小説を書くために、なぜ「手書きで絵を描く」のか?――いぬじゅんさん創作インタビュー
作家さんの「創作の原点」は、どんなツールで生み出されているのかしら?
そんな素朴な疑問から生まれた今回の企画――創作大調査。
書くことといえば文具でしょ! ということで、ぺんてるシャー研部さんといっしょに、書き手の人たちに大アンケートを取ってみることにしたのでした。
おかげで271名もの書き手の方がご参加くださり、とても興味深いアンケート結果が得られました。
アイディアを詰める部分は手書きの人もいらっしゃるかな……くらいで考えていましたが、僕が思っていた以上に手書きで物語を作り上げる人が多くて、正直に言うと少しびっくりしました。
手で書くことの魅力を再確認できましたし、創作の形は人それぞれだなあ、とあらためて考えさせられた次第です。
しかしアンケートだけで終わるのはもったいない!
もう少し具体的に掘り下げてみたい!
ということで、アンケートにご回答くださった中から、「冬シリーズ」が大人気の小説家・いぬじゅんさんに創作インタビューを行うことにしました。
1月に刊行された最新作『その冬、君を許すために』は「手で書く」という部分をどのように創作に活かしながら造り上げられたのか。
ここでしか見れないマル秘資料もアリの特別インタビューになりました――。
(聞き手:文芸編集部 森潤也)
『その冬、君を許すために』内容紹介
「物書き人」として詩や、ブログで日記を書いている冬野咲良はある日、誰かに追われている気がして、カフェのテラス席にいる男性に声をかけた。そこにいたのは静岡でプログラマーとして働く鈴木春哉。ふたりは“運命の出会い”を果たし、関係を深めていく。が、春哉はかつて交通事故に遭い、一部の記憶を失くしていた。やがて衝撃の事実が明らかになり……? 驚きのどんでん返しの後、温かい涙が頬を伝う、この冬最高の許しと愛の物語。
いぬじゅんさんプロフィール
奈良県出身。2014年、「いつか、眠りにつく日」(スターツ出版)で毎日新聞社&スターツ出版共催の第8回日本ケータイ小説大賞を受賞し、デビュー。本作を含む「冬」シリーズ「この冬、いなくなる君へ」、「あの冬、なくした恋を探して」(いずれもポプラ社)や「奈良まちはじまり朝ごはん」シリーズ(スターツ出版)などヒット作を数多く手掛ける。
★ぺんてるシャー研部さんとの共同インタビューで、シャー研部さんは「手書きと創作」という部分を深掘りした素敵な記事を書いてくださっています。この記事の前段とも言えますので、先にシャー研部さんの記事を読むと二倍楽しめます。よかったら合わせてぜひ!
「赦す」という言葉が降りてきた
森 最新刊の『その冬、君を許すために』ですが、アイディアはどのように思いつかれたんですか?
いぬじゅん ふと「赦す」という言葉が降りてきたんです。「許す」ではなく難しい漢字の「赦す」で、最初に編集者さんに送ったプロットのタイトルも「赦す」で出していました。
人が人を許すとか許されるってすごく主観的なものだし、「赦す」って言葉はすごくいいなあと思っている間に、話が頭の中にできていきましたね。
森 いぬじゅんさんは今作はエクセルでプロットを作られたんですよね。エクセルで作られるというのもまた面白いですね。ちなみにプロットに対して、編集者から指摘は入りましたか?
(▲『その冬』創作時のエクセルプロット)
いぬじゅん 大筋は大丈夫でしたね。「いぬ純度」と私が勝手に呼んでる指標があって、編集者さんから指摘が入って話が変わると「いぬ純度」が下がるんですけど、今回の「いぬ純度」はあまり下がりませんでした。
森 「赦す」という言葉が最初に浮かんだとおっしゃいましたけど、最初にテーマがあって、そこに物語を落とし込んでプロットを作っていくんですか?
いぬじゅん いや、普段はあまり考えていないです。むしろプロットを出した後に「この話のテーマは何ですか?」と聞かれたりもします(笑)
冬シリーズは「冬」「社会人が主人公」という統一テーマがあるだけなので、毎回新しいことにチャレンジしたいなと思っているうちに、「赦し」を思いついてしまっただけですね。
それがなぜなのかはわからなくて、私が許されたかっただけなのかもしれません。
森 いぬじゅんさんの『この冬、いなくなる君へ』『あの冬、なくした恋を探して』『その冬、君を許すために』の3冊は「冬シリーズ」と呼ばれていますが、いわゆるシリーズ物とは少し違っていますよね。1作ずつ世界が完結しているので、作品ごとでキャラクターも変わりますし、どこから読んでも楽しめます。こうしたシリーズの造り方は難しいですか? それとも面白いですか?
