubeのサムネイルみたいなものだよね。

 そうですね。場合にもよりますけど、芸術的すぎてもよくないし、ゴリゴリ過ぎてもよくなかったりすると思います。メリハリでしょうか。

森 逆に編集者としての辻君が「本の装丁」で大事にしたいところは?

 「編集者として」なんてエラそうに言える立場ではないですけどね。
すごい迷ったんですけど、さっき言ったことと真逆です(笑) 
営業的には帯は販促物だから芸術的過ぎてはいけないけど、編集的には本という美しい物の一部。だから下品にはしたくないですね。
でも、推薦コメントとかでテキストがいっぱい入っていたり、売れてます的な要素が入っていたりしても、素敵な帯ってありますよね。

 あるある。辻君が今言った営業・編集それぞれの求めるポイントって、どちらかしか成り立たないわけではなく両立できるものだと思うので、それを目指したいね。

二つの部署の仕事量のバランスを取るのが大変

森 ポプラ社では複数の部署を経験している人が増えているけど、それはジョブローテ的な概念で、兼務とはまた違うよね。大変だろうけど、兼務でしかやれないこともあると思うんだけど、やってみてどうですか?

 兼務で本づくりに関われるのは嬉しいし楽しいです。でも、二つの部署の仕事量のバランスを取るのが大変ですかね。
編集部の会議で出した企画がいい反応でも、目の前の営業の仕事で手一杯で企画の一歩目が踏み出せなかったりすることもあるので、それが難しい所ですね。まあ、時間作れよって話ですけど笑。でも今回みたいに、カバーも作って、売り方を考えて、注文書もつくって、拡材もつくって、促進もできちゃうのはすごく楽しいです。それが自分の思い通りに読者に広まったら最高ですね。

 兼務だから成しえた企画第一弾、ぜひ成功させましょう! 今日はありがとうございました!



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