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ブルームーンキス(櫻坂46)歌詞 考察小説 #4

櫻坂46のブルームーンキスから着想を得て、一作書いてみました。
かなり前に書いたものです。

自宅へ繋がる一本道を、家が近い部活のマネージャーと二人、熱帯夜の中を淡々と歩いている。僕が飲み物を買うためにコンビニへ立ち寄りたいと言い、少し二人で遠回りをした。だからバスがなく、歩くしかなかったのだ。彼女はいつも、歩幅の広い僕に気を遣い、少し先を行く。

今夜は、月が綺麗だった。だから、とても人恋しい。ひと際大きく、怪しくも見える月光は彼女を照らし、改めて二人きりであることを認識させる。照らされる彼女は、どこか幻のようだ。

「夜遅くまで、片付け手伝ってくれてありがとう。」
彼女が、少し近づいて、振り返る。シャンプーの香りが、鼻腔をくすぐる。
「いつもそうでしょ。今さら礼なんていらないよ。」
居心地が悪い。そしてどこか、落ち着かない。
いつものようにからかってみようとしたけど、浮かぶ言葉は一つ、また一つと泡のように消えていく。

「親も心配してたから。いつも、ありがとう。」
そして、彼女は満面の笑みを浮かべる。
「優しいね?」
照れてしまったのか、彼女は正面を向いて少し距離を空けながら歩き出そうする。

振り返ろうとしたその肩を、思わず抱き寄せた。
「えっ?」
顎に手を添え、不意に唇を重ねた。彼女の肩はこわばり、目も見開かれる。
「あっ、キスしちゃった」
紛らわせるように風が吹き抜け、辺りがし〜んと静まった。一本道に立ち尽くす彼女は、俯いて唇を触っている。そして何かを読み取ろうとするかのように、僕をじっと見つめている。ひどく驚いているようだ。僕は胸の内で、驚かせちゃってごめんと謝った。

予測できてはいたが、この空気が怖かった。気まずさに負けて、反省なんかしたくない。だから一歩、踏み出せずにいた。こんな空気になるなら、あのときコンビニへ行くなんて口実を作らずに、あのまま素直に送るべきだったんだ。

僕たちはずっと無言だった。というより、何を話したらいいのか、どういう顔をすればいいのかわからなかった。立ち尽くす僕たちに呆れた月明かりに気圧され、ようやく歩きだしたのだ。


彼女は、僕が急に思いついてやったのだと思っているだろう。それは違う。偶然を装った、用意周到なプランだった。その唇の感触、温度。何度成功した時のことを想像しただろうか。でも同時に、それが僕の自己満足による切ない一瞬の夢でしかないとわかってもいた。

そんな僕が、この瞬間をずっと狙っていたことを打ち明けるのは、到底無理な話だった。本来ならば、正直に彼女へ打ち明けるべきだ。でも抱く想いの中にある、相反するような臆病さを持つガラス細工のような脆さを打ち壊すことはできない。僕の中のプライドが、それを許さない。
そんな思いを抱えてもなお、想像し続けてしまう。都合の良い、僕の逡巡だった。

自然な流れで できたかどうか、何度もシュミレーションをしたが僕には分からない。
少しずつ家が近づくことに焦り、落ち着かなくなっていたことも事実だ。
そしてきっとこの焦りは、彼女にもバレている。
今さらどう取り繕ってみても、胸の鼓動が昂まっていること、愛していることは筒抜け。もう手遅れだったんだ。


今ここで何か話さなければ、今日という日は二人の関係が壊れただけの最悪な日になってしまう。取り返しがつかない。それとなく、いつものように冗談を言ってみたいけど、ロマンティックすぎて、頭の中が真っ白で、何も浮かばなかった。

何が正解かさえわからない。あの不意打ちを装った電流のようなキスは、僕に一瞬の満足と関係を破綻した後悔を同時にもたらした。
いつの間にか、彼女を送って自分の部屋にいた。どう帰ったかは、思い出せない。
 
その日は、ブルームーン。いつもより月が青白く、そして大きくなった日。
日頃抑え込む感情は、何かの拍子に吹きこぼれてしまうらしい。

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