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嘆きの壁



いつなのか、どこなのか

嘆きの壁と呼ばれる壁がありました

 

 

この壁は、

ある人には厚く、

ある人には薄く、

ある人には存在しない、

不可思議な壁でありました

 

その壁は、

ある人の周りでは天に届くかの如く聳え立ち、

ある人の周りでは丘のように越えるのが簡単で、

ある人の周りでは校庭に描かれた白い線のように

朧げな壁でもありました

 

手で触ってみるとボロボロと崩れ、

手が壁の中にぬっぺりと入り込みそうになり、

壁が自分自身の一部となってしまうような

そんな手触りをしていました

もちろん、壁を知ることがない人は

その壁の手触りを確かめる術はありません

「壁は、触ってもさらりとしていた」と言う人もいます

 

砂埃のようなほこり臭さがあり、

それを吸い込むとせき込む人もいました

壁が見えない人には、その姿を訝しげに思い首をかしげていました

「なぜ、あの人には壁が見えて、私には見えないのか」

 

ある人が「壁は存在しない」と言うと

ある人が「確かに壁があるではありませんか、私は知っている」と言い

ある人が「壁がないと言うなら、それは壁の存在を否定することになる」と言い

ある人は「壁を超えろ」と言い

ある人は「私は自らの行動の中で、壁を定義する」と言い

ある人は「私が思えば壁はここにあり、ゆえに私は存在する」と言いました

 

 

壁のこちら側の人は、遥か彼方に見える壁の先を憂い、

壁の向こう側の人は、壁の反対側を呪い、

壁に阻まれる人は、壁の外の存在をも知らず生き、

それぞれが壁の存在を疎ましく思うも、

まぁ、それなりに幸せに生きていました

 

 

 

ある日

「すべての壁を撤去します」とお触れがありました

 

 

 

人々は喜びましたが、

壁がなくなることに、どことない不安を覚えました

なぜなら、生まれた時から今まで、壁と共に存在していたからです

壁がない、ということがどのようなことか、

わからないゆえ恐れました

 

壁のこちら側の人は、遥か彼方を想像し、

出発する準備を整え始めました

 

壁の向こう側の人は、壁の反対側には行かないと決め、

今の生活を守り抜く決意を固めました

 

壁に阻まれる人は、壁の外の存在を初めて知り、

畏れから壁を神聖なものと崇め、祈るようになりました

 

 

 

壁がなくなりました

 

 

 

ある人が「私が思えば壁はここにあり、ゆえに私は存在する」と言い

ある人が「私は自らの行動の中で、壁を定義する」と言い

ある人が「壁を超えた」と言い

ある人は「壁があると言うなら、それは壁の存在を否定することになる」と言い

ある人は「確かに壁はないではありませんか、私は知っている」と言い

ある人は「壁は存在する」と言いました

 


いつなのか、どこなのか

嘆きの壁と呼ばれる壁がありました










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