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正直とはなにか?を考える映画 「幸せなひとりぼっち」 ※ネタバレ含む

というわけで、34です。この映画みながらずっと泣いてました。
興味をもったきっかけはタイトルで「ひとりぼっちなのに幸せってどういうこと?」という疑問からでした。
とりあえず、映画の情報を下にはっておきます。紹介あたりまではネタバレないので、気になった方は映画を観てみてください。

「幸せなひとりぼっち」(原題:En man som heter Ove)2015 スヴェーデン

アマプラの映画紹介文では、


「妻に先立たれ、さみしさと悲しみに耐えられなくなった中年男性オーヴェは自殺を思い立つ」

とだけ書かれていました。
勿論、おお、これ観て大丈夫なやつかな。。と心配になりましたが、結論から言うととてもよい映画でした。以下からネタバレ込みの感想になります。ぜひ、映画を観てから読んでくださいね。




1.どこにでもいる頑固じじい。実は真面目なだけ?

冒頭から、2つでいくらの花を1つだけ欲しいから半額にしろと店員さんを困らすおじさんが登場します。あーこういう融通のきかない人いるよね。
でも、おじさんがいくのは奥さんの墓。どうも毎日花を変えているようです。あれ、この人いい人では?
おじさんはそのあとも住んでいる敷地を厳しくとりしまったり(馬鹿どもに道を走らせるな)、人の飼い犬を罵倒したり、猫を追い払ったり、挨拶を拒否したりと存分に「嫌なじじい」を堪能できます。
でもこのおじさん、砂場に埋めてある子供のおもちゃを掘り出して、捨てるんじゃなく並べているんですよね。それを観て思ったんです。


あれ、やっぱりこの人いい人なんじゃない?

それに、敷地の管理は仕事ではなく、どうも個人的に見回りをしていることがわかります。が、次の瞬間42年間続けた本職の鉄道整備の仕事をあっさりクビになります。

2.おじさんの死はラフメイカーたちに邪魔される。

あらすじにあったとおり、人生に耐えかねたおじさんはロープで一人この世からいなくなろうとします。
この時、自分の方に向いていた奥さんの写真を窓の方に向けてあげているんです。やっぱり、いい人じゃんね。
この「孤独」の苦しさがすごく伝わってきて、まず泣きました。


そして、

庭の目の前に突っ込んでくる車、にぎやかな家族。

つい人生からの脱落をやめて、怒りならがらもおじさんは対応してあげます。
外からみると嫌なおじさんかもしれませんが、ここまで観ていくと、ああ、この人ただ、ただ真面目なんだなというのがバシバシ伝わってくるのです。

この後もおじさんは何度もこの世から旅立とうとし、その度に住民や他の人や猫に邪魔されていきます。
しかし、その度に怒りながら世話を焼いていくおじさん。


すごく、バンプのラフメーカーを思い出しました。おじさんは一人で閉じこもろう、いなくなろうとするのに鉄パイプどころか車でつっこんでくるんですね。猫も子供もついてきます。こりゃおじさん、まいっちゃう。

不器用ながら真面目に周りの人に関わっていくおじさんに、どんどん周りの人もついていきます。
父親に追い出されたから家に止めて欲しいと頼んできたゲイの男の子と近所のぶーっちょっちょが、おじさんの見回りについていくシーンがすごく好きです。
後、ぶっーっちょちょは、デブは熱がすごいんだとかなんとかと言って猫を肌で温めてあげる名?シーンもありますね。
お隣の肝っ玉イラン女性パルネヴァと笑い合うシーンも、奥さんがなくなってから初めて他者と気持ちを通わせたんじゃないかな。と思い心が暖かくなりました。

3.父から受け継いだ正直でいること。

途中途中で語られる、おじさんの過去も涙なしにみられません。最愛の人がどんどんと亡くなっていったことを考えると苦しくなりますね。
父はあまり喋らなかったと語られているので、お父さんも同じように真面目で、ちょっと不器用な方だったみたいですね。
財布を盗もうか悩んだけれど、警察に届けたことについて、おじさんのお父さんは「何事も正直が一番だ。だが正直になるには後押しが要る。時折ね。」と教えてくれます。
たぶんこの言葉があったから、おじさんはずっと自分が思う正直であり続けたのではないのかなと思いました。
悪には拳で立ち向かえ、ルールは守らせろ、などちょっと極端に感じるところもありましたが、火事の家に人を助けにいったり、奥さんのために台所を低くしたりと、やっぱり優しい人物であったことがわかります。こんなことまできる人はなかなかいないのではないでしょうか。
優しさ故に、正直である故に深い悲しみを抱え込んでしまったのかなとおもいました。