いぬじゅん 冬が昔から好きなので、「冬」という縛りがあるのはとても嬉しいし、楽しく書いています。あと、作品ごとに独立しているように見えて、『この冬、いなくなる君へ』と『その冬、君を許すために』は世界観が少し繋がっていて、共通の登場人物が出てきたりもするんですよね。だから世界も広がっていますし、そういうところでシリーズっぽくしています。
最後のシーンのセリフが最初に出てくる
森 ここからストーリー面を伺っていきたいんですが、いろんなアイディアをプロットにどう落とし込まれていますか? 全体のストーリーを作るのが先ですか、それともキャラクターを固めるほうが先ですか?
いぬじゅん だいたい最後のほうのシーンのセリフが出てくるんです。それをメモしておいて、シーンから遡って簡単なあらすじができてきます。そのあらすじに肉付けして話を作っていく感じですね。
森 逆に言うと、ラストのシーンはほぼ決まっているということですか?
いぬじゅん そうです。最終章に入る前に「この人です!」とキャラクターが言うシーンがあるんですが、今回はそれが決まっていました。そこから一気に作っていきました。
森 「キャラクターが動く」というお話をよく聞きますが、実際に原稿を書いていくうちに、プロットからどんどん変わっていくことはありますか?
いぬじゅん デビューしてすぐの頃は、書いてるうちに全然違う方向に行ってしまうことがよくありました。それが作品に良い形で作用すればいいんですけど、主観が入ってしまい悪い形になることが多いので、最近はちゃんとプロット通りに書くようにしています。
そうは言っても、書いていくうちに変わる部分はありますね。今回も原稿を書きながら新たな登場人物を出しちゃったんですよ。作中に接骨院の先生をしている女性が出てきますけど、この人は最初のプロットにはいなかったんです。ただ、物語を動かす中でこの人がいたほうが転がっていきやすいので、編集者さんと相談して増やしました。
執筆前にキャラクターの絵を描く
森 キャラクター作りのお話に移りますけど、プロットが出来上がって執筆OKになったら、スケッチブックに手書きでキャラクターのイラストを描かれるんですよね。小説を書きはじめられた最初の頃から、絵を描かれているんですか?
いぬじゅん デビュー作の『いつか、眠りにつく日』では描いてないですね。二作目を書くときに、どういう風に書いていくと自分の中で整理しやすいか考え、絵があれば分かりやすいと思ってはじめました。
(▲『その冬~』のキャラクターイラスト)
森 執筆時に自分のキャラを手書きされる作家さんは初めてお目にかかったので、すごく面白いなあと思いましたし、キャラクターの絵を描くというのは、まさに「手書き」ならではの部分ですね。ほかの作家さんもご自身でキャラクターのイメージをお持ちだと思いますけど、「絵を描く」というアウトプットまでされる方は少ないと思います。
いぬじゅんさんはどのようにキャラクターを生み出して、描いていくんですか?
いぬじゅん 勝手に思い浮かんでますね。『その冬』では、前髪ぱっつんで髪がロングの女の子がカメラを持って歩いている絵が浮かんできて、その漠然としたイメージが固まってきた感じですね。だから最初に描いた絵と、いよいよ書き出すときの絵はだいぶ変わりますね。ちなみにぼんやりしていたり自信がない所はシャーペンで描いて、いろいろと固まってくるとサインペンなどはっきりした線で描いたりします。
「シーン」の連なりが構築する「世界」
森 漠然としたイメージということは、「シーン」がふっと思い浮かんでくるということですか?
いぬじゅん そうですね。あるシーンが思い浮かんで、それを描いてみることで絵自体が動き出します。
森 なるほど、わかってきました。頭の中のシーンを絵に落として、それらを徐々にくっきりさせていくんですね。
いぬじゅん カメラみたいな感じです。最初はぼやけていたものがズームアップして顔が見えてくる感じです。あと、絵で描いておかないと身長とかがおかしくなったり、キャラクターがぶれてしまうので、そういうものを視覚的に統一させるためにも絵で描いています。
森 いぬじゅんさんの小説は「シーン」の連なりが構築する「世界」なんですね。いぬじゅんさんはキャラクターも絵で描かれるので、ストーリーとキャラクターの二輪で小説を作っているのかなと思っていたんですけど、大事なのは「世界」であって、それをその両輪で小説に落とし込んでるんですね。
いぬじゅん そうですね。ストーリーやキャラクターというよりも、一つの世界をどう表現するかしか考えていないです。
森 なるほど。「手書きで絵を描く」ということが、いぬじゅんさんの小説の形にすごくしっくりきました。
最後になりますが、『その冬、君を許すために』について、読者にメッセージなどありますか?
いぬじゅん 僕は自分が許されるために人を許したいと思って生きてきたような気がします。それは若い人にはまだピンとこないかもしれないけど、大切なことなんじゃないかなと思うんです。
人を許すことって「受け入れる」ことだし、相手を許せる人にみんながなれれば、世の中が平和になるんじゃないかと思います。
そんなことを少しでも感じて貰えると嬉しいです。
森 本日はありがとうございました。
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