4.正直とはなにか?と白いシャツの野郎との対決。

こうやって書いていてわかったのですが、この映画が問いかけていることは「本当の正直とはなにか?」ではないかと思うんです。
主人公のお父さんが言っていた「正直になるためには後押しがいる。時折」ということが体現されるシーンがいくつかあるんですね。

1つは、車の運転がうまくいかず、後ろの車にクラクションならされまくったことで嘆いた肝っ玉イラン女性パルネヴァに「2度も出産に耐えこれから3度目、イランの戦場からここまでたどり着き、新しい言葉を学び、ダメ男と結婚までした。運転ぐらい何でもないはずだ。」
と、カツを入れて背中を押すシーン。
ここは初心者マークの人にクラクションで煽るような悪をぶちのめすという正義に正直な行為でなく、パネルヴァのために怒っているのもかっこいいですね。

2つ目は、若きおじさんが、どうにかして事故の制裁を下そうとあちこちに訴訟を起こそうとした時、奥さんに「今を生きるのよ」と言われて、奥さんが車椅子で学校に入れるように自分でスロープを作るシーン。
奥さんの言葉に背中を押されたことで、今自分ができるのは、本当にしたいことはなんなのかを考えて動くことができた印象的なシーンです。ここも泣かないのは無理でしたね。すごいパワーだよ。愛だね。愛でしかない。

3つ目は、宿敵である「白いシャツの野郎」との対決で、おじさんがどうにもならないと嘆いた時に、肝っ玉イラン女性パルネヴァに
「わたしを励ましてくれた人が、ただ座って自分を憐れむわけ?
”周りはバカばかり”とそして諦めるわけ?地球上で解決できるのは自分だけだから、でも1人で、なにもかも解決することはできない。」
と言われたシーン。
これまでおじさんはあらゆることを自分の力で解決してきたんですね。それだけのことをできるパワーやパンチ力や能力がおじさんにはあったんです。
けれど、白いシャツの野郎のことは解決することができなかった。だから馬鹿野郎と罵倒するしかなかった。奥さんを亡くして悲しい気持ちも自分では解決することができなかった。だから周りを馬鹿とののしって閉じこもることしかできなかった。
というように、おじさんの正直は今まで一人で解決することでした。でもお父さんが言っていたように「正直になるには後押しがいる。時折」=「正直になるには誰かの助けがいる。時折」ということに気づきます。
そしておじさんは奥さんのことをパルネヴァに話し、自分がしたいことにたい目に協力して欲しいことを伝えて周りの住民や知り合った人と長年自分が敵わないと思っていた白いシャツの野郎と対決するのです。もうここは、本当に泣きます。ぜんぶ泣いてますけど。

そこから先は人によっては、バットエンドと感じてしまう人もいるかもしれません。
たしかに悲しい終わり方ではありますが、ずっと孤独に戦ってきた男が初めて「仲間」を得たし、おじさんがパルネヴァの娘を車にのせてかつて父に言われたように「生きてるって感じがするだろう」と伝えたこと、その娘が門を開けっ放しにせず閉めたことから、おじさんの意志は残った人たちに継承されていくのだろうと感じました。こういったところも「幸福なひとりぼっち」といえるのかなと思いました。


というわけで、観てる間ほとんど泣いている映画でした。色々刺さりました。
この映画の元になった本の作者さんのもう一つの作品「ブリット=マリーの幸せなひとりだち」というものもあるそうなので、次それもみてみたいです。
なんとなく恒例の似合う曲紹介は、映画の主題歌もすてきですが、個人的にバンプのラフメイカーで。ああ、ハンマーソングもいいけど、やっぱりトラックが突っ込んでくるからラフメイカーですね。懐かしのフラッシュでどうぞ。それではまた